報告書を持って、母屋へと向かいかけて、大事なことを思い出した。
「あ、そうだ、ハティ」
「むむ?」
「ハティ。ここに手を触れてくれ」
「これはなんなのじゃ?」
「いままで、外から結界を開けられるのは一人だっただろう?」
研究室の結界を解除できるのは俺だけに設定していた。
だが、それだと不便だ。
「ハティも外から研究室の結界を解除できるようにしておこう」
「やったのじゃ!」
ハティは嬉しそうに結界の核に触れる。
敵が俺の研究所に侵入しようと考えたとき、結界を開閉できる者が狙われる。
そう考えて、これまで俺以外に結界を開閉出来ないようにしていた。
だが、ハティは強いから大丈夫だろう。
ロッテも敵に鍵として利用される危険より、もしものときに逃げ込めるメリットを重視したほうが良さそうだ。
なにより、ハティやロッテが自由に入れる方が便利だ。
「ロッテも開閉できるように設定しよう」
「危なくないかや?」
「ロッテも、結界発生装置を持っているし大丈夫だろうさ」
「そうじゃな!」
「とはいえ、ロッテに訓練した方が良いな」
ロッテに戦闘技術を教えろとは、ケイ先生からも言われている。
「それがいいのじゃ」
「ま、それはともかく、学院の研究室の結界も、ハティが開けられるように今度しないとな」
「それは楽しみなのじゃ」
そして、俺は眠ったユルングを抱っこしたまま母屋へと向かう。
執事に報告書を届けるように頼むと、すぐに研究室へと戻った。
「ふりゅりゅりゅ……」
研究室に戻ると、ハティはベッドで眠っていた。
小さないびきをかいている。
やはり、ハティも疲れていたようだ。
「お疲れ様。本当に無理に付き合わせた」
「ふりゅ……」
俺もベッドに横になる。
ユルングを起さないよう、丁寧に運んで枕元に置いた。
「……寒いかな。布団の中に入れておこうか」
考え直して、ユルングをお腹の上に乗せて、その上から布団をかぶる。
そして、眠りについたのだった。
………………
…………
……
「……主さま、…………主さま」
「ハティ? いやコラリーか。なんで主さま?」
俺はコラリーに起こされた。
窓の外を見る。時刻はお昼前。
眠っていた時間は、三時間といったところだろうか。
「……ハティが、主さまと呼んでいたから」
「それは真似しなくていいよ」
「……わかった」
「で、何かあったのか?」
ここに、コラリーがいるということは、母屋からやって来たコラリーを中に入れてくれたのもハティだろう。
「ありがとう、ハティ。助かるよ」
「気にしなくていいのじゃ!」
「…………手紙」
コラリーが白い封筒を差し出している。
「ああ、手紙か。ありがとう。誰から?」
「……わからない。さっき——」
「ファルコン号が持ってきたのじゃ」
「お? ファルコン号か」
「ふぁるふぁる」
体を起こして、振り返ると、ファルコン号がいた。
その背中にはユルングがのっている。
俺のお腹の上にはユルングがいないと思ったらファルコン号と遊んでいたらしい。
「りゃりゃ!」
楽しそうで何よりだ。
ファルコン号は師匠であるケイ先生のお手伝いをしている大きな鳥だ。
以前も伝令としてやってきたことがある。
「ファルコン号、疲れてないか? 水とかご飯とか」
「ハティがちゃんとあげたのじゃ」
「ふぁる!」
「そうか、ハティ。ありがとう」
俺はハティにお礼を言って、ファルコン号の背からユルングを抱き上げる。
ファルコン号は遠くから飛んできたのだ。
元気に見えるが、疲れていると考えたほうがいい。
「りゃ?」
「ユルング。ファルコン号は疲れているからね」
「りゃあ」
「さて、ファルコン号が持ってきてくれた手紙を見せてもらおうかな」
白い封筒に赤い文字で「至急 ヴェルナーとその仲間たちへ」とだけ書かれている。
他に差出人も何も書かれていなかった。
「俺以外も読んでいいと言うことか」
「……私も?」
「良いみたいだぞ。ハティも読むか?」
「いま、ご飯作ってる最中ゆえ、あとで読むのじゃ」
「おお、ありがとう」
ハティは本当に働き者だ。頭が上がらない。
「至急か」
至急とケイ先生が書いていたからと言って、本当に至急とは限らない。
大至急、研究室に来いと言われて駆けつけたら、ケイ先生は寝ていたこともあった。
あのときは確か魔石の珍しい反応を見せたかったとかそんなのだっただろうか。
ちなみに、その魔石の反応は五時間後、ケイ先生が起きたあとに見せてもらった。
「……主さ、いやヴェルナー……さま、誰から?」
「さまはつけなくていいよ」
「……わかった。ヴェルナー」
「それでいい」
コラリーは使用人でも、弟子でも、従者でもないのだ。
さまをつける必要はない。
「ファルコン号は俺の師匠であるケイ先生の飼っている鳥だよ。たまにお遣いで来るんだ」
「……そ」
「さて、ケイ先生はなんて言ってきたのかな」
俺はその封筒を開封して、中の手紙を取り出した。
読み始めるが、コラリーは少し離れたところにいる。
読んでいいとは言ったが、コラリーは遠慮しているのかもしれない。
『親愛なるシュトライト君
君の姉上の事件を聞いた。
とても心配したが、命に別状はないとのこと。ほっと胸をなでおろしている。
あの事件に関して君はなにも悪くはない。あまり思い詰めないように』
姉と俺を気遣う言葉が冒頭に書かれていた。
そう見えないが、ケイ先生は基本的に優しいのだ。
俺はケイ先生に心の中で感謝しつつ、読み進める。
『さて、これを読んでいるととき、まるで世界が平和になったかのように、君はゆっくりしているに違いない。
光の騎士団は壊滅した。ガラテア帝国の工作員も全滅した。
切り札だった、古竜のヒナを使った巨大魔道具も破壊した。
もはや、奴等は組織だって活動することはできまい。
…………そんな風に思っているのではないか?』
ケイ先生の指摘通りだ。
俺はひとまず我が国において敵は有効な手は打てないと考えていた。
組織を作るのは大変なのだ。
近衛魔導騎士団だってそう考えていると思う。
「先生がそういうってことは、まだ敵に動きがあるのか?」
俺は手紙の続きを読んだ。