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095 近衛魔導騎士団長

 一度、懐の中に引っ込んだユルングは、ボタンの隙間から、片目で覗く。

 団長や隊長、それにコラリーのことが気になってはいるらしい。

 そんなユルングを見た隊長に尋ねられる。


「ユルング殿は会話できるのでしょうか?」

 そういえば、ユルングが会話できたら、事情を聞くという予定だった。


「まだ会話は難しいようです」

「ユルングは赤子ゆえな。もう生まれたばかりと言っていいのじゃ」

「そんなに幼いのですか?」

「うむ。とはいえ、古竜は生まれつき知能が高いゆえ、こちらの言葉は大体理解しておるのじゃ」

「人よりすごいですね」


 ユルングは自分のことを話されていると気付いたようだ。

 懐の中で小さく「りゃ」と鳴いた。


 その後、俺はコラリーの身元引受の書類にサインする。

 サインを確認した後、団長が笑顔で言う。


「さて、ヴェルナー卿。ここからが本題なのですが……」

「はい、何でしょうか」


 コラリーの件が本題ではなかったらしい。

 確かにコラリーの件だけならば、団長が来る必要もない。


「コラリーさんの証言と、捕らえた敵を尋問した結果から、光の騎士団は壊滅したと考えてよいと思われます」

「おお、それは素晴らしいことです」


 光の騎士団とは、神光教団の真の支配者と目される集団だ。

 急激に信者を増やしている新興宗教である神光教団。

 その非合法部門にして、指導部だと言われている。

 ガラテア帝国と組んで、我が国、つまりラインフェルデン皇国に戦乱を引き起こそうとしているらしい。


「これも全てヴェルナー卿のおかげです。ありがとうございます」

「いえ、私は姉の仇をとっただけですから……。端的に言えば私怨です」


 団長と隊長は深々と頭を下げる。

 俺は酒場に偽装されていた光の騎士団のアジトを潰したのだ。


「ヴェルナー卿が、つぶしたアジトですが、光の騎士団の最重要拠点、最高指導部が集まる拠点だったようです」

「それは運が良かったです。どこでもいいから敵のアジトを潰してやろうというつもりだったのですが」


 アジトを潰して、敵を捕まえたら尋問して、敵の情報を引き出そうとは考えていた。

 それを繰り返せば、いつか敵のボスにもたどり着ける。

 そういう見込みだった。



「我々にとっても、非常に幸運です」

「敵の残党に動きはありませんか?」


 最高幹部たちがつぶれたとしても、まだ全員が捕縛されたわけではない。

 それに、光の騎士団の後ろ盾となっていたガラテア帝国は未だ健在なのだ。

 残党が何もしないわけがない。


「残党はもう動いていますよ。そのユルング殿を利用した襲撃がそれです」

 確かにユルングを核とした巨大魔道具は敵の切り札と言っていいものだった。


「あれで、残党も捕まえられたと言うことですか?」

「残党の中で、組織を指導できそうなものは全てです」

「そうですか。そうだと願いたいです」


 俺はそこまで楽観できない。

 俺の懸念を察したのか、団長は笑顔で言う。


「もちろん、継続して警戒と調査は続けるつもりです」

「それは心強いです」

「合法的な神光教団の幹部たちも複数人連行して、取り調べしている最中ですし、ガラテア帝国の工作員も複数人捕縛できました」


 先日、元学院長と元魔道具学部長とつながっていたゲラルド商会も潰されている。


「光の騎士団とガラテア帝国の工作員は、我が国内部で工作するための組織を失ったと思われます」


 大きな工作をするには、組織が必須だ。

 そして、組織作りには何年もかかる。

 その組織が壊滅したのならば、ある程度は安心していいのかもしれない。


「ガラテア帝国も我が国に手を出す愚かさを思い知ったことでしょう」

「そうですね」

「当面の危機は去ったと考えてよいかもしれません。もちろん警戒は必要ですが」


 まだ心配はある。

 だが、専門家である近衛魔導騎士団が調査して、警戒しているのだ。

 その近衛魔導騎士団が敵は滅びたというのならば、我が国でやれることは少ないのかもしれない。


「ですが、ロッテ、いやシャルロッテ王女殿下のラメット王国の危機は去っておりませんから、安心はできません」

「ヴェルナー卿のおっしゃるとおりです」


 とはいえ、ラメット王国に関しての対策は、近衛魔導騎士団の職掌ではない。

 それは、軍と外務、そして俺の実家であるシュトライト辺境伯家のお仕事だ。

 シュトライト辺境伯家は、ラメット王国に攻め込む機会を狙うガラテア帝国と国境を接している。

 もしラメット王国に帝国が攻め込めば、我が国は背後から帝国に襲い掛かることになる。

 そのとき、先陣として帝国に攻め込むのは父の仕事だ。


 そうなれば、俺も何か手伝わないといけないかもしれない。

 それはとても嫌なので、ガラテア帝国には何もしないで欲しい。

 有事は、起こらないに越したことはないのだ。


「私に協力できることがあれば、おっしゃってください」


 だから俺は申し出る。

 我が国が安定していれば、しているほど、ガラテア帝国はことを起しにくい。

 有事を起さないために、我が国を安定させるのは、俺の意にもそう。


「ヴェルナー卿にそう言っていただけると、心強いです。ありがとうございます」


 お礼を言った後、団長は居住まいを正す。

 横にいた隊長も、団長に倣った。


「王都を守ってくれたこと、近衛魔導騎士団を代表しお礼を申し上げます」


 そういって、団長と隊長は深々と頭を下げた。

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