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097 報告書を書こう

 団長と隊長が帰った後、俺は呟く。


「まずい。報告書のことを完全に忘れていた」

「そうかや?」

「明日までに提出とか言ってしまった」

「主さまならできるのじゃ」

「とりあえず、急いで書くか」


 俺は机に向かって、報告書の作成に入る。

 報告書の締め切りに遅れるわけにはいかない。


 近衛魔導騎士団には、コラリーの件で無理を言った。

 姉とロッテの権力まで使って、コラリーの無罪を押し通したのだ。

 これ以上、近衛魔導騎士団に借りを作るわけにもいかない。

 近衛魔導騎士団に借りを作ると言うことは、皇太子に借りを作るのとほぼ同義なのだ。

 借りを作ったら、絶対に厄介ごとに巻き込まれてしまうだろう。


「……何かすることある?」

「すまん。コラリー。案内する余裕がない。ハティ頼んだ」

「任せるのじゃ。コラリーこっちにくるのじゃ」

「……うん」


 ハティにコラリーのことを任せて、集中して報告書を作っていく。

 解析は、事件のあった当日に終わっている。

 その解析結果も頭の中に入っている。

 だが、それを報告書にするというのはまた別の作業だ。

 俺がわかればいいわけではない。

 魔道具の知識があまりなくても、理解できるように書かなければならないからだ。


「改めて見ると、本当にできが良いな」

 醜悪な目的で作られた魔道具だ。だが、技術は凄まじい。


「ケイ先生の体系に連なる技術だが……これは神の祝福か?」


 魔道具で通常使われるのは魔力だ。

 だが、動力の全てが魔力だとすると少し違和感が残る。

 神の祝福、つまり回復魔法の類を利用している可能性がある。


「一応報告書にも書いておこう」


 神の祝福を魔道具に使うなど俺の発想にはない。

 それは魔道具ではなく神具だ。


「とはいえ、光の騎士団は宗教団体だもんな」


 神の祝福を用いるのに抵抗はないのだろう。

 おぞましい魔道具はコラリーとユルングに食い込むように取り付けられていた。

 回復魔法の系統の方が身体に作用させやすいのかもしれない。


「薬も強すぎれば毒になるし、精神に作用する薬もあるし……」

 そう考えれば、操るというのは医療に近い可能性もある。

 そんなことをいえば、医者に怒られそうではあるが。


 そのとき、ハティが声を上げる。

「あ、ロッテが来たのじゃ」

「入ってもらいなさい」

「わかったのじゃ」


 賢者の学院の授業が終わったロッテがやって来た。


「ロッテ、その子が例のコラリーだ。俺が身元引受人になったから、よろしく頼む」

「はい、お聞きしております」

「そうか。ロッテにも世話になった」


 ロッテにも、コラリーが無罪になるよう口添えを頼んだのだ。

 互いに自己紹介したあと、コラリーはロッテにお礼を言っていた。


 その後、ロッテは俺のところに来る。

「お師さまは一体何を?」

「忘れていた宿題をやっているといって良い状態だ」

「なるほど。宿題ですか」

「ああ、この前の事件の魔道具について報告書を書くと言っていたのに、完全に忘れていたんだ」

「お師さまでも、忘れることがあるんですね」

「俺は良く忘れる」

「手伝えることはありますか?」

「今のところは大丈夫だ。ありがとう」


 ロッテは昨日の指示通り、掃除用魔道具を作り始める。


「ロッテ、ユルングの親の件なのじゃが」

「ユルング?」

「あ、古竜のヒナの名前じゃ。今朝、主さまが付けたのじゃぞ」

「あ、すまん。言ってなかった」

「いえ! お気になさらず」

「実は親なのじゃが……」


 作業中のロッテに、ハティが色々と教えていた。


「コラリーちょっといいか?」

「……うん」

「この魔道具なんだが……」

「……うん。それは……」


 報告書を書くにあたって、改めて当事者のコラリーからも話を聞く。


「ユルングは……」

「りゃ?」

「まあ、無理だよな」

 可能ならばユルングにも聞きたいが、話せないので仕方がない。


 俺は報告書作りに専念した。

 途中でハティが持って来てくれた夜ご飯を食べ、寝ずに報告書を書きあげたのだった。


 報告書が完成したときには、とっくに朝日が昇っていた。


「……間に合ったな」

「主さま、徹夜しないほうがいいといつも自分で言っているのじゃ」

「本当にな。反省だ」


 締め切りギリギリまで手を付けなかったから、こんな事態になるのだ。


「りゅりゅぅ……」


 ユルングは椅子に座る俺のひざの上で、気持ちよさそうに眠っている。

 ユルングは赤ちゃんなので、当然徹夜はしていない。

 報告書を書く合間に、ご飯をたべたり、寝たり、トイレに行ったりした。


「ユルングは、手のかからない子だな」


 人間の赤ちゃんの面倒を見ながら、徹夜で報告書を書くとなると大変だっただろう。

 ユルングは作業の邪魔をあまりしない。

 実に大人しいものだ。


「ハティもありがとう。色々手伝ってくれて」


 ユルングは、俺の手からしか食べないし、俺に抱っこされていないと寝ない。

 だが、それ以外のことをハティは手伝ってくれた。

 ユルングをトイレに連れていったり、遊んでくれたりだ。

 それに、俺のご飯を持って来てくれたりもしたのだ。


「主さまの手伝いをするのは当然なのじゃ。ハティは従者ゆえな!」

「ハティが手伝ってくれなければ、昼までに間に合ったかわからないよ」


 俺はハティの頭を撫でた。


 報告書の締め切りは午後の会議がはじまるまでだ。

 とはいえ、それまでに近衛魔導騎士団の方で読み込む時間が必要だろう。

 朝、早番の騎士が出勤する前が、実質的な締め切りと言っていい。


「えっと、それじゃあ、ハティ。この報告書を執事に渡してくるから、休んでくれ」

「ハティが行くのじゃ!」


 ハティはそう言ってくれるが、寝ていないのは俺もハティも同じ。

 ならば、うっかり忘れていた俺が行くべきだろう。


「ありがとう。執事に報告書の説明もしないといけないからな」


 ちなみにコラリーは母屋に部屋を与えてくれと、ハティ経由で姉に頼んでいる。

 コラリーの寝起きする場所は母屋なのだ。

 そして、ロッテは、いつも通り、日が沈んだ後王宮に帰宅している。

 だから、研究室にいるのは、俺とハティとユルングだけなのだ。

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