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118 古竜の王宮

 先頭のハティが王宮に近づくと、正面の壁が突然内側に開いた。

 巨大なままのハティが楽に入れる程度の穴があく。


「中は暖かくしているのじゃぞ。急ぐのじゃ」

 走るハティの後に続いて王宮の中へと入った。

 王宮の中には、ハティより大きな古竜が一頭待機していた。

 ハティ以上の圧倒的な魔力を感じる。


 ハティの父、古竜の大王だろうか。

 そんなことを考えていると、すぐ後ろで扉が閉まる。

 途端に暖かい空気に包まれた。


「……暖かい」

「主さまが来るから、建物を暖めるように言っておいたのじゃ」

 どや顔で話すハティの側に、古竜が近づいて頭を下げ、顎を床につけた。


「殿下。お待ちしておりました」

「うむ! 主さま。こやつは父ちゃんの侍従なのじゃ」

「ヴェルナー・シュトライトです。ハティ殿下にはいつもお世話になっております」

「ヴェルナーさまは、ハティの主さまなのじゃぞ。失礼の無いようにするのじゃ!」

「御意」


 俺が頭を下げると、その侍従は顎をあげて俺を見ると、俺をまっすぐ見据えて再び顎を床につけた。

 態度と口調から考えるに、ハティの父ではないらしい。

 そして、ハティが古竜の大王の娘というのは本当だったのだと改めて俺は思った。


 以前、古竜には国はなく、大王というのは尊敬されている者の称号だとハティは言っていた。

 しかし、大王には侍従がいるらしい。

 そして、その侍従はまるで臣下のように振る舞っている。


 俺が多少の驚きをもって、その侍従を見ていると、ハティが尻尾を振りながら紹介し始める。


「それで、この子が主さまの弟子のロッテで、この子が主さまが身元引受人になっているコラリーじゃ」

「よろしくお願いいたします」

「……よろしく」


 侍従は顎をあげてロッテとコラリーをみると、すこしだけ頭を下げた。

 だが、顎はつけない。

 顎をつけるという行為には意味がありそうだ。


「それで、殿下、古竜のヒナというのは……」

「ユルングじゃな?」

「りゃ」


 ユルングは俺の服の奥に潜り込んで、身を潜めていた。

 見知らぬ巨大な古竜が怖いのかもしれない。


「ユルングどうしたのじゃ?」

「人見知り、いや竜見知りしているのかもしれません。ユルング?」

「り」

「怖くないよ」


 俺はなだめつつ、服の奥に潜り込んだユルングを抱っこして、外に出す。


「りゃあ」

 ユルングは一生懸命、俺の胸にしがみつく。


「大丈夫だよ」

「それで、この子が哀れなユルングなのじゃ」

「この子が例の……。ヴェルナーさま、失礼いたします」

「どうぞ」


 侍従は俺の胸に抱きついているユルングに鼻を近づける。

 匂いを嗅いで、何か調べたいらしい。

 ハティがパンの残り香から、コラリーのいた酒場を見つけ出したように、古竜は嗅覚が鋭いのだ。


「りゃあ」

 侍従の顔が近づき、ユルングが尻尾を股に挟む。


「大丈夫だよー」

 俺は声を掛けながら優しく撫でる。

 ユルングを安心させようとなだめようとしてはいるが、近づく侍従の顔の迫力は凄まじい。

 俺自身、後ずさりしないように、気合いをいれた。


 ——シュゴーシュゴー


 侍従の鼻息が、まるで風魔法であるかのように吹きすさぶ。



「これは……」

「なにか、わかったかや?」

「はい。いえ、陛下のご判断の前に私如きが何か言うわけには参りません」

「むむう? よくわからぬのじゃ」

「申し訳ありません」


 どうやら侍従はユルングについて何か気付いたことがあるらしい。

 だが、今は言わない方が良いと判断したようだ。


「それでは、御前ごぜんに案内いたします」

「うむ、頼むのじゃ!」


 侍従が歩き出し、その後ろをハティが続く。

 さらにその後ろを俺とロッテ、コラリーがついていく。


 しばらく歩いて、侍従は足を止める。

「ヴェルナー卿とハティ殿下とお連れの方々が参りました」

「入るが良い」

 中から太い声がして、扉が自動で開く。


「どうぞ、中へ……」


 侍従は扉で足を止め、俺たちに中へ入るように促してくる。

 ハティに続いて俺とロッテ、コラリーは扉の中へと入る。


 その部屋は、とても広く、真っ白で装飾もない。

 正面にハティの三倍ぐらい大きな古竜がいる。

 そして、左右にそれぞれ二頭ずつ、ハティより二倍ぐらい大きな古竜がいた。

 合計五頭の古竜に見つめられながら、俺たちは歩みを進める。


 ロッテはまっすぐ前を見据えて付いてくる。

 さすがは王女、堂々とした立ち居振る舞いだ。

 一方、コラリーは恐怖の余りひざが笑っているらしく、歩くのに苦労していた。

 ユルングも怖いらしく、服の奥の奥に潜り込んでいる。


「主さま! あの正面にいるでかいのが、ハティの父ちゃんなのじゃ! 父ちゃん! この方がハティの命の恩人にして、ハティの主であるヴェルナーさまなのじゃ!」

「ヴェルナー卿。お会いできて光栄である。愚かなる娘が世話になった」


 そういうと、ハティの父である古竜の大王は俺の正面に移動すると、顎を床につけた。

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