大王はまっすぐに東へと飛んでいく。
そんな大王の後ろを、俺たちを背に乗せたハティがまっすぐに飛んでいく。
時刻はもう夕暮れ時だ。
眼下には分厚い雲がみえる。きっと地上は悪天候だろう。
結界発生装置でハティごと包んでいなければ、ここも、きっと凍えるほど寒かっただろう。
「ラメット王国に近づいている気がします」
簡単に言えば、ラインフェルデンの東にガラテア帝国があり、更に東にラメット王国があるのだ。
東に飛べば、ラメット王国に近づくことになる。
「勇者であった建国王が、魔王領だった場所にラメット王国を作ったことを考えると……」
「ユルングの母は、ラメット王国に封じられているのかもな」
俺はハティに尋ねる。
「ハティはどこにユルングの母が封じられているかは知っているのか?」
「知らないのじゃ! そもそもおばあちゃんが封じられていることも知らなかったのじゃからな!」
古竜は人間の国境線に興味は無いし、詳しくもない。
ユルングの母の封じられた地が人間のどの国にあたるのか、大王でも知っているかどうかわからない。
今は大王は俺たちから離れた場所を、案内するかのように超高速で飛んでいる。
そして、俺たちは結界発生装置で包まれている。
会話するには、近づいて、結界の中に大王を入れなければならない。
ハティと対になる遠距離通話用魔道具を、大王は持ってはいるはずだ。
だから、魔道具を使えば会話できないことはない。とはいえ、そこまでする必要も感じない。
「まあ、到着すれば、封じられている場所がどの国にあたるのかはわかるだろう」
「そうですね」
俺の胸辺りから頭だけ出しているユルングを見た。
ユルングは心地よさそうに眠っている。
竜見知りするユルングだから、竜たちから離れたことで、安心したのかもしれない。
そんなユルングの頭をコラリーは撫でていた。
「コラリー、高いところはもう怖くないのか?」
古竜の王宮に向かう間、コラリーはずっと怯えて俺の腕にしがみついていた。
「……慣れた」
「そうか、凄いな」
慣れたのならば、それに越したことはない。
古竜の王宮を出てから、小一時間経ったころ、大王が降下を始めた。
「お、目的地が近いようじゃ!」
ハティも大王に続けて降下を始める。
「りゃ!」
眠っていたユルングも目を覚まし、前方をしっかりと見つめている。
ユルングの表情は真剣だ。
まるで母の封じられた地が近いとわかっているかのようだ。
ハティは大王に続いて、分厚い雲にも潜っていく。
白い壁のような雲を抜けると、猛烈に吹雪いていた。
「ユルングを保護したときを思い出すな」
「りゃぁ」
あのときも今のような猛吹雪だった。
「……どこ?」
「えっとだな」
コラリーに尋ねられて、周囲を見渡して地形を調べる。
猛吹雪のせいで地形が見づらい。
「ロッテ。あの山はアルイト山か?」
アルイト山はロッテの故郷、ラメット王国の最高峰だ。
「えっと、……そうかもしれません。あ、きっとそうです。あの湖がレミ湖だと思うので」
「やはり、ラメット王国に封じられていたか」
「私が真っ先に気付くべきでした」
「いや、この吹雪だ。気付けなくても当然だろう」
それに地上から見える景色と、上空から見える景色は異なるものだ。
生まれ故郷であろうと、すぐに気づけなくても仕方がない。
「お師さまはどうしてわかったのですか? 我が国にこられたことが?」
「何度か来たことあるよ。ケイ先生に連れられてね」
ケイ先生には世界中の色々な場所に連れて行ってもらった。
いや、連れまわされたと言うべきか。
ラメット王国やガラテア帝国だけでなく、異なる大陸や極地などにもいったことがある。
「いい思い出ばかりではないが……、いい経験にはなったな」
そんなことを話していると、大王が近づいてきた。
俺は大王と話をするために結界を解いた。
結界を解くよい機会だ。
高高度から地表に降りるまでに、どうせ一度は結界を解除しなければならないのだ。
「……寒い」
「そうだな。防寒具を買っておいてよかった」
途端に猛吹雪に襲われる。
「りゃ! りゃあ!」
興奮気味にユルングが鳴く。
ユルングは真っすぐにレミ湖を見つめている。
「ヴェルナー卿。朕の母が封印されし場所はあの湖なのだ」
大王が指さしたのは、ユルングがじっと見つめるレミ湖だった。
「人族の間でレミ湖と呼ばれる湖ですね。湖の底ですか?」
「底である」
「わかりました。結界で覆って突っ込みましょう。会話できないのは不便なので、大王もどうぞ」
俺は大王を入れて再び結界を展開させた。