俺は静かに入り口へと向かう。
この場所は結界に覆われているので、外から奇襲される恐れはないので安心だ。
結界の中から外の様子はうかがえる。
だが、ここは分厚い扉がしっかりと閉まっているので、外の様子がわからない。
「誰かがいるが、誰がいるかはわからないな」
「……ヴェルナー。こっちにのぞき窓がある」
「おお、それは便利だな」
「…………秘密の拠点だから」
「それもそうか」
やってきたのが仲間か、それとも敵か。
それを扉を開けずに中から確認できるようにしなければなるまい。
俺は、コラリーに教えてもらったのぞき窓から外を見る。
「近衛魔導騎士団だな」
俺の知っている隊長が見えた。
一人しか見えない。
恐らく、階段が狭いので一人なのだろう。
近衛魔導騎士は階段の上に待機しているはずだ。
いざというとき、一人ならば、高速回避して、階段の上に逃亡できる可能性が高い。
「……味方?」
「味方だ。コラリーは大人しくしていてくれ」
「……わかった」
「一応連行はされるだろうが、手荒なことはされないように俺が頼む」
「…………うん。でも罰を受ける覚悟はできている」
「心配するな」
俺は結界を解除して、扉をゆっくりと開けた。
扉が開くと、隊長は身構える。そして俺の顔を見てほっと息を吐く。
「これはヴェルナー卿。お疲れさまです」
「随分と早いお出ましだな」
隊長の頭や肩の上には雪が積もっている。
きっと、吹雪が激しくなっているのだろう。
「ヴェルナー卿からのご連絡のおかげです。王女殿下がご尽力してくださいました」
ロッテが伝えてくれたらしい。
入浴中だったというのに、すぐに伝達してくれたみたいだ。
あとでお礼を言っておこう。
「ヴェルナー卿、状況をお聞かせ願いますか?」
「とりあえず中に入ってくれ。結界を再び張る」
情報共有は速やかにしたい。
それに、情報共有している間に、敵がつけいる隙を与えたくない。
「わかりました。部下を数人呼んでも?」
「もちろん。部屋に入れるだけ呼んでくれ」
隊長は十人の近衛魔導騎士を呼んで部屋に入れる。
近衛魔導騎士たちの上には雪が積もっていた。
「これで全員か?」
「はい。ありがとうございます」
そして俺は再び結界を張る。
「あのヴェルナー卿。そちらのお方は……」
「コラリーだ。この拠点の制圧を手伝って貰った」
「そうでありましたか」
隊長はコラリーに軽く会釈する。
コラリーは、隊長に会釈を返さない。緊張した様子で、じっと見ていた。
「コラリーのことも含めて、詳しいことは順を追って説明しよう」
「お願いいたします」
俺は騎士の一人が筆記用具を準備するのを待つ。
その間に、他の騎士達は縛り上げられた敵と、部屋について調べ始めていた。
「この場所には、匂いを追ってたどり着いたんだ」
「匂い、でございますか?」
「俺の従者であるハティは鼻がいいんだ」
そういうと、ハティは服から顔を出した。
「っ! これはハティ様。ありがとうございます」
「くるしゅうないのじゃ」
隊長はハティに全く気付いてなかったようだ。
一瞬、驚いた後にハティに丁寧に頭を下げる。
ハティに気付かなかったのは、隊長が鈍いわけではない。
ハティの気配を消す技術が優れているだけだ。
「ハティ。もう外に出てもいいぞ」
「暖かいからここにいるのじゃ」
ハティは俺の服の中を気に入ったらしい。
今は冬だから、気持ちはわからなくもない。
「そうか。で、ハティの気付いた匂いの話しだが——」
近衛魔導騎士団の取り調べから戻ってきた魔道具から、パンの匂いがしたこと。
そして、その匂いをハティが覚えていたから、たどり着けたことを説明する。
「……なんと」
「驚きだろう。しかも王都の門を一度だけ通ったときに嗅いだ匂いを覚えていたらしい」
「王都の門ですか? 距離がありますが……」
「それほど、ハティは鋭いんだ」
そういうと、隊長は心底感心していた。
ハティはどや顔で尻尾をご機嫌に振っている。
それから俺は細かく事情を説明していく。
その過程で、コラリーについても説明した。
「そういう事情があったのですね」
「コラリーのことはよろしく頼む。確かに敵の手先として動いていたが、魔道具で操られていただけなんだ」
「ヴェルナー卿のおっしゃられることはわかります」
「それに、この拠点を潰す協力もしてもらった。その功績も加味して罪を不問にしてもらえないだろうか」
「……本当に、ヴェルナー卿のおっしゃられることはわかります。ですが、私の一存では……」
それは近衛魔導騎士団の隊長の裁量を超えている。
近衛魔導騎士団の団長でも難しかろう。
皇太子に頼むのが早い。
とはいえ、そういうことを直接頼み込むのは無作法が過ぎる。
ロッテと姉づてに頼むしかないかもしれない。
「それはそうだな。だが、事情聴取の際は丁重に扱ってあげてほしい」
「畏まりました。部下にも徹底させます」
「ありがとう」
その間、コラリーは神妙な表情を浮かべていた。