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082 後始末

 吹雪はますます激しくなりつつあった。

 ハティが俺に雪がかからないように、羽を広げて傘のようにしてくれた。


「ありがとう、ハティ」

「お安い御用なのじゃ! 赤子の竜が風邪をひいても困るのじゃ」


 自分より幼い竜を見て、ハティの母性本能がくすぐられたらしい。


「あの、治癒術師はいらっしゃいませんか?」

「ええ、いますよ。ヴェルナー卿、どこかお怪我を?」


 やはり近衛魔導騎士団の軍事行動ということで、治癒術師も同行しているらしい。


「この竜の怪我を治してあげてください」

「かしこまりました。すぐに」


 隊長が声をかけると、治癒術師が駆けてくる。

 治癒術師は優しそうな若い女性だった。

 近衛魔導騎士団の治癒術師を務めているぐらいだ。

 恐らく戦闘力もかなり高いのだろう。


「この子の治癒をお願いします」


 俺は服を大きく開いて、治癒術師に竜を見せる。


「子供の竜ですね。お任せください」


 俺が治癒術師に竜を渡そうとしたら、

「……りゃぁ」

 眠っていたはずの竜が、小さく鳴いて、俺から離れたくないとしがみつく。


「大丈夫ですよ。そのまま抱っこしてあげてください」

「ありがとうございます」


 治癒術師は、俺が抱っこする竜に治癒魔法をかけてくれる。

 竜の傷が、ゆっくりと癒えていく。


 俺が竜を優しく撫でていると、隊長が尋ねてくる。

「あの、ヴェルナー卿。事情をお聞かせ願いますか?」

「わかりました」


 俺は治癒されている竜を抱っこしながら、細かに最初から説明していく。

 竜の咆哮が聞こえて、気付いたこと。

 現地についてみれば、巨大な魔道具が動いていたこと。

 その魔道具の構成や、推測できる目的なども話していく。


「爆弾で我らごと王都を……ですか」

「敵もいよいよ本格的に破壊活動を開始したのかもしれませんね」

「恐ろしい話です」

「それで、ハティ」

「こやつらじゃな?」


 ハティが掴んだ二人の男を俺たちの前に差し出す。

 二人の男は完全に意識を喪っているようだ。


「私が魔道具に取り付こうとしたときに、攻撃を仕掛けて来た男たちです」

「なんと」

「ハティが捕まえてくれたようです。ハティ、どうやって捕まえたんだ?」

「ん? 無理やり掴んで、自爆しようとしたから耳元で吠えてやったのじゃ」

「おぉ、それは効くな。俺でも意識を喪いかねないぞ」

「またまた〜。主さまなら、ハティの咆哮ぐらい余裕なのじゃ!」


 ハティはそう言うが、竜の咆哮には魔力が含まれる。

 聞いた者を恐慌に陥らせる精神魔法のようなものだ。

 竜の咆哮を、それも古竜の咆哮を至近距離で食らって、意識を保てる者はそういないだろう。


「隊長。こやつらはどうしたらいいのじゃ? ハティが持っておいた方がいいかや?」

「ありがとうござます。ハティ様。あとは、こちらで処理させていただきます」

「任せたのじゃ」


 近衛魔導騎士がやってきて、ハティから男二人を受け取るとテキパキと拘束する。

 魔法を封じる魔道具を取り付け、手足を拘束し、口もふさぐ。

 あっというまに、暴れることも自ら命を絶つこともできないように拘束し終える。


「さすがに手際がいいですね」

「近衛魔導騎士になったら、最初の研修で習いますから」


 そういって隊長は笑う。

 近衛魔導騎士たちにとって、拘束は基本技能ということらしい。


 拘束し終えると隊長はハティに頭を下げる。


「ハティ様が拘束しておいて下さらなければ、捕らえることは難しかったでしょう。ありがとうございます」

「えへへ、お安い御用なのじゃ」


 吹雪は激しくなりつつある。

 ハティが捕縛していなければ、今頃すべての痕跡は雪の中に埋もれていたに違いない。


 近衛魔導騎士に男二人が連行されていくのとほぼ同じぐらいのタイミングで、

「ヴェルナー卿。竜の治療が終わりました」

「ありがとうございます」


 治癒術師は肩で息をしていた。


「この子は尋常な竜ではありませんね。小さいと言うのに体力が膨大です」

「わかるのですか?」

「はい。体力が多ければ多いほど、治癒に魔力を使いますので」

「それは、ご迷惑を……」

「いえ! そのようなことは! 私としてもいい訓練になりましたから」


 そういって、治癒術師は微笑んだ。


 その後、俺は巨大な魔道具の残骸を覆っている結界発生装置を隊長に引き渡す。

 魔道具自体が巨大なので、調査するにも運搬するにも時間がかかる。

 俺がずっとついているのも面倒なので、結界発生装置を渡して、後の処理を任せることにしたのだ。


「古竜の雛ですが……」

「わかっております。我らも赤子から無理やり情報をとろうとは思いません」

「ありがとうございます」

「竜の子に関しては、ヴェルナー卿にお任せいたします。もし竜の子が話せるようであれば、折を見て話を聞いてください」

「わかりました。そのときは。魔道具に関してはわかったことは全て書き留めてお送りしますね」


 解体する際に解析を済ませてある。

 魔道具の全容をすでに把握済みなのだ。


「ありがとうございます。助かります」


 そして、後始末は近衛魔導騎士団に任せて、俺はハティと子竜と一緒に帰宅することにしたのだった。

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