大王と俺が一緒に封印を見にいけば、わかることは多そうだ。
だが、ハティが心配そうな様子で言う。
「父ちゃんは近づくべきではないのじゃ、呪いが移ったらどうするのじゃ!」
ユルングの母に続いて、大王まで呪われたら、人族は終わりかねない。
それをハティは心配しているのだろう。
「主さまもそう思うじゃろ?」
「うーん。私は陛下に呪いが移ることは心配しておりませんが……」
呪いが移ることはある。
だが、大王は呪い耐性が非常に高い古竜だ。
大魔王呪われし大教皇が生きているならば、ともかく、移る心配はあまりしなくて良いと思う。
「しかしながら、穴を開けた者に遭遇する可能性がありますし……、油断はできぬかと」
俺が不安に思っているのは、封印に穴を開けた者が何者かわからないという点だ。
もし、そいつが大魔王呪われし大教皇の手のものならば、大王が呪われる可能性がある。
俺とハティを安心させるためか、大王は笑顔になった。
「安心するがよい。古竜に呪いをかけられるほどの者はそういない。そして呪いをかけることのできる大魔王は滅んだ」
「父ちゃん、それは油断なのじゃ」
「心配性だな。それは良いことだ。だが、ハティは知っているように、朕には名前がない」
「だからどうしたのじゃ!」
「名前がないとなにか、有利になるのですか?」
「名の無い者に呪いをかけることは難しい。朕が名前を持たないのは呪いを防ぐ為でもあるのだ」
確かに名前は呪いには重要な要素だと聞いたことがある。
前大王、ユルングの母は、その名前を通して呪われたのだろう。
大王が名前を持たないのは、今上から作られた仕組みだったらしい。
「もっとも強い古竜が大王となる。ならば、その大王が呪われたら止められる者がいなくなる。だから朕は名前を持たぬのだ」
「そうだったのですね。それは心強いです」
恐らくだが、大王と長老たちは本当のことを話していない。
大王には名前があるはずだ。
誰にも教えていない、それこそ長老たちにも、娘であるハティにも教えていない名前があるのだろう。
大王になったとき、これまでの名を捨て、真の名は誰にも教えないことで呪いから身を守っているのだ。
そう推測できるが、俺は敢えて口にはしない。
「そもそもだ。ハティは呪いを勘違いしておる」
「むむ? そういわれたら、ハティはあまり詳しくないし反論はできないのじゃが」
「呪いは魔法とは違うのだ。呪いに距離など大した意味は無い。それこそ名前を知っているかどうかなどが重要なのだ」
「でも、父ちゃんが封印を見に行って、鱗を落として、それを使って呪われることなどもあるのじゃ」
「それは知っておったのか。偉いぞ」
「ば、馬鹿にするでないのじゃ、常識なのじゃ!」
そういいながらもハティは照れている。
対象の身体の一部を使って呪うのは一般的な手法だ。
「呪い自体に、元々大した効果は無いのだ。かけるのも難しい。身体の一部を手に入れたところで有効な手段にはなりえまい」
「だが、ばあちゃんは……」
「それは呪われし大教皇が、大魔王が特別なのだ。地上における呪いの神の代理であるからな。その大魔王に母は身体の一部と名前を知られてしまったのだ」
「だが……」
「名前のない古竜を呪うことなど、大魔王にも無理であっただろう」
「…………」
そういわれて、ハティは黙る。
「ハティ。陛下がそうおっしゃっておられるんだ。きっと大丈夫だろう」
「むむう。わかったのじゃ」
ハティはしぶしぶながら、納得してくれた。
その後、俺たちはユルングの母が封じられた場所へ向かうことになった。
「ヴェルナー卿。早速だが向かおうではないか」
「わかりました。ユルングの母のことが心配ですし、急いだ方が良いでしょう」
緊急性が高さは微妙だ。
卵だったユルングを取りだし、魔道具に組み込み、王都近くへと運ぶ。
それらが数日でできたわけがない。
ユルングの母の封印は、数年前から敵の手に落ちていると考えた方が良いだろう。
だが、ゆっくりしていて良いわけでもない。
封印がいつ破られるかもわからないのだ。
「ハティと父ちゃんと、主さまとユルングは決まりとして、ロッテとコラリーはどうするのじゃ?」
「私は参ります」
「……私もいく」
「主さま、どうするのじゃ?」
「そうだなぁ」
ロッテは連れて行くべきだ。
こうなることを読んでいただろう、ケイ先生が連れ回して鍛えろと言っていたのだ。
コラリーも強力な魔導師だ。役に立つだろう。
それに、古竜の長老たちのなかに一人残すのはかわいそうだ。
「じゃあ、ロッテとコラリーも付いてきなさい」
「はい。お供します!」
「……わかった」
そして、俺とロッテ、コラリーとユルングはハティの背に乗って、古竜の王宮を飛びたったのだった。