ケイ先生の手紙は、相変わらずだ。
『まだまだ未熟な君がそんな風に思ってしまうのは仕方が無い。
敵を打ち倒し、大きな打撃を与えたと思ったとき、油断するのは人の性だ。
だが、君はわしと違って弱いのだ。それを忘れてはいけない。
弱者にできるのは、油断せず、備えることだけだ。
わしぐらい強いならば、たまに油断しても許される。
事が起こった後、動き出してもどうとでもなるのだから。
何度でもいおう。
君は弱いのだから考えることをやめてはいけない』
「耳が痛い」
といってみるものの、声で聞いているわけではない。
目で読んでいるのだから、耳ではなく目が痛いと言うべきなのかもしれない。
『全く脅威は過ぎ去っていない。敵は健在だ。
光の騎士団など、ガラテア帝国にとって、切り捨て可能な手足に過ぎない』
「そんな……はずは……」
光の騎士団は少なくとも王都においては重要な役割を果たしていたはずだ。
俺はそう考えていたし、近衛魔導騎士団も皇太子もそう考えているだろう。
『未熟でうっかりさんな、君でも気づける要素はあったはずだ。
油断せず備え、考え続けていればだが。
まず、あいつらの技術水準がおかしいことにもっと意識を向けるべきだった。
学院長と魔道具学部長だったものを改造した魔法の技術。
敵が用いてきた魔道具の技術。
光の騎士団風情が、それほど高度な技術を持っているわけがなかろう』
もちろん、それには俺も近衛魔導騎士団も気付いていた。
だからガラテア帝国から技術供与を受けていると考えていたのだ。
『うっかりさんな君のことだ。
ガラテア帝国が技術供与しているとか考えていたのではないか?
だが、よく考えてみよ。
ガラテア帝国にそれほどの技術があるならば、つまりそれは魔道具技術、魔法技術がラインフェルデン皇国より上ということ。
工作などする必要がない。
正面からぶつかれば皇国に勝てるのではないか?』
全く以て、ケイ先生の書いている通りである気がしてきた。
俺は光の騎士団を、そしてその背後にいるガラテア帝国を舐めていたのかもしれない。
『敵を弱く見積もるな。
敵は自分より弱いと思うのはただの願望だ。
君の願望など、世界は全く考慮しない。
世界には、数多のの君より強い存在がいるのだ。
わしを筆頭にな』
俺は非戦闘職。
当然、俺より強い奴は山ほどいるだろう。
それは頭ではわかっている。
だが、平和な王都にいると、つい忘れてしまう。
『君よりずっと強いわしでも、一生懸命考えているのだ。
わしよりずっと弱い君は、もっと考えなくてはならない。
慢心しているのではないか? わしより弱いのに。
敵を侮る心がなかったか、自分の胸に手を当てて、よく考えてみるが良い。
油断なく考えよ。
敵がこうであってほしいという願望は捨てよ。
敵は自分より強大で、賢い。そう考えるのが長生きするコツだ。
とはいえ、いくら考えたところで、エルフのわしより長生きするのは難しいだろうが』
寿命の話は今は関係ないと思う。
だが、考えることが大事というのはケイ先生の言うとおりだ。
慢心しているつもりは無かったが、やはり慢心していたのだろう。
「……ヴェルナー、顔真っ赤」
手紙を読む俺をじっと見ていたコラリーが俺の額に手のひらを当てた。
熱があると思ったのかも知れない。
「ただ、自分が恥ずかしかっただけだ」
「……そう。風邪じゃないならいい」
「ありがとう」
俺はコラリーにお礼を言って手紙に読みすすめる。
『うっかりさんとはいえ、優秀な君のことだ。
敵の用いる魔道具にわしの手法の気配を感じたりしたのではないか?
それが、最大のヒントだとわしも思う』
ケイ先生の体系に連なる魔道具だとは、俺も気付いていた。
俺はケイ先生の孫弟子のような者がガラテア帝国にいるのだと予想していた。
意外だったのは、『思う』と書いていることだ。
ケイ先生にも確証はないのかもしれない。
『もしかしたら、思うと言う言葉から、確証はないのか? この老いぼれが! と思ったかもしれない』
さすがにそこまでは思わない。
『ぶっ殺すぞ』
「こわ。だから思ってないって」
『以前にも言ったとおり、存命のわしの弟子は君だけだ。孫弟子はロッテだけだ。
曾孫弟子はさすがに把握していない。これは仕方の無いことだ。
だが、わしの優れた知能と人脈、そして何より金を使って調べ上げたところによると、なにやら魔道具製作集団があるらしい。
わしの曾孫弟子やその弟子などの集まった集団かもしれない。
可能性は高い。
隠れ里のような所に住んでいるという噂はある。
だが、今どこにいるか全くわからない。
今後とも調査を続けようと思う』
ケイ先生の調査ならば信用できる。
知能はともかく、人脈と持っている資金は、半端ではない。
もちろん知能も悪いというわけでない。ケイ先生はとても頭が良い。それも間違いない。
だが、人脈と資金は他に比肩する者がいないほどだ。