俺はハティに尋ねる。
「ハティの父上っていうと、古竜の大王?」
「そうなのじゃ。父上は顔が広いゆえな。きっと子供を誘拐された哀れな古竜の話も聞いているはずじゃ」
「俺もご挨拶に行った方が……」
「古竜の大王の宮殿には、基本的に古竜以外入れないのじゃ」
「そうか、残念だ」
「主さまは、しばらくゆっくりしたらいいのじゃ」
「……そうだなぁ。だけど、魔道具開発もしたいしな」
「まだ、開発するのかや? 結界発生装置を作って、遠距離通話魔道具も作って、そして何よりパン焼き魔道具も作ったのじゃ」
ハティはパン焼き魔道具の開発を高く評価してくれているようだ。
「それに主さまは敵のアジトも潰したから、きっと、しばらく平和なのじゃ。取り調べは近衛魔導騎士の仕事だから、主さまがやることないのじゃ」
「ふーむ。まあ簡単な魔道具でも作りながら、リフレッシュするのもいいかも」
「……それでも魔道具を作るのかや? 完全に休んだほうがいいのじゃ」
「簡単な魔道具ならリフレッシュできるぞ」
「「え?」」
ロッテとハティが同時に声を上げた。
魔道具製作の手を止めて、ロッテが目を丸くしていた。
「主さまは強いけど、人間だから弱いのじゃ。しっかり休むべきなのじゃ」
強いけど弱い。矛盾しているようだが意味はわかる。
万年生き、数ヶ月飲まず食わずで寝なくても死なないと言われる古竜に比べたら人は弱い。
二日寝なければ、ふらふらになり、三日水を飲まなければ死にかねない。
水があっても、食べずに居られるのは、数週間が限度だろう。
「だから、主さまは、休んだほうがいいのじゃ。若いからと言って無理をしたら死ぬのじゃ」
ハティは本気で心配してくれているようだ。
古竜であるハティにとって、人間は全員もろくて、弱い生物なのだろう。
「そうだな。そうするか」
「それがいいのじゃ!」
そして、ハティはこちらを見ていたロッテの方に向かう。
「ロッテも無理したら駄目なのじゃぞ」
「はい。ありがとうございます。無理しないでがんばります!」
「うむ! ロッテはかわいいのじゃ!」
ハティはロッテの頭を撫でる。
その後、ハティは旅立ちの準備に入った。
「乾燥パンを入れて……主さまのパンも入れて……」
大きな鞄にハティはパンを詰め込んでいく。
「ハティ、パン焼き魔道具とか、お湯を作る魔道具とかお土産に持っていくか?」
「いいのかや?」
「いいぞ。結界発生装置と遠距離通話用魔道具は在庫がないから、用意できないが、数時間待ってくれればすぐに作るぞ」
「大丈夫なのじゃ。パン焼き魔道具があれば、みんな大喜びなのじゃ」
「小麦粉とか材料はいるか?」
古竜の大王の宮殿に、パンの材料があるかどうかわからない。
「それはあるのじゃ」
どういう手順で、古竜たちが小麦粉を手に入れるのかは分からない。
だが、古竜は人に変化することができる。
人になれば、人の街から食材を買い付けるのは難しくないだろう。
それなら、パンも買えばいいと思うのだが、ハティはパンを鞄に詰める。
「これでよいのじゃ。じゃあ、主さま、行ってくるのじゃ」
「気を付けるんだぞ」
「うむ! 親を見つけ次第、ひとまず急いで戻って来るのじゃ」
「親同伴で戻ってくる時は、人を怯えさせないように気をつけてな」
「抜かりはないのじゃ」
出発するハティを研究所の外まで送っていく。
ロッテも一緒について来た。
「ハティさん、お気を付けて」
「うむ。ロッテも励むのじゃぞ」
ハティはロッテの頭を撫でる。
「ハティ、またな」
「すぐ戻ってくるのじゃ!」
そして、ハティは飛び発っていった。
「やっぱり、ハティさんは速いですね」
「そうだな。……とりあえず、遠距離通話用魔道具を作っておくか」
遠距離通話用魔道具の在庫があれば、ハティに持たせることもできた。
「さて、幼竜のことはハティが頑張ってくれているし、俺たちは俺たちで頑張ろうか」
「はい、がんばります!」
俺とロッテは研究所に戻る。
俺は遠距離通話用魔道具を作り、ロッテは犬の散歩用魔道具を作っていく。
俺自身の作業は、難度こそ高いが、既に確立した作業。
迷うところも詰まるところもない。
ロッテの質問に答えたり、実際にやって見せたりしながら、自分の作業を進めた。
幼竜が起きたらご飯をあげて、トイレに連れていく。
そんな感じでゆっくり過ごしたのだった。
夜になり、俺は二対の遠距離通話用魔道具とついでに結界発生装置を完成させた。
今度、ハティが実家に帰るときに持たせるためのものだ。
そして、ロッテは作業の途中で、王宮へと帰っていった。
ロッテを見送った後、俺は幼竜と一緒に母屋に移動する。
研究所で寝なかったのは、姉が母屋で寝ろとうるさいからである。
夕食時、
「幼竜殿、お菓子を食べませんか?」
「……りゃ!」
「やっぱり、食べてくれないか」
姉は幼竜にご飯を食べさせようとして失敗していた。
「もう少し大きくならないとだめなんだろうな」
「撫でさせてもらうだけで、我慢しよう」
「りゃ」
姉は幼竜を撫でる。
幼竜は姉の手からおやつを食べないが、姉に撫でられるのは嫌いではないらしかった。
「ハティ殿下は、親を見つけて来るだろうか」
姉の口調からは寂しさが伝わってくる。気持ちは俺にもわかる。
「来るんじゃないか? ハティの父、古竜の大王は顔が広いらしいし」
そもそも古竜は数が少ないのだ。ヒナが攫われるような大事件、広まっていないわけがない。
そんな気がした。