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089 古竜の親の謎

 夕食の後、俺は研究室に戻らず自室で寝ることにした。

 ベッドの横に、籠を用意して、柔らかいクッションや毛布を入れた。

 幼竜のための寝床である。

 一緒に寝てもいいのだが、俺が寝返りをうって、潰したら困る。

 もちろん赤ちゃんとはいえ、古竜だから人の体重ぐらいで圧死しないだろう。

 それでも、寝床を別にした方が寝やすいと思ったのだ。


「ベッドだぞー」

「りゃ?」


 俺が籠の中に幼竜を入れると、「りゃっりゃ」といって喜んでいた。

 幼竜も気に入ったようだ。


「じゃあ、おやすみ。ちゃんと寝るんだよ」

「りゃあ」

「…………」

「りゃりゃりゃりゃりゃありゃっりゃっりゃりゃああああ」


 俺がベッドに入って数秒後に、幼竜が怒ったように鳴き始めた。


「どうした?」

「りゃりゃりゃりゃりゃ」

 俺がベッドからでて、幼竜を抱き上げると、「りゃあ」と責めるように鳴いて、俺の服をぎゅっと掴む。


「一人で寝たくないのか?」

「りゃ」

「仕方ないな。俺に潰されそうになったら避けるんだぞ」

「りゃあ」


 俺は幼竜を枕元に置いて、床につく。

 すると「りゃ〜りゃりゃ」と鳴きながら、幼竜は布団の中に潜っていく。

 そして俺のお腹の上に乗って、両前足でもみもみし始めた。


「まるで猫みたいだな」

「……りゃ」

 もみもみしながら、すぐに幼竜は眠りについた。

 そして、俺も、幼竜の温かい体温をお腹に感じながら、眠りについたのだった。


 夜中に三回、幼竜のトイレとご飯に起きた。

 そして、次の日の朝、小さな竜形態のハティに起こされた。


「主さま、もう朝なのじゃ! 朝ご飯を食べるのじゃ!」

「え? ハティ? 実家に帰ったはずでは?」

「ハティの本気をもってすれば、時間など大してかからないのじゃ」

「そうか、凄いな」


 凄いと言ったものの、どのくらい凄いのかわからない。

 ハティの実家、古竜の大王の王宮がどこにあるか、俺は知らないのだ。

 だが、きっと遠くにあるのだろうし、ハティは凄い速さで飛んだのだろう。


「りゃあ」

 ハティの声で目覚めたのか、幼竜が布団から顔を出す。


「ちゃんといい子にしてたようじゃな!」

 ハティは幼竜の頭を撫でた。


「りゃっりゃ!」

「うむうむ。いたずらしたらダメなのじゃ」

「幼竜は本当にいたずらもしない大人しい子だな」

「りゃぁ〜」

「…………うむ」


 自慢げにドヤ顔する幼竜の横で、ハティは意味深な表情をしていた。


「ハティ、この子の親は見つかった?」

「……うむ。朝ご飯の時に話すのじゃ」

「わかった」


 俺は窓の外を見る。


「太陽の位置から考えると……夜明けから二時間、いや三時間と言ったところか?」

「そのぐらいなのじゃ!」

「りゃ……」

「ん? トイレか? 少し待ってろ」


 幼竜のただならぬ気配を感じて、俺はトイレへと走る。

 辺境伯家の屋敷の一族向けの寝室にはトイレが併設されているのだ。


 幼竜をトイレに連れて行って、便座の上に両足を付ける。

 すると、幼竜はちゃんと排泄する。

 教えてないのに、幼竜は最初からトイレで排泄できていた。

 赤ちゃんらしからぬ賢さである。


 トイレを済ませると、俺とハティ、幼竜で食堂に向かった。

 姉とも一緒に朝ご飯を食べながら、ハティの話を聞く。


「不思議なことに、赤ちゃんを攫われた古竜はいなかったのじゃ」

「攫われたことを隠しているとかではなく?」

「攫われたことを隠す理由がないのじゃ」

「だけど、この子の親はいるはずだろう?」

「りゃむ?」


 幼竜は首をかしげながら、俺の手からパンをむしゃむしゃ食べている。


「だから、訳がわからないのじゃ。古竜のみんなも首をかしげておるのじゃ」

 古竜としても意味が解らない事態らしい。


「じゃあ、どうしようか」

「父さまたちが、改めて調べているのじゃ。古竜全員に連絡を取るから、時間はかかるかもだけど、そのうちわかるはずなのじゃ」

「そうか。その調査待ちか。俺としては寂しくないから嬉しいが……いや、そんなことを言ったらだめか」


 親竜は心配しているだろうし、幼竜としても親元に戻れた方が幸せだろう。


「りゃあ〜」

「この子は、主さまといれて嬉しいと言っているのじゃ」

「そうか、俺も嬉しいよ」

「いつか親元に戻ることになるにしても、主さまとのいい思い出を作って欲しいものじゃ」


 ハティは優しく幼竜の頭を撫でる。


「ヴェルナー。しばらく、ここにいるのなら、名前を付けてあげたらどうかしら」


 その様子を見ていた姉が言った。


「いや、それは親竜のつけた名前があるだろうし」

「うーん。正直なところ、あまり気にしなくてもいいと言えなくもないのじゃ」

「どういうことだ?」「りゃ?」

「人族に呼ばれる名前と、竜に呼ばれる名前で違う場合は珍しくないのじゃ」

「そんなものか?」

「うむ。時代によっても変わるし。高名な竜ほどそいうなのじゃぞ。ハティの父さまなんて、大陸ごとに名前があるのじゃ」

「ハティは?」

「ま、まだ修行中の身なのじゃ……」

「そうか」


 ハティはまだ若いのでハティという名前しかないのかもしれない。


「と、ともかく、名前は付けていいのじゃ。拍が付くし、親も喜ぶのじゃ」

「そういうものか。じゃあ、名前を考えるか」

「りゃむりゃむ」


 幼竜は俺の持つハムをほおばりながら、期待のこもった目でこちらを見ていた。

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