目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

116 ハティの背の上

 研究所に戻ってきたロッテは、防寒具を身につけ、剣を腰に差していた。

 背中には大きめのリュックを背負い、靴は騎士が戦闘時に履く動きやすいものだった。

 すぐに出発する気の完全装備だ。


「ロッテ。その様子だと王宮の了承は取れたみたいだな」


 ロッテが外出するのに許可を取る必要は無いが、了承してもらったほうがいい。

 ロッテが王族だからこそ、護衛の関係、外交上の問題など、色々配慮する必要があるのだ。


「はい。近衛魔導騎士団の方々は懸念を持っていたようですが、ケイ博士の指示だと伝えたら認めてもらえました」

「なるほど、それはよかった」

「うむ、よかったのじゃ」


 ロッテを古竜の王宮に連れて行けとは、ケイ先生は手紙に書いてなかった。

 書いていたのは、鍛えろということだ。


 だが、俺と同行することで鍛えられると拡大解釈すれば、指示と言えなくもない。


「それと、皇太子殿下から、お土産を託されました」

 そういって、ロッテがユルングより少し小さな箱を取り出す。


「お土産かや? 殊勝なこころがけじゃあ」


 ハティは素直に尻尾を振って喜んでいる。

 元々ハティは人に対する警戒心が薄いのだ。

 だからこそ、酒を飲まされ、魔道具で操られたりもした。


 俺も皇太子のことを悪人だと思ってはいない。

 だが、優れた政治家、統治者ではあるのだ。

 国家のためならば汚い手段を執ることも厭うまい。


「中身は何だ?」


 だからこそ、俺は確かめる。


「わかりません。重くないので……食べ物とかではなさそうです」

 ロッテは素直にお土産だと思っていそうだ。


「調べた方が良いかもな。位置を特定する魔道具とかを仕掛けられていたら迷惑だろう?」

「はっ! 確かにそうなのじゃ!」


 俺は魔法で箱の中身を調べはじめた。

 同時に、ハティは箱をバリバリと破った。


「ハティ……まあいいか」


 ハティに無作法だと言おうと思って止める。

 王に献上する前に、贈り物の中身を確かめるのは常識だ。

 むしろ礼儀作法的には、ハティの方が正しいのかもしれない。


「ふむ。魔道具ではないな。宝石か?」


 魔石でもない。魔法的な何かが付与されてはいない。

 念入りに調べたので、間違いないだろう。


「立派な紅玉ですね。ラメット王家の宝物庫にはこれほど立派な宝石はないかも」


 ロッテの故郷であるラメット王国は、ラインフェルデン皇国に比べてあまり裕福ではないのだ。


「ハティの鱗みたいに綺麗なのじゃあ」

「ハティ。古竜の大王に紅玉を送るのは失礼とかそういう風習はないか?」

「ないのじゃ! 父ちゃんも赤いし、きっと喜ぶのじゃ」


 古竜に限らず、竜は財宝を集めるのが好きだと言われている。

 ならば、この贈り物も喜ばれることだろう。



 その後、俺は姉にハティの故郷に向かうことを伝えて、出発する。

 みんなで馬車に乗り、王都の外まで移動してから、ハティの背に乗って飛び立った。


「……た、たかい」 


 勢いよく飛ぶハティの背でコラリーは怯えて、俺の腕にしがみつく。

 だが、ロッテは全く怖くないようで、しっかりと立って前方を見つめていた。


「りゃああ!」

 ユルングは嬉しそうに、俺の懐から前を見る。


「ユルングはともかく、人族は寒いだろ。こういう場合は……」

 俺は結界発生装置を起動する。

 俺たちを巨大なハティごと結界が包み込む。

 高速で飛ぶことによる強烈な向かい風も、高所ゆえの寒さも、すべて結界が遮断する。


「暖かいです」

「おや? なぜか飛びやすいのじゃ」

「形状を少し調節したからな」


 結界は物理的なものを遮断する。

 つまり結界が大きければ大きいほど、空気抵抗は大きくなるのだ。

 だから、空気抵抗の少ない形状に結界を工夫した。



「どういう形だと飛びやすくなるのじゃ?」

「ええとだな」


 俺はハティに空気抵抗の少ない形について説明する。

 それをハティだけでなく、ロッテもコラリーも真剣な様子で聞いていた。


「りゃあ……」

「向かい風がなくて残念かもしれないが、寒いからな。夏にでもまた飛んで貰おうな」

「りゃ!」

「それにしても……ファルコン号の持っていた魔道具のように気配を遮断することができたらな」


 結界は中の情報を外には出さない。

 だが、結界がそこにあることは、優れた魔導師なら気付くことができるかもしれない。


「ハティ。つけられて古竜の王宮の場所がばれたりしないか?」

「多分大丈夫なのじゃ。ハティは速いゆえなー」


 ハティはそういうが、今日は俺とロッテも一緒だ。

 俺とロッテをつけているものがいれば、飛び立つことに気付けたかもしれない。

 いま、ハティがつけられている様子はない。

 だが、絶対に誰の目もないとは言い切れない。


 身を隠す方法ならあるのだ。

 それこそ、ファルコン号の使っていたものと同種の魔道具を敵が持っていれば厄介だ。

 ぎりぎりみえるぐらい遠くから何者かがついてきていたとしても、俺は気付けまい。


 そういえば、ケイ先生からの前回の手紙に

「シュトライト君はこっそり遠くから、そうだな、徒歩で三十分ぐらい離れた位置から敵に見られていても気付かないのではないか?」

 と書かれていた。


 それなのに、俺は対策をしていなかった。

 もしかしたらそれを見越してケイ先生はファルコン号に姿隠しの魔道具を持たせたのかもしれない。

 そんな気がした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?