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081 古竜の赤子

 俺は竜を観察して、つぶやく。


古竜エンシェント・ドラゴンの赤子か?」

「GUUUOOOOoooo」


 その竜は小型化したハティよりも小さいが、魔力は老竜エルダードラゴンなみにある。

 それに、ここまで肉薄してはじめて気づけたが、魔力の質がどことなく幼い気がした。


 その小さな竜の頭には大きな金属で作られた魔道具が取り付けられている。

 これは、コラリーにつけられていたものと同種の物だろう。

 外そうとすれば、針が飛び出て脳を破壊するに違いない。


 そして、コラリーとは違い、竜には頭だけでなく手足胴体にも魔道具が取り付けられている。

 全身に金属の魔道具が食い込むように取り付けられている小さな竜の姿はとても痛々しかった。


「もう少し待ってくれ」

「GUOOOO……」


 俺は竜に取り付けられた魔道具を、全体的に調べる。


「実に厄介なことだ。ほぼ同時にすべてを解除しないとまずそうだな」


 どれかを解除したら、それ以外の部分の竜を殺すための機構が作動するようだった。


 俺が魔道具の解除を進めるために解析を始める。

 肋骨の内側にもぐりこみ、直接竜に触れた。

 すると竜の頭に取り付けられた魔道具に魔力が流れる。

 同時に竜は俺目掛けて攻撃を始めた。


 手足は魔道具で固定されているので、竜は口から竜の息吹ドラゴンブレスを放つ。


「幼いのに対した威力だ」


 竜の息吹を左手で凌いで、右手で解析を続ける。

 先ほどまでの魔力の奔流は、魔道具を介した攻撃だった。

 その魔道具を壊したので、竜の息吹の威力は、ハティのそれに比べて大したことはない。

 それでも、一般的な竜が吐く竜の息吹よりは、威力はずっと高かった。

 幼いのにこの威力、やはり古竜と考えるべきなのだろう。


「これでよしっと」


 ——ガチャン

 と音が鳴って、竜の全身に取り付けられていた、魔道具が外れて下へと落ちる。

 その一秒ほど後、金属の骨格が崩れ落ちていった。


「おっと」


 宙に浮く状態になった幼い竜も落下しかけたので抱きとめる。


「……りゃあ」


 竜は小さな声で鳴くと、俺にひしっと抱きついた。


「怪我は……結構しているな。少し待っていなさい」

 早く治癒術師のもとに連れて行ってやらなければなるまい。


「りゃ……」

 そして、気絶するかのように眠りについた。

 もしかしたら、眠りについたのではなく、意識を失ったのかもしれない。

 とはいえ、呼吸も脈拍もしっかりとしているので、ひとまずは安心だ。


 安心といっても、状況が良くないのは間違いない。

 竜の身体は小さく、怪我をしている状態で、しかも今も激しく吹雪いている。

 身体が冷えたら体力を失い死にかけない。


 俺は外套の前を開いて、その中に入れる。

 それから落ち着いて内側に展開していた結界を解除する。

 次に巨大魔道具の残骸を集めて、結界で覆った。

 魔道具の残骸は、敵の情報を手に入れる重要な手段となる。

 結界で覆ったのは、敵の手によって残骸を隠滅されることを防ぐためだ。


 残骸を結界で覆ったあと、俺は子竜を抱いたまま外側に展開していた結界を解除する。



 外では巨大なハティが両手に一人ずつ人を掴んで宙に浮かんでいた。

 そして、近衛魔導騎士が、緊迫した表情でハティに向けて杖を向けている。


「竜よ! ここは人族の領域! 退かれませい!」

「ち、ちがうのじゃ!」

「人を解放し、退かれませい!」


 なにやら、近衛魔導騎士たちは、ハティを敵だと認識しているらしい。


「そういえば、ロッテには竜が出たとしかいってなかったな」


 ロッテに連絡したとき、巨大魔道具に竜が包まれているとは思わなかったのだ。

 だから、俺は単に竜が出たとだけ連絡した。


 その情報をうけて出動した近衛魔導騎士が目にした巨大な竜は、ハティである。

 当然、俺の報告した竜をハティだと誤解するだろう。

 近衛魔導騎士たちと出会ったことがあるのは、小さい姿のハティなのだ。


「あ! 主さま! 説明して欲しいのじゃ」


 ハティが俺に気付いて、呼びかけてくる。


「これはヴェルナー卿! ご無事でしたか。ではあの竜が握っているのは……」


 同時に近衛魔導騎士団の隊長も俺に気付いたようだ。

 隊長は、ハティが握っているのが俺だと考えていたのかもしれない。


 竜が接近しているから対応しに向かうと報告したのは俺だ。

 そして、駆けつけてみると、竜がいて、人が捕まっているのだ。

 捕まっているのは俺だと考えてもおかしくない。


 今が昼で天気が良かったら視認できただろう。

 だが、今は激しい吹雪いているうえに、空は分厚い雪雲に覆われ、月と星の光も届かない。

 上空を飛ぶハティの持つ人が誰かなど、視認できるわけがない。

 だから、魔力も音すら隠す不可視の結界の存在自体にも気づけなかったのだろう。


「竜が握っているのは敵ですよ。そして、あの竜は私の従者、ハティです」

「えっ! ハティ様でしたか、こ、これは失礼を」

「わかってくれたならいいのじゃ!」


 快く許してハティは地面へと降りて来る。

 人を可愛いく思っているハティは、基本的に人には甘い。

 俺も犬や猫がいたずらしても、可愛いから許してしまう。

 きっと、それと同じだろう。


 近衛騎士団を率いているのは、先ほど別れたばかりの隊長だ。


「また会いましたね」

「ええ、今晩は忙しすぎます」


 俺が潰したアジトの後始末をしたばかりだというのに忙しいことだ。

 とはいえ、王都近くに竜が現れたとなれば、非番を含めて全ての近衛魔導騎士が動員されてもおかしくない。

 後始末の途中だろうと、こちらに駆け付けるのが自然である。


 隊長と挨拶をかわしている間に、地上に降りたハティがかけよってくる。


「ハティ、その両手に掴んでいるのは、やはり?」

「主さまに任されたから、ハティは頑張ったのじゃ!」


 そういってハティは頭を下げてこちらに寄せる。

 その頭を俺は優しく撫でる。


「さすが、ハティ。偉いな」

「えへへ〜」

「あのヴェルナー卿。それでは竜というのは一体」


 隊長が疑問に思うのも無理はない。

 竜の姿が見えないのだ。


「あ、主さまが抱いている子が、中に閉じ込められていた竜なのかや?」


 だが、ハティは俺の服の中にいる子に気付いた。


「そうだよ。——隊長。実は王都に近づいていたと私が報告した竜はこの子です」


 そういって、服を開いて竜を見せる。


「なんと。小さいのに、尋常ならざる気配を感じますね」

「そうですね。ただの子竜ではなさそうです。ハティ。この子は古竜か?」


 俺が尋ねるとハティは竜の匂いを嗅ぐ。


「この匂いは古竜なのじゃ。それも生まれたばかりの赤子なのじゃ」

「そうか」


 竜を、それも赤子を魔道具に組み込むなど、本当に腹立たしく思った。

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