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119 古竜の大王

 大王に頭を下げられると、恐縮する。

 この場で人族の王宮での礼儀が通用するわけでもないだろう。

 とはいえ、それしか俺は知らない。


「もったいなきお言葉。恐縮至極に存じます」


 俺はひざついて、頭を下げる。

 俺にならって、ロッテがひざをつく。ロッテを真似する形でコラリーも跪いた。


「主さま、それにロッテもコラリーも。そんな頭を下げる必要は無いのじゃ」

「ハティの言うとおりだ。普通にしてほしい。それが古竜の流儀である」

「ありがとうございます」


 俺が立ち上がると、ロッテとコラリーも続く。

 その後、俺は改めて名乗り、ロッテとコラリーも俺に続く。


「朕も名乗るのが礼儀なのであろうが、朕に名前はないのだ」

「…………」


 どういうことかわからず、俺は黙って続きを待つ。

 名前がないなど、にわかには信じがたい。

 だが、まさか大王相手に、「それは本当ですか?」と言うわけにはいかない。

 そう口にしたらまるで大王が嘘をついていると疑っているかのようだ。

 不敬が過ぎる。


 無言で待つと、俺が疑問に思っていることに気付いたハティが教えてくれた。


「古竜の大王は即位と同時に名を捨てるのじゃ。元々の名は退位するまでお預けじゃ!」

「そうなのですね」

「ヴェルナー卿、ハティから聞いたのだが、やはり人族はそうではないのか?」

 ハティから聞いていたからこそ、名前がないと教えてくれたのだろう。


「ハティ殿下の仰せの通りです。人族の王には名前があります」

「そうであったか」


 満足そうに大王は頷いて尻尾をゆっくりと揺らしていた。


 その後、大王以外の古竜たちが自己紹介してくれた。

 大王の他にいる四頭の古竜はどうやら古竜の長老衆らしい。

 元大王であったり、大きな功績があった古竜が長老衆に選ばれるようだ。

 長命で知られる古竜の長老ならば、きっと数万歳は超えているだろう。


 自己紹介が終わると、大王が言う。

「それで、ヴェルナー卿は古竜のヒナの親を探しているとか」

「そのとおりです。ユルング、出ておいで」

「……ゃぁ」


 もぞもぞと、更に深く潜ろうとする。

 ついに背中まで回り込んだ。


「ユルング、怖くないよ〜」

「…………ゃぁ」

 先ほど、侍従に見せた態度と一緒である。


「申し訳ありません。どうやら、ユルングは竜見知りが激しいようです」

「古竜のヒナはそういうものだ。ハティなど、初めて我が弟に会ったとき、盛大に漏らしたからな」


 大王がそういうと、古竜の長老たちの笑い声が聞こえてきた。

 あざ笑うというより、微笑むといった雰囲気だ。


「父ちゃん! それは内緒なのじゃ」

「なぜだ。可愛いではないか」

「恥ずかしいのじゃ!」

「すまんすまん」


 ハティが尻尾をバシンバシンと床にたたきつけている。

 そんなハティを大王も長老たちも優しい目で見つめていた。

 古竜は子供が少ないからこそ、皆で可愛がっているのだろう


「ユルング、怖くないよ〜」

「ゃぁ」


 俺は服の中に手を突っ込んで、ユルングを優しく掴むと、外に出す。

 ユルングは侍従のときと同様に、しがみついて顔を俺の胸に埋めていた。


「なんと可愛らしい赤子だ」

 大王がそういうと、長老たちもうんうんと頷いた。


「はい。ユルングを保護した経緯はハティ殿下からお聞きでしょう?」

「もちろん。だが、一応、ヴェルナー卿の口からも聞いておきたい」

「わかりました」


 俺は大王と長老たちに向けて、ユルングを保護した経緯を説明した。


「なんと……むごい」

「人族というのはおぞましいことをするものだ」

「控えられませ。ヴェルナー卿の前ですぞ」


 人族を非難し始めた長老たちを大王が制止する。


「ヴェルナー卿、失礼した」

「いえ、私も長老の方々と同じ気持ちですから」


 古竜の長老たちの気持ちは、俺も理解できる。

 人族には本当に恐ろしいことをする者がいるものだと思う。


「親竜からさらわれたものだと思い、ハティ殿下に親竜を探して頂いたのですが……」

「朕の知る限り、子を産んだ古竜はいないのだ」

「それが異常な事態だと我々も理解しております」

「ヴェルナー卿がおっしゃるとおり、異常な事態なのは間違いない」


 大王は深く頷く。


「直接連れてきてくれたこと、感謝いたしますぞ」

「左様。いくつか仮説はあるが、直接見なければ結論など出せぬからな」


 どうやら、長老たちにはユルングの出自について思い当たることがあるらしい。


「匂いを嗅がせて欲しい」

「どうぞ」


 俺の許可をとってから、古竜たちはユルングを抱く俺に近づいてきた。

 大王と長老、合わせて五体の古竜に囲まれる。

 威圧感が凄まじい。


「……ゃぁ」

「大丈夫だよ」

「…………」


 大王と長老たちは順番にユルングに鼻を近づける。

 ユルングは知らない竜が怖いようで、プルプルするので、優しく撫でる。

 ユルングの匂いを嗅ぎ終わると、古竜たちは無言のまま離れていった。


 長老たちが誰ともなく口を開いた。


「だが……そのようなことあり得るのか?」

「ユルングがこの場にいることが証明であろう」

「いや、しかし……」

「頭では理解できるが……本当にあり得るのか?」

「理論的にはありうるだろう?」

「だがしかし……」


 長老たちの声音は深刻そのもの。

 ぼそぼそと、声を潜めるように会話していた。

 それを黙って聞く大王の表情も厳しいものだ。


 俺はそんな大王と長老たちを見ながら、

(古竜の表情が読めるようになったんだなぁ)

 とぼんやりと思う。


 ハティとユルングと一緒に暮らしているからだろう。

 きっと俺は、当代でもっとも古竜の表情を読むのがうまい人族かもしれない。


「ユルング、大丈夫だよ。みんな怖くなからね」

「……ゃぁ」

 俺はユルングに優しく声を掛けながら、身体を撫でた。

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