深刻そうな表情の大王に、まるでハティが食ってかかるかのように尋ねる。
「厄災と化したじゃと? 封じられたじゃと? ハティにもわかるように言うのじゃ!」
「ゃぁ」
ハティの剣幕に、ユルングが怯えている。
「大丈夫だよ。……ハティ。ユルングが怯えている」
俺はユルングを優しくなでながら、ハティに声を掛ける。
「す、すまないのじゃ。ついびっくりして、その。怖くないのじゃぞ〜」
「りゃぁ」
「べろべろべろ」
ハティはユルングを落ち着かせようと、巨大な舌で俺ごと舐める。
防寒具がよだれまみれになった。
室内は暖かいからいいが、乾くまでに外に出たら寒くなりそうだ。
あと、匂いも気になる。
「で、父ちゃん。早く説明するのじゃ。ユルングが怯えないように優しい声音で説明するのじゃ」
「わかっておる。だが、古竜の歴史を知らぬヴェルナー卿にどこから説明したら良いのか」
しばらく無言で考えた後、大王は口を開く。
「ヴェルナー卿も、いや人族も魔王の存在はご存じであろう?」
「はい。存じております。ロッテも知っているね」
「知っております。私の祖先が、魔王を討伐したと伝わっております」
「……私は魔王なんて知らない」
魔王とそれを倒す勇者は、一般的におとぎ話上の存在だ。
俺自身、ケイ先生から手紙で知らされるまで、現実の存在だとは知らなかった。
コラリーが知らなくても当然だ。
ロッテが知っているのは、ラメット王国の建国王が魔王を討伐した勇者本人だからだろう。
先祖が魔王を倒したと聞いて、大王はロッテのことを興味深そうに見つめた。
「ほう? ご先祖か? それはいつ頃のことだろうか?」
「我が家には千年前のことだと伝わっております」
「なんと、大魔王を討伐したと……」
「大魔王ですか?」
ロッテは千年前の大魔王を魔王と認識しているらしい。
ケイ先生曰く、大魔王は千年ごとに、魔王は二、三百年ごとに出現するという。
そして、この千年の間に出現した魔王はケイ先生が一人で倒したと言う話だ。
ケイ先生の一人で倒したという言葉が本当ならば、魔王の出現に人々は気付いてすらいない。
魔王の存在に気付かなければ、魔王と大魔王と区別する必要も無い。
「千年前か。そうか千年前か。……そうか」
大王はうめくように呟くと天井を見上げた。
「我が先祖とお師さまのお師匠さまが力を合わせて討伐したと」
「なんと……ということはヴェルナー卿は大賢者の弟子であったか」
「人族の間で大賢者と呼ばれることもあるケイ博士は確かに私の師匠に当たります」
ケイ先生は古竜にも知られているらしい。
我が師ながら大したものだと思う。
「なんという巡り合わせ」
「ユルングを保護したのは大賢者の弟子であったか」
「
長老たちが呟いている。
それを聞きながら大王が続ける。
「千年前に出現したのは、呪われし大教皇と呼ばれた大魔王だったのだ」
「呪われし大教皇ということは、神の信徒だったのですか?」
「ヴェルナー卿のご推察の通り。邪なる神の祝福を受けた強力な生物が魔王となるのだ」
「人族は魔王という存在について、あまり知らないのです」
「そうかもしれぬな」
魔王という存在についての研究は、人族の間では余り進んではいない。
そもそも、ほとんど知られてもいないのだ。
千年に一度しか現われない存在に危機感を抱く人間もそういない。
人の寿命は短いのだ。
だが、古竜は違う。
長大な数万年を超える寿命を持つ古竜にとって、魔王と大魔王は定期的に現われる脅威なのだろう。
「魔王となる生物は、人である場合もあるし、魔狼である場合もある。そのときによって変わるのだ」
無知な俺たちにもわかるように、大王は丁寧に説明してくれる。
「そうだったのですね。邪神とは一体どのような神なのでしょうか?」
「そのときによって変わるが、千年前は疫病と呪いの神だった」
大魔王の詳細については俺も初めて聞いた。
ケイ先生が教えてくれなかったからだ。
恐らくそのときにならないと、どの生物が魔王と化すかわからないから、ケイ先生は敢えて教えなかったのだろう。
「ちなみに、邪神に選ばれたのは何の生物だったのじゃ?」
「強力無比な吸血鬼だ」
大王の言葉に俺は胸をなで下ろす。
ユルングの母が、大魔王ではないかと疑っていたからだ。
よく考えたら、大魔王は千年前に死んでいる。
ユルングの母であるはずはなかった。
「呪われし大教皇は、疫病と呪いを振りまいた。数多の人族が死んだ。国ごと滅んだ例もあったと聞く」
「それは恐ろしいですね」
「ああ、恐ろしい。強靱なる古竜は幸いにも病には倒れなかった。だが大王が呪われたのだ」
「その大王とはユルングの母竜ですね」
「そのとおりだ」
大王は遠い目をする。
「大王は、朕の母は人族が好きだった。それゆえ呪われし大教皇に戦いを挑み、呪われてしまったのだ」
ハティも人族が好きだ。ハティの祖母である前大王もそうだったのだろう。
人族を守るために戦いを挑み、呪われてしまうとは、何という不幸だろうか。
「呪われるとどうなるのじゃ?」
「意志を奪われる。母は呪われし大教皇の手下となってしまった」
「なんと……」
呪い耐性の高い古竜に呪いを掛けるなどは不可能に近い。
呪いの神の祝福を受けた大魔王だからこそなしえたことだろう。
当時の人族にとってはこれ以上無い悪夢だ。
強力無比な古竜の大王と、疫病と呪いをばらまく大魔王を相手にしなければならないからだ。
「人族の勇者と聖女、大賢者の活躍がなければ、古竜も全滅していたであろう」
俺が考えていたより、ケイ先生の功績は大きいものだったらしい。