改めて、団長と隊長に頭を下げられると少し居心地が悪い。
「いえ、私は姉の仇をとっただけですから。それにアジト壊滅することができたのはハティの功績が大きいので」
「もちろんハティ殿にも感謝を」
「ハティは主さまの従者。従者の手柄は主さまの手柄。すべての栄誉は主さまになのじゃ!」
そういって、ハティは尻尾を揺らした。
ハティを見て微笑んだ後、団長は立ち上がった。
同時に隊長まで立ち上がった。
何か新たな局面に入ったらしいと俺が警戒していると、団長は畏まった表情で言う。
「皇太子殿下から、皇国を代表しお礼を言いたいと伝えるよう言付かっております」
「畏れ多いことでございます」
俺は、椅子から立ち上がり跪いて頭を下げる。
恐らく本題はこれだ。
コラリーの身元引受の件も、判明した事実の説明も、隊長で充分だ。
だが、皇太子の言葉を伝えるならば、団長が来るしかない。
「皇太子殿下にあらせられましては、ヴェルナー卿に直接勲章と礼状をお渡ししたいとのことでしたが……」
「そ、それは」
「ヴェルナー卿は喜ばないのではないか、ともご懸念あそばされていました」
「ご配慮感謝いたします」
勲章を与えるとなると、公式の行事として式典が開かれる。
そもそも、勲章は功績を広く明らかにし、表彰するために与えるものだ。
当然、ガラテア帝国も知ることになるだろう。
そうなれば、俺が光の騎士団と工作員組織を潰した際に活躍したことがばれる。
「誠にありがたく、畏れ多いことでございますが、辞退したいとお伝えください」
「わかりました。皇太子殿下も、そうおしゃるだろうと」
「畏れ入り奉ります。シャルロッテ王女殿下が弟子として私のもとにいる間は、目立つことは得策ではありませんから」
目立てば、敵の標的になりかねない。
そうなれば、ロッテの身も危険になる。
「皇太子殿下は、たとえ公にならずとも、皇国はヴェルナー卿の功績はけして忘れぬと」
「畏れ入り奉ります」
今、団長は皇太子の使者、代理に近い存在なのだ。
当然、貴族としては返答も定型文になりがちだ。
いと高き方々と対峙する際、作法さえ知っていれば却って楽だったりする。
作法はがちがちに決まっており、定められた返事をすればいいだけだからだ。
「皇太子殿下に、ヴェルナー卿の返事を伝えさせていただきます」
そういうと、団長はお茶を飲んだ。
皇太子の使者としての仕事は終わったと言うことだろう。
俺も頭を上げて椅子に座り直し、お茶を飲んだ。
きっと、これでは終わらない。
恐らく、何か理由を付けて、近いうちに王宮に呼び出されるに違いない。
それを考えると憂鬱ではあった。
そんなことを考えていると、団長が笑顔で言う。
「ところで、ヴェルナー卿」
「はい」
「報告書の件なのですが……」
「あっ」
「あっ、とは?」
「いえ」
やばい。完全に忘れていた。
ユルングを拘束し、核としていた巨大な魔道具と、コラリーにつけられていた魔道具。
それらおぞましい魔道具について、近衛魔導騎士団に報告書を提出すると約束していたのだった。
「あっと、明日までには提出できると思います」
「そうですか。お忙しい中、急いでいただき、まことにありがとうございます」
「いえいえ。お待たせして申し訳ありません」
「ヴェルナー卿しか頼れる方がいないので、本当に助かります」
団長は、言外に報告書を早く出せと言っている。
貴族風の上品な婉曲表現を全て取り払えば、お前が報告書を出さないから調査が進まないと言っているのだ。
「急いでいただき」は、「急いでないだろ」という意味だ。
「ヴェルナー卿しか頼れる方がいない」は、「お前がボトルネックになっている」だ。
団長は侯爵家の息子だけあって、貴族風の言い回しがうまいらしい。
「いや、ほんとに申し訳ない。急いではいるのですが、やはり複雑な魔道具で」
「そうでしょうとも。本当に助かります」
資料を送ると言ったのに、完全に忘れていたので、俺が悪い。
「明日の午後、皇太子殿下を交えた対策会議があるので助かります」
「な、なるほど」
俺は明日までに提出すると言った。
それはつまり、明後日、早番の騎士たちが出勤するまでに提出すればいいと言うこと。
その次の日に出勤する者たちが来までに出しておけばいいと言うのが、賢者の学院の常識だ。
師匠であるケイ先生もそう言っていたので、昔からある歴史的な常識のはずだ。
だが、団長は明日の午後に会議があると言う。
口調こそ丁寧だが、会議に間に合わせろと言っているのだ。
皇太子の名前を出されたら、貴族としては無理をするしかなくなる。
「難しいでしょうか?」
申し訳なさそうに団長は言う。
「いえ、問題ありません」
本当に無理ならば、断ることはできるだろう。
実際、頑張れば間に合うのも事実。
問題ありません以外の返答はありえない。
面倒だし、大変だし、眠りたいから無理などと、言うわけにはいかないのだ。
「お願いいたします。本当にヴェルナー卿には助けられてばかりです」
丁寧にお礼をいって、団長と隊長は帰っていった。