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120 ユルングの母

 俺がユルングを撫でている間も、長老たちは議論、いや相談していた。

 口調は相変わらずボソボソしたものだ。


「そもそもとして……」

「いやだが、それは……」


 長老たちの話を聞いている限り、どうやら、ユルングの正体はわかったらしかった。

 それに異論のある者はいないようだ。

 そして、その正体は、古竜たちにとって信じがたいものでもあるらしい。


 俺は長老たちの相談が終わるのを無言で待つ。


「…………」

「りゃぁ?」

「大丈夫だよ」


 とはいえ、俺としては何が信じがたいのか全くわからない。

 そもそも、ユルングの正体が何かもわからないのだ。

 凄く気になるが、相手は古竜の長老だ。

 長老たちは大王に助言する役目を持っている。

 王族に比する準ずる権威を持っているのだろう。

 そのうえ、長老たちの中には、かつて大王だった者までいる。


 早く教えろと催促するのは、不敬にあたる。

 だから俺は大人しく、ユルングを撫でながら待った。


「じいちゃんもばあちゃんも! もったいぶるのではないのじゃ!」


 しびれを切らしたハティが尻尾をバシンバシンと床にたたきつけている。

 恐らく尻尾をたたきつける動作は、馬の前掻きのようなものなのかもしれない。


「殿下。いま大切な話をしているのだ。少し待たれよ」

「主さまが待っておるのじゃ! 早くするのじゃ」

「だがな、殿下」

 長老たちのハティに対する口調は孫に対するそれだ。


「ほれみろ! コラリーなど暇すぎて寝ているではないかや!」


 まさかと思って、後ろを振り返ると、

「…………えび」

 コラリーは立ったまま寝言を言っていた。

 その横でロッテが不安そうにコラリーに肘でツンツンつついている。

 もしかしたら、コラリーは海老が好きなのかも知れなかった。


「……はっ。寝ていない」

「そうだな。コラリー、緊張していないのか?」


 この部屋に入ったとき、コラリーは古竜の大王と長老たちにびびり散らかしていた。

 ひざが笑って歩くのに苦労していたほどだ。


「……殺気がない。慣れた」

「そうか。凄いな」


 大人の古竜という存在に慣れて、殺気がないとわかると、途端にリラックスしたらしい。

 度胸があるというか、何というか。正直その胆力はうらやましい。


 うとうとしたコラリーを見て大王が口を開く。


「そうであったな。ヴェルナー卿、失礼した」

「いえ、お気になさらず」

「ユルングの正体。いやユルングの母親の正体であるが……」


 そこで大王は言いよどんだ。

 そんな大王を長老たちも無言で見つめる。


「父ちゃん、もったいぶるでないのじゃ」

「うむ。ユルングの母は、朕の母だ。つまりユルングは朕の妹である」

「と、ということは、ハティの姪?」

「混乱しているな、ハティ。姪はそなただ。ユルングはそなたの叔母だ」

「おば……じゃと……」


 ハティは衝撃を受けたらしく、目をまん丸にしてユルングのことを見つめている。


「ゃぁ」

「大丈夫だよ。ユルング」


 俺が撫でてなだめていると、大王が言う。


「ハティ。気付かなかったか? 朕の匂いに似ているであろう?」

「似てないのじゃ! 父ちゃんの加齢臭のまざった匂いとユルングの匂いは全然違うのじゃ」

「か、加齢臭」

 ショックを受けたらしく、大王の尻尾が力なくしなしなと床に付く。


「まあまあ陛下。殿下はご母堂にお会いしてことが無いのだ。匂いがわからなくとも仕方ありますまい」

「左様。親子に比べて、兄弟姉妹の匂いはわかりにくいものゆえな」

「む? ハティは兄弟でもわかるのじゃ! ただ父ちゃんの加齢臭がとびきりきつ……」

「ハティやめなさい」


 大王がへこんでいるので制止しておく。


「む?」

 ハティがこっちをみるので、目で大王がへこんでいると伝える。


「あっ」

 伝わるかどうか不安だったが、きちんと伝わったようだ。


「あっ、違うのじゃ。父ちゃんの加齢臭嫌いではないのじゃ」

「そ……そうか、ありがとう、ハティ」

「気にするでないのじゃ!」


 嫌いではないと言われて大王は少し元気になった。

 尻尾を見ればなんとなくわかる。


「陛下。その陛下とユルングのご母堂はどちらにいらっしゃるのでしょう?」

「……うむ。それはだな」

 大王は言いよどむ。


「またまた、もったいぶろうというのかや? さっさというのじゃ!」

「殿下。陛下にも伝えにくいご事情があるのですよ」

「でも、話さなければ始らないのじゃ」

「確かに。陛下。殿下の言うとおりです。ことここに至っては、ヴェルナー卿に伝えずに済ますことはできますまい」

「そうじゃ! どうせ言わねばならぬなら、さっさというのじゃ!」


 ハティにせっつかれて、長老たちからも促されても、大王はしばらく口を開かなかった。


「母は、いや、前大王は厄災と化し封じられた」

「ど、どういうことなのじゃ?」


 ハティは狼狽しているように見えた。

 そのハティの状態が伝わったのか、ユルングもプルプルと震え始めた。

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