団長と隊長が帰った後、俺は呟く。
「まずい。報告書のことを完全に忘れていた」
「そうかや?」
「明日までに提出とか言ってしまった」
「主さまならできるのじゃ」
「とりあえず、急いで書くか」
俺は机に向かって、報告書の作成に入る。
報告書の締め切りに遅れるわけにはいかない。
近衛魔導騎士団には、コラリーの件で無理を言った。
姉とロッテの権力まで使って、コラリーの無罪を押し通したのだ。
これ以上、近衛魔導騎士団に借りを作るわけにもいかない。
近衛魔導騎士団に借りを作ると言うことは、皇太子に借りを作るのとほぼ同義なのだ。
借りを作ったら、絶対に厄介ごとに巻き込まれてしまうだろう。
「……何かすることある?」
「すまん。コラリー。案内する余裕がない。ハティ頼んだ」
「任せるのじゃ。コラリーこっちにくるのじゃ」
「……うん」
ハティにコラリーのことを任せて、集中して報告書を作っていく。
解析は、事件のあった当日に終わっている。
その解析結果も頭の中に入っている。
だが、それを報告書にするというのはまた別の作業だ。
俺がわかればいいわけではない。
魔道具の知識があまりなくても、理解できるように書かなければならないからだ。
「改めて見ると、本当にできが良いな」
醜悪な目的で作られた魔道具だ。だが、技術は凄まじい。
「ケイ先生の体系に連なる技術だが……これは神の祝福か?」
魔道具で通常使われるのは魔力だ。
だが、動力の全てが魔力だとすると少し違和感が残る。
神の祝福、つまり回復魔法の類を利用している可能性がある。
「一応報告書にも書いておこう」
神の祝福を魔道具に使うなど俺の発想にはない。
それは魔道具ではなく神具だ。
「とはいえ、光の騎士団は宗教団体だもんな」
神の祝福を用いるのに抵抗はないのだろう。
おぞましい魔道具はコラリーとユルングに食い込むように取り付けられていた。
回復魔法の系統の方が身体に作用させやすいのかもしれない。
「薬も強すぎれば毒になるし、精神に作用する薬もあるし……」
そう考えれば、操るというのは医療に近い可能性もある。
そんなことをいえば、医者に怒られそうではあるが。
そのとき、ハティが声を上げる。
「あ、ロッテが来たのじゃ」
「入ってもらいなさい」
「わかったのじゃ」
賢者の学院の授業が終わったロッテがやって来た。
「ロッテ、その子が例のコラリーだ。俺が身元引受人になったから、よろしく頼む」
「はい、お聞きしております」
「そうか。ロッテにも世話になった」
ロッテにも、コラリーが無罪になるよう口添えを頼んだのだ。
互いに自己紹介したあと、コラリーはロッテにお礼を言っていた。
その後、ロッテは俺のところに来る。
「お師さまは一体何を?」
「忘れていた宿題をやっているといって良い状態だ」
「なるほど。宿題ですか」
「ああ、この前の事件の魔道具について報告書を書くと言っていたのに、完全に忘れていたんだ」
「お師さまでも、忘れることがあるんですね」
「俺は良く忘れる」
「手伝えることはありますか?」
「今のところは大丈夫だ。ありがとう」
ロッテは昨日の指示通り、掃除用魔道具を作り始める。
「ロッテ、ユルングの親の件なのじゃが」
「ユルング?」
「あ、古竜のヒナの名前じゃ。今朝、主さまが付けたのじゃぞ」
「あ、すまん。言ってなかった」
「いえ! お気になさらず」
「実は親なのじゃが……」
作業中のロッテに、ハティが色々と教えていた。
「コラリーちょっといいか?」
「……うん」
「この魔道具なんだが……」
「……うん。それは……」
報告書を書くにあたって、改めて当事者のコラリーからも話を聞く。
「ユルングは……」
「りゃ?」
「まあ、無理だよな」
可能ならばユルングにも聞きたいが、話せないので仕方がない。
俺は報告書作りに専念した。
途中でハティが持って来てくれた夜ご飯を食べ、寝ずに報告書を書きあげたのだった。
報告書が完成したときには、とっくに朝日が昇っていた。
「……間に合ったな」
「主さま、徹夜しないほうがいいといつも自分で言っているのじゃ」
「本当にな。反省だ」
締め切りギリギリまで手を付けなかったから、こんな事態になるのだ。
「りゅりゅぅ……」
ユルングは椅子に座る俺のひざの上で、気持ちよさそうに眠っている。
ユルングは赤ちゃんなので、当然徹夜はしていない。
報告書を書く合間に、ご飯をたべたり、寝たり、トイレに行ったりした。
「ユルングは、手のかからない子だな」
人間の赤ちゃんの面倒を見ながら、徹夜で報告書を書くとなると大変だっただろう。
ユルングは作業の邪魔をあまりしない。
実に大人しいものだ。
「ハティもありがとう。色々手伝ってくれて」
ユルングは、俺の手からしか食べないし、俺に抱っこされていないと寝ない。
だが、それ以外のことをハティは手伝ってくれた。
ユルングをトイレに連れていったり、遊んでくれたりだ。
それに、俺のご飯を持って来てくれたりもしたのだ。
「主さまの手伝いをするのは当然なのじゃ。ハティは従者ゆえな!」
「ハティが手伝ってくれなければ、昼までに間に合ったかわからないよ」
俺はハティの頭を撫でた。
報告書の締め切りは午後の会議がはじまるまでだ。
とはいえ、それまでに近衛魔導騎士団の方で読み込む時間が必要だろう。
朝、早番の騎士が出勤する前が、実質的な締め切りと言っていい。
「えっと、それじゃあ、ハティ。この報告書を執事に渡してくるから、休んでくれ」
「ハティが行くのじゃ!」
ハティはそう言ってくれるが、寝ていないのは俺もハティも同じ。
ならば、うっかり忘れていた俺が行くべきだろう。
「ありがとう。執事に報告書の説明もしないといけないからな」
ちなみにコラリーは母屋に部屋を与えてくれと、ハティ経由で姉に頼んでいる。
コラリーの寝起きする場所は母屋なのだ。
そして、ロッテは、いつも通り、日が沈んだ後王宮に帰宅している。
だから、研究室にいるのは、俺とハティとユルングだけなのだ。