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125 湖底

「これがヴェルナー卿のつくりし魔道具によってつくられし結界……」

「そうなのじゃ! ハティが大暴れしてもびくともしないし、魔法も物理攻撃も全て通さないのじゃ」

「まるで封印であるな」

「恐縮です」


 俺がそう言うと、大王はじっと俺を見た。


「ヴェルナー卿。ここは王宮ではない。もっと砕けた口調で良い」

「ですが……」


 王族相手にぞんざいな口調を聞くわけにはいかない。

 たとえ本人にもっと砕けた口調で言いと言われても、本当に砕けた口調で王族と話すのは馬鹿のすることだ。

 少なくとも人族の間ではそうである。


「主さまは、ハティの主様なのじゃし、そもそも古竜ではなく人族であるのじゃし。父ちゃんにはため口でいいのじゃ」

「そうはおっしゃられましても……」

「うむ。それにユルングの保護者ともなれば、朕の親戚のようなもの。ハティが朕のことを父ちゃんと呼ぶように、ヴェルナー卿も砕けた態度で接して欲しいのだ」


 重ねて言われれば、今度は逆に受け入れた方がいい。

 それは人族の、それもこの大陸での作法である。

 古竜にそれが通じるかは分からない。


「わかりました。何とお呼びすれば?」

「じじいがいいのじゃ」


 さすがにそれはきつい。


「では、単に大王と呼ばせてもらいます」

 大王には名前が無いので、大王が名前のようなものだ。


「それがよい。朕も単にヴェルナーと呼ぼう」

「別に王宮でも、父ちゃんのことは適当に扱っていいのじゃ。何しろ主さまは人族であるし、ハティの主さまであるのじゃから」

「そうだな。ハティのいう通りだ」


 古竜は人族の姿に変化できるから勘違いしやすいが、あくまでも別の種族。

 それも圧倒的に人族より強大な別の種族だ。

 犬や猫の無礼に怒る人族の皇帝はそういない。

 そう考えたら、気楽にふるまってもいいのかもしれない。


「古竜は礼儀にうるさくないのじゃ!」

 実際、実の父であるとはいえ、大王を父ちゃん、長老たちをじいちゃんばあちゃんと呼んでいたハティがいうと説得力がある。


 そんなことを話している間に、どんどんレミ湖の湖面は近づいて来る。

 大王は、そのまま躊躇なく凍った湖面に突っ込んでいく。

 あっさりと氷は割れた。


「ほう、結界で押せば、氷は割れるのだな」

「当たり前なのじゃ! 物理攻撃も防ぐと言ったはずじゃ!」


 なぜかハティがどや顔で言った。


「結界には破壊する機能はありませんから。とても硬い板をもって、押し付けるのと同じようなことです。破壊した力は大王とハティの推進力ですよ」

「凄まじいです」

「…………すごい。魔法でも難しい」


 レミ湖の湖面を覆う氷は俺の身長の半分ぐらいの厚さがあった。

 人族が割るならば、物理魔法、どちらの手段で行うにしろ相当重労働になるだろう。


 湖面を覆う氷に大きな亀裂がはるか遠くまで走っていく。

 中から水があふれて、氷の上に大量の水が流れる。


「いくのじゃ!」


 王宮を出たときには夕暮れだったが、今は日が完全に沈んでいる。

 その上、分厚い雲があり、月も見えない。

 水の中は一寸先も見えないほど暗かった。


「暗いな」


 そういって大王は魔法で光をともす。

 結界内が明るくなった。だが、外は暗闇のままだ。


「父ちゃん。外の情報は中に伝わるが、中の情報は伝わらないのじゃ」

「そういえば、そうであったな」


 外に情報を伝えるために遠距離通話用魔道具をわざわざ作ったのだ。

 結界の外は闇なので、どのくらいの深さ潜っているのかわかりにくい。

 だが、速度から考えて、相当深く潜っているように思う。


「この湖の水深はどのくらいあるんですか?」

「うーん。山一つ分ぐらいであろうな」

「王宮のある山ぐらいであるか?」

「さすがにそこまではない。その四分の一ぐらいだ」

「深いですね」


 ラインフェルデン皇国には、レミ湖より大きな湖はある。

 しかし、これほど深い湖は、ラインフェルデン皇国にはないだろう。


「レミ湖はその透明度の高さで有名なのです。日の光があれば底の方まで見ることができるのですが」

「ほう、透明度が高いと言うことは……流れ込む川が少ないのかな?」

「流れ込む川はありません。この湖にたまっているのは主に雨水なのです」


 そう言ったロッテは少し自慢げだ。

 地元の有名な観光スポットなのかもしれない。


「父ちゃん、それにしても深い所に封じたのであるな? 封印場所を隠したいのはわかるのじゃが……大変でなかったのかや?」

「ハティ因果が逆である」

「むむ? どういうことなのじゃ?」

「千年前、ここに湖はなかった。大賢者と古竜たちが朕の母と戦った結果、穴ができた」

「なんと」


 地形が変わったというレベルではない。


「元々、大きな盆地ではあったのだがな。激しい戦いの後、さらに大きく地形が変わり、そこに雨水と、水魔法で湖を作った」

「湖を作ったのは隠すためですか?」

「そうである」

「私もそれは知りませんでした」

「千年前の勇者は子孫にも伝えてはいなかったか」

「もしかしたら、父上は知っているかもしれません」


 知識を隠し通すのは不可能だが、伝える者を減らすことで流出を遅らせることはできる。

 だから王位を継いだ者にしか伝えない知識もあるだろう。

 世界を滅ぼしかねない厄災と化した古竜の大王の封印場所など、広く知らしめるべきことではない。


 悪しき者に、悪用されかねない。

 実際、悪用されてしまった結果として、ユルングが魔道具に組み込まれてしまったのだ。

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