目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

123 名無しの大王

 大王と俺が一緒に封印を見にいけば、わかることは多そうだ。

 だが、ハティが心配そうな様子で言う。

「父ちゃんは近づくべきではないのじゃ、呪いが移ったらどうするのじゃ!」


 ユルングの母に続いて、大王まで呪われたら、人族は終わりかねない。

 それをハティは心配しているのだろう。


「主さまもそう思うじゃろ?」

「うーん。私は陛下に呪いが移ることは心配しておりませんが……」


 呪いが移ることはある。

 だが、大王は呪い耐性が非常に高い古竜だ。

 大魔王呪われし大教皇が生きているならば、ともかく、移る心配はあまりしなくて良いと思う。


「しかしながら、穴を開けた者に遭遇する可能性がありますし……、油断はできぬかと」


 俺が不安に思っているのは、封印に穴を開けた者が何者かわからないという点だ。

 もし、そいつが大魔王呪われし大教皇の手のものならば、大王が呪われる可能性がある。


 俺とハティを安心させるためか、大王は笑顔になった。


「安心するがよい。古竜に呪いをかけられるほどの者はそういない。そして呪いをかけることのできる大魔王は滅んだ」

「父ちゃん、それは油断なのじゃ」

「心配性だな。それは良いことだ。だが、ハティは知っているように、朕には名前がない」

「だからどうしたのじゃ!」

「名前がないとなにか、有利になるのですか?」

「名の無い者に呪いをかけることは難しい。朕が名前を持たないのは呪いを防ぐ為でもあるのだ」


 確かに名前は呪いには重要な要素だと聞いたことがある。

 前大王、ユルングの母は、その名前を通して呪われたのだろう。

 大王が名前を持たないのは、今上から作られた仕組みだったらしい。


「もっとも強い古竜が大王となる。ならば、その大王が呪われたら止められる者がいなくなる。だから朕は名前を持たぬのだ」

「そうだったのですね。それは心強いです」


 恐らくだが、大王と長老たちは本当のことを話していない。

 大王には名前があるはずだ。

 誰にも教えていない、それこそ長老たちにも、娘であるハティにも教えていない名前があるのだろう。

 大王になったとき、これまでの名を捨て、真の名は誰にも教えないことで呪いから身を守っているのだ。

 そう推測できるが、俺は敢えて口にはしない。


「そもそもだ。ハティは呪いを勘違いしておる」

「むむ? そういわれたら、ハティはあまり詳しくないし反論はできないのじゃが」

「呪いは魔法とは違うのだ。呪いに距離など大した意味は無い。それこそ名前を知っているかどうかなどが重要なのだ」

「でも、父ちゃんが封印を見に行って、鱗を落として、それを使って呪われることなどもあるのじゃ」

「それは知っておったのか。偉いぞ」

「ば、馬鹿にするでないのじゃ、常識なのじゃ!」


 そういいながらもハティは照れている。

 対象の身体の一部を使って呪うのは一般的な手法だ。


「呪い自体に、元々大した効果は無いのだ。かけるのも難しい。身体の一部を手に入れたところで有効な手段にはなりえまい」

「だが、ばあちゃんは……」

「それは呪われし大教皇が、大魔王が特別なのだ。地上における呪いの神の代理であるからな。その大魔王に母は身体の一部と名前を知られてしまったのだ」

「だが……」

「名前のない古竜を呪うことなど、大魔王にも無理であっただろう」

「…………」


 そういわれて、ハティは黙る。


「ハティ。陛下がそうおっしゃっておられるんだ。きっと大丈夫だろう」

「むむう。わかったのじゃ」


 ハティはしぶしぶながら、納得してくれた。



 その後、俺たちはユルングの母が封じられた場所へ向かうことになった。


「ヴェルナー卿。早速だが向かおうではないか」

「わかりました。ユルングの母のことが心配ですし、急いだ方が良いでしょう」


 緊急性が高さは微妙だ。

 卵だったユルングを取りだし、魔道具に組み込み、王都近くへと運ぶ。

 それらが数日でできたわけがない。

 ユルングの母の封印は、数年前から敵の手に落ちていると考えた方が良いだろう。

 だが、ゆっくりしていて良いわけでもない。

 封印がいつ破られるかもわからないのだ。


「ハティと父ちゃんと、主さまとユルングは決まりとして、ロッテとコラリーはどうするのじゃ?」

「私は参ります」

「……私もいく」

「主さま、どうするのじゃ?」

「そうだなぁ」


 ロッテは連れて行くべきだ。

 こうなることを読んでいただろう、ケイ先生が連れ回して鍛えろと言っていたのだ。


 コラリーも強力な魔導師だ。役に立つだろう。

 それに、古竜の長老たちのなかに一人残すのはかわいそうだ。


「じゃあ、ロッテとコラリーも付いてきなさい」

「はい。お供します!」

「……わかった」


 そして、俺とロッテ、コラリーとユルングはハティの背に乗って、古竜の王宮を飛びたったのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?