俺はハティの背に乗って、王都の辺境伯家の屋敷へ向かう。
「ハティは、この子は古竜とのことだが知らないか?」
「知らないのじゃ」
「そりゃそうか。古竜だからといって全員が知り合いというわけのはずもなし」
「主さま、古竜はほとんど全員知り合いなのじゃ」
「そうなのか?」
「古竜の数は少なく、コミュニティは小さいのじゃ。言ってみればこの国の皇族と上級貴族ぐらいしかいないのじゃ」
「あー、それなら、ほぼ全員知り合いだな」
下級貴族ならともかく上級貴族と皇族ならば、俺もほぼ全員知っている。
「だが、ハティは知らないんだよな?」
「知らない子なのじゃ。生まれたばかりだからあったことがないのは当然とも言えるのじゃが……」
「なるほどなぁ。ハティ、親を探すことはできるか?」
赤子なのだ。なるべく早く親元に返してあげたい。
「早速、親を探してみるのじゃ」
「ありがとう」
「大丈夫、すぐに見つかると思うのじゃ。古竜のコミュニティは小さいのじゃから!」
ハティは力強くそう言ってくれた。
小さな竜は目を覚ましたのか服の中でもぞもぞと動く。
俺は服の上から優しくポンポンと叩いた。
「りゃぁ……」
小さく鳴いて、竜は再び眠りについたようだった。
俺も眠くなってくる。
「ハティ。屋敷から少し離れたところに降りよう」
「わかったのじゃ。だけど、どうしてなのかや?」
「大きなハティが降りたらみんなが気づくだろう? 気付かれないように研究所に戻って朝まで眠る」
「そういうことかや。わかったのじゃ!」
屋敷の者たち、特に姉に見つかったら、事情説明しないといけなくなりすぐに眠るのが難しくなる。
だからこっそり戻ることにしたのだ。
ハティは屋敷から離れた場所に降りると、すぐに小さくなってくれた。
そして、俺はハティを肩に乗せ、服の中に竜の雛を入れて、吹雪の中を屋敷へとゆっくりと歩く。
しばらく歩いて屋敷につくと門は閉ざされていた。
今はもう深夜と言っていい時間帯。閉じてない方がおかしい。
屋敷には非常時に備えて、一人は寝ていない使用人がいるものだ。
だから、言えば開けてくれる。だが、ばれたら面倒なことになりかねない。
姉が「ヴェルナーが帰ってきたら何時だろうと絶対に報告しなさい」厳命している可能性もある。
「ばれないように、こっそり門を乗り越えて……」
「主さま。そんなことして、主さまの姉上に怒られないかや?」
「ばれたら怒られるが、ばれないだろう」
「怒られても知らないのじゃ」
辺境伯家の屋敷の門は成人男性の身長二人分ぐらいある。
その高い門を、俺は乗り越えた。
「あっ」
「おかえりなさい。ヴェルナー」
乗り越えたところに、姉が待ち構えていた。
執事が横で傘をさしているが、それだけでは防げていない。
肩に雪が積もっている。
「……姉さん、風邪ひくぞ。大丈夫か?」
「そのセリフ。そのままそっくり返させてもらおう。ヴェルナー。ついてきなさい」
「はい」
どうやら研究所にこっそり戻って朝までゆっくり眠るという俺の計画はとん挫したらしかった。
俺は屋敷の中に連れていかれると、ハティと子竜と一緒に風呂に入れられる。
身体が冷えているだろうと言う、姉の優しさだ。
子竜をお風呂に入れていいものか悩んだ。
だが、子竜は、俺にしがみついて離れない。
それに、ハティが大丈夫だと言うので、子竜もお風呂に入れることにした。
「りゃりゃぁ」
子竜もお風呂が好きらしい。気持ちよさそうに鳴く。
「怪我も治っているし、身体も温まったし、大丈夫かな?」
「いい子なのじゃあ」
ハティは俺にしがみつく子竜の頭を優しく撫でてあげていた。
「ハティ。子竜は何を食べるんだ?」
「ハティと食べるものは同じなのじゃ」
「食べやすいように、食べ物をすりつぶしたりとかしなくていいのか?」
「大丈夫なのじゃ。生まれた直後から、豚なら骨ごとバリバリ食べるのが古竜なのじゃ!」
「それは凄いな」
古竜は戦闘力だけでなく、生物としても強い。
だから、食べ物も、あまり細かく気にしなくていいのだろう。
そう考えると、育てるのは比較的簡単と言えるのかもしれない。
風呂から上がると、執事が待機していた。
俺を逃がさないようにするためだろう。
「ヴェルナー様。お疲れでしょうが子爵閣下がお待ちですので」
「わかってるよ」
俺はあきらめて執事についていく。
執事に連れていかれたのは応接間だ。
応接間といっても、普段寛ぐために使われる場所である。
俺が応接間に入ると、姉は長椅子に座っていた。
「来たね。ヴェルナー。お腹は空いている?」
「……多少。あ、俺よりもこの子に肉でも食べさせてやってほしい」
姉は俺にくっつく子竜に目をやった。
「その子は?」
「色々あって、保護したんだが……」
「わかった。全て、最初から話してもらうからね」
そういうと、姉は執事に命じて、肉を持ってくるように指示を出す。
「ヴェルナーはクッキーでも食べなさい。ハティさんもどうぞ」
小さい頃、よく姉にクッキーをもらったことを思い出す。
「ありがとう」
「ありがとうなのじゃ! うまいのじゃ!」
ハティがおいしそうにパクパク食べている。
俺も一口食べる。クッキーの甘さが口に広がる。
疲れているからか、いつもよりおいしく感じた。
「……りゃあ」
「ん? 食べたいのか? これから肉が届くが……」
「りゃ!」
どうやら、竜はクッキーを食べたいらしい。
俺に対して、ひな鳥のように口をあけている。
「ハティ、子竜に食べさせても大丈夫かな?」
「当然、大丈夫なのじゃ」
俺はクッキーを割って、子竜の口に入れる。
「りゃむりゃむ……りゃぁ」
「うまいか。それは良かった」
「……かわいいね」
「ほんとに」
俺は子竜にクッキーを食べさせながら、姉に事情を説明することにした。