俺は店主たちの耳が本当に聞こえないか確かめるために呼びかける。
「聞こえたらうなずけ」
普通の声量で尋ねたのに、店主たちはうなずかなかった。
「うなずかなければ殺す」
そう言ったのに、店主たちはうなずかない。
本当に聞こえていないらしい。
「これでまあいいだろう」
視界と聴覚をふさがれたのだ。
そして手足も動かないし、声も出せない。
現状がわからない状況では、逃げ出そうとたくらむことも難しい。
ここまでしても、無詠唱かつ印も結ばずに魔法を使うことを防ぐことはできない。
だが、先ほど戦った感じ、さほど強い魔導師でもなかったので大丈夫だと思う。
「さて、コラリー。敵のアジトを潰しにいくぞ」
「……うん」
コラリーは静かに、だが力強く頷いた。
俺は外を出るために結界を解除しようとしたとき、もぞもぞとハティが動いた。
「おっと、忘れ——」
「忘れ?」
ハティが小さな声で、少しだけ怒ったように言った。
「忘れてないぞ。ハティ。顔を出してくれ」
「忘れてないならいいのじゃ」
ハティは俺の胸元から顔だけ出した。
「…………竜?」
「そうだ、竜のハティだ。仲間だから紹介しておこう」
突然古竜といっても中々信じられないだろう。
だから、単に竜とだけ伝えておく。
「……コラリー。よろしく」
「ハティなのじゃ! コラリー、結構早くから、ハティの存在に気付いておったようじゃな」
「……ヴェルナーが服の中に手を突っ込んで何かしてるのはしってた」
「ばれてたのか」
「……ばればれ。でも竜だとは思わなかった。……魔道具かと」
「そうか。実は嗅覚の鋭いハティに色々教えてもらっていたんだ」
「そうだったんだ。……毒に気付いたのも?」
「そうだ。ハティが気づいてくれた」
俺の服の中にいるハティの尻尾が揺れる。
「……そう。ヴェルナーが毒を飲まなくてよかった」
「ちなみにどんな毒だ?」
「……しびれ毒」
「やはりそうか」
恐らく身体の自由を奪い、尋問するつもりだったのだろう。
そして有用な情報を全て搾り取ったら、次はハティやコラリーたちと同じく操る予定だったのかもしれない。
「本当に操るのが厄介だな」
音声で細かな命令を出せるようになったのなら、特にそうだ。
王宮に勤める侍従などを操れば要人暗殺も難しくないかもしれない。
爆弾を持たせて、王宮の奥深くまで送り込むこともできるだろう。
そんなことを考えていたら、ハティが言う。
「主さま、アジトに突っ込む前に、近衛魔導騎士団に報せなくていいのかや?」
「時間がもったいないからな」
「魔道具を使えばいいのじゃ」
「…………そういわれたら、確かに」
「主さまはおっちょこちょいのところがあるのじゃ!」
つい開発したばかりの魔道具のことを忘れていた。
いや、忘れたというよりは、こういう使い方を想定していなかったと言った方が正確だ。
俺が持っている遠距離通話用魔道具のペアとなっているのはロッテの持つ魔道具である。
ロッテからの救援要請を受信するための魔道具として、俺は認識していた。
だから、報告にも使えると言うこと忘れていたのだ。
俺は遠距離通話用魔道具を起動すると、ロッテに呼びかける。
「ロッテ。ヴェルナーだ。聞こえるか?」
『お師さま? どうされたのですか?』
ロッテの声はやけに響く。そして水音が聞こえた。
どうやら風呂に入っていたらしい。
王宮の風呂には入ったことはないが、きっと広くて快適に違いない。
それはともかく、風呂にまで魔道具を持ち込んでいるのは素晴らしいことだ。
いつ、何時襲われるかわからない。
寝るときも風呂にもトイレにも、いつでも結界発生装置と遠距離通話の魔道具は持っていて欲しいものだ。
『殿下? どうされましたか? それに、その声は一体?』
『少し、お師さまとおはなしをしているのです。そういう魔道具なので』
『そうなのでございますね』
侍女らしき者の声が聞こえてくる。
王女ともなれば、身体も髪も侍女に洗わせるのが当然だ。
「忙しいところ、すまないな」
『いえ、お気になさらないでください』
俺は少し考える。
機密保持のために、周囲に人が居ないところまで移動して貰おうかとも思った。
だが、皇太子がロッテに付けた侍女ならば、信用できるだろう。
「風呂を出た後でいいんだが、王宮の近衛魔導騎士に伝言を頼む」
『わかりました。なんと伝言すればよろしいですか?』
「アジトをみつけた。近衛魔導騎士の出動を願いたい」
『そ、そのようなことが……、先ほど別れたばかりなのに、もう見つけられたとは……』
「詳しくは、会ったときに話す。近衛魔導騎士団に伝えて欲しいのは……」
俺はアジトの場所を説明する。
「もし、現地に到着した際、結界が展開されていた場合はその場で待機して欲しい」
『わかりました。伝えますね』
「あと、ロッテは絶対に来ないように」
『…………わかりました』
「よし。頼んだ」
王宮への報告を済ませた。
あとは、アジトに乗り込むだけである。