大王は辛そうな表情で、口調だけは淡々と続ける。
「朕の母はとても強い古竜だった。それこそ朕などより圧倒的に」
「ああ。我らも陛下と力を合わせて戦ったが、とてもではないが勝てなかった」
「我らはユルングの母の他に呪われし大教皇をも相手にせねばならなかったのだ」
大王と長老たちが力を合わせても勝てないとなると、勝てる者などいないのではないだろうか。
「そこで朕は人族の勇者と盟約を結んだ」
「勇者もまた神の祝福を受けし存在なのだ。大魔王の悪しき呪いも疫病も、勇者には通じない」
「大魔王を討伐するために神が祝福を与えた者が勇者ということでしょうか?」
俺が尋ねると、大王はゆっくりと首を振る。
「そういうわけではない。大魔王が先か、勇者が先か。それはその時代によって変わる」
「大魔王も勇者も神の代理者であり相争う。それしか我らもわからぬ」
「神の本意など、我ら地上の者にはわからんよ」
人とは比べものにならぬほど長い間生きている古竜の長老たちでもわからないらしい。
それほど、勇者と大魔王という存在は、謎が多いのだろう。
「勇者は大魔王とは戦える。だが、母には勝てぬ」
勇者とはいえ人族だ。
古竜が束になって勝てない古竜の大王に勝てるわけがない。
大魔王は古竜の前大王に勝ち、古竜の前大王は勇者に勝ち、勇者は大魔王に勝つ。
そういう三すくみができあがったのだ。
「だから、母のことを朕と長老たち抑えた」
「勇者が大魔王を倒すまでの時間稼ぎに過ぎなかったがな」
古竜たちと勇者は力を合わせて、大魔王と前大王と戦ったということだろう。
「だが、母は強かった。倒しきることは出来なかった」
「厄災と化した大王は、我らの手に負えぬ」
「辛うじて封じ込めるので精一杯だった」
「大賢者の力を借り、我らの総力を挙げ、それでも封じることしかできなかった」
「大賢者と我らの力だけではまだ足りず、勇者と聖女の力も借りて、辛うじて封じることができたのだ」
聖女とは、ラメット王国の建国王の王妃にして、ケイ先生の妹である。
つまりロッテの先祖にあたる人物だ。
俺たちに説明してくれる大王も長老たちも、深刻な辛そうな表情を浮かべていた。
思い出したくない、嫌な記憶なのだろう。
「つまり千年前の大魔王は勇者たちが倒し、ユルングの母は我が師と古竜の皆様でなんとか封じたと」
「そういうことだ」
「むむ? ならばなぜユルングがここにおるのじゃ? ハティのおばあさまは封じられておるのであろ?」
「封印が破れたと言うことでしょうか?」
俺が尋ねると、大王と長老たちは同時にゆっくり首を振った。
「それはない。封印が破れたら朕は気付くであろう」
「そもそも、ユルングの母の封印が破れれば、人族もただでは済むまい」
「気付いた時点で、国がいくつか滅んでいるであろうな」
まさに厄災と呼ばれるにふさわしい存在だ。
「封印が解かれていないならば、なぜユルングがここに居るのでしょうか?」
俺が尋ねると、長老の一頭がゆっくりと口を開いた。
「……人族と異なり、充分に成長した個体は、単独で卵を産むことは可能ではある」
「つまり封印の中で単独で産んだと」
「恐らくは」
「ですが、その場合、ユルングも封印の中に生まれ落ちるのでは?」
「そのはずだ。封印を通り抜ける方法があるのやもしれぬ」
大王が俺をじっと見た。
「ハティに聞いたのだが、ヴェルナー卿は強力無比な結界発生させる魔道具をお作りになったとか」
「はい、作りました」
「そして、その結界の中と外で連絡する魔道具もお作りになったとか」
「はい。それも作りました」
「封印と結界は似ているものなのだ。結界の中と外で連絡できるならば、封印も可能であろう」
「しかし、陛下」
俺は遠距離通話の魔道具を見せながら、理論的な仕組みを説明した。
物理的な距離や魔法的状況にかかわらず、同一に振る舞うという、綺麗に割った魔石の特徴を利用したのだ。
卵だけ取り出すなど、できるわけがない。
「なるほど。興味深い。確かにその理論でユルングを取り出すことはできないであろう」
大王は深くうなずいた。
「だが、朕に思いもつかぬ方法で、ヴェルナー卿は結界の内と外を繋げたのだ」
「左様左様。我らに思いも付かぬ他の方法で、突破することはできるかもしれぬ」
「むしろヴェルナー卿の理論を実行するより、簡単ではないか?」
俺は長老の一頭がなぜそう思ったのか知りたくて、続きを待った。
「封印は強力だ。だが穴を開けるのは理論的に不可能ではない。大変だが」
「確かにそれはそうです」
絶対に壊せない完璧な結界は存在しない。同様に完璧な封印も存在しない。
「穴を開けるのは強大な力さえあれば可能だ。それは単なる力比べ。複雑な理論が必要でもない」
「それはその通りです。ですがそれほど強力な力をぶつけられる存在に心当たりがありません」
古竜の大王を封じている封印なのだ。
人族にはもちろん、古竜にもそれほどの強者はいないだろう。
「完全破壊は出来なくとも穴を開けるだけならば可能かも知れぬ」
完全破壊より簡単でも、穴を開けるのも容易ではない。
「卵を通せるだけの小さな穴でよいのだ」
「難しいとは思いますが……」
「理論的に不可能ではあるまい?」
「それは確かにそうです」
俺と長老の会話を聞いていた大王がゆっくりと立ち上がった。
「ヴェルナー卿。ともに調べに行かぬか?」
「……ユルングの母を封じている封印をですか?」
「その通りだ。朕ならば、もしものとき戦えるであろう。それに大賢者のお弟子ならば、封印を見て気付くこともあるかもしれぬ」
大王は俺をじっと見つめた。