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117 古竜の王宮がある場所

 俺が周囲を警戒している中、ハティは冬の空をまっすぐに東へと飛んでいく。

 ラインフェルデン皇国の国境をあっというまに越え、ガラテア帝国領へと入っていく。


「ハティ。古竜の王宮はどこにあるんだ? ガラテア帝国領なのか?」

「うーん。多分そうかもしれないのじゃ」

「把握されてないのですか?」


 ロッテが不思議そうに尋ねる。

 国境を脅かされているラメット王国の王女たるロッテにとって、考えられないことなのだろう。


「古竜には人の国境など関係ないからな」

「そうなのじゃ! 父ちゃんは知っていると思うのじゃが、ハティは気にしたことがないのじゃ!」


 熊の縄張りの境界がどの辺りにあるか、把握している人間はほとんどいないだろう。

 把握しているのはごく一部の猟師ぐらいだ。


「じゃあ、ハティ。どの辺りにあるか教えてもらえるか」

「うむ。もう見えているのじゃ。前方に高い山がみえるじゃろ?」

「あれか」


 それは死の山脈と呼ばれる場所だ。

 ガラテア帝国を東西を分割するかのように、存在する非常に高く険しい山脈だ。

 獣どころか魔獣も存在しないといわれており、冒険者すら立ち寄らない。

 死の山脈の一部の嶺の頂上に挑む一部の探検家はいるが、登頂に成功したと聞いたことはない。


「なるほどなぁ。確かに人は近づかないな」


 死の山脈は物流にも大きな影響を与えている。

 ラインフェルデン皇国とラメット王国の物流が陸路ではなく海路なのはこの山脈があることも大きい。

 ラメット王国有事の際、皇国が救援を送りにくい要因の一つでもある。

 またガラテア帝国自身の統治にも大きな影響を与えている。


「そろそろ付くのじゃ!」

「死の山脈の登頂に成功した再訴の人族になれるかも知れませんね!」

「…………」


 ロッテはわくわくしているようだ。

 一方コラリーは、不安そうに俺の腕にぎゅっと抱きついている。


「ロッテ、麓に一度着陸して貰えるか?」

「もちろん、よいのじゃ。 でもなぜじゃ?」

「空気の圧の差があるからな」


 今、結界で物理的な物を全て遮断している。

 つまり今の圧力は地表のものと同じなのだ。

 だが、古竜の王宮があるという死の山脈の上は空気の圧が低いのだ。

 そのまま頂上に着陸し、結界を解いたら、気圧差で鼓膜がおかしなことになりかねない。


「お師さま、空気の圧とはなんですか?」

「俺たちは気圧と呼んでいるんだが、空気に押される圧のようなものだ。意識しづらいがそれなりに大きな力だよ」

「そうなのですね……?」


 そう説明しても、ロッテはよくわかっていなさそうだ。


「とりあえず、麓に一度着陸するのじゃ」

「頼む。昔、ケイ先生に高山を登らされたとき、気圧の差と言う物を思い知らされた事があるからな」


 それは死の山脈ほど高くはなかったが、それなりに高い山だった。


「頂上に近づくにつれ、水が沸騰しやすくなるんだよ。それに空気が薄くなり息苦しくなる」

「なんと」

「……それならわかる」

「お、コラリーはわかるか?」

「……うん。密閉した部屋に小さい穴を開けて、魔法で、外に向かって風を吹かせると、中の人は倒れる」

「あー。空気が薄くなったんだろうな」


 光の騎士団の暗殺法か、拷問法か。

 どちらにしても、あまり良いことではなかろう。


 そんなことを話している間に、ハティは麓に着陸する。

 そこで一度結界を解除し、ハティは再び飛び上がる。


「少しゆっくりめで頼む」

「わかったのじゃ!」


 今度は結界を展開しない。

 急速に寒くなり、空気が薄くなっていく。


「りゃありゃああ」

「ユルングは、向かい風が好きだなぁ」

「りゃ!」


 雲を超え、どんどん上がる。

 すると、嶺と嶺の間、地上からは見えない位置に巨大な建物が見えてきた。

 外観は真っ白で、石とも金属ともレンガとも、違う不思議な材質で作られている。

 構造はシンプルで、装飾などもなく半球型だ。


 ラインフェルデン皇国の王宮よりも広く、山のように高い。

 古竜が過ごす王宮なのだから、大きいのは当然だ。


「見事な建物だな」

「えへへ。そんなことないのじゃぁ〜」


 ハティは照れている。

 息苦しさを感じるぐらい空気は薄い。

 水の沸騰する温度が、麓と比べて七割ぐらいまで下がっている。


「綺麗」

「……濃い」


 ロッテとコラリーは空を見て呟いた。

 空の青色が、とにかく濃かった。

 日の光は届いているのに、空はまるで夜のようだ。


「空気が薄いゆえ、天の色がよく見えるのじゃ」

「天の色ですか?」

「うむ!」


 そういって、尻尾を揺らすと、ハティはゆっくりと王宮の前に着陸する。

 俺たちが背から降りると、ハティは「ついてくるのじゃ」といって中へと向かう。


「やはり寒いな」

 防寒具を身につけていても、とても寒い。

 俺はユルングを懐に入れたまま、ロッテとコラリーと一緒にハティについていく。


 王都の冬とはレベルが違う寒さだ。


「……氷魔法を食らっているみたい」

「確かに似ているかもな」


 ロッテはあまりの寒さに少し震えていた。

 人族が凍える中、顔だけ出したユルングは元気にきょろきょろと周囲を見回していた。

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