「りゃ!」
「ヴェルナー卿。封印にほころびがないか調べよう」
「わかりました」
「ハティも手伝うのじゃ!」
「……手伝う」
「わ、私も!」
魔導師ではないロッテも含めて、全員で封印を調べる。
「調べれば調べるほど、高度な封印ですね」
「これほどの封印を施せるものは古竜にもいないだろう」
「ほころびなど、まったく見つからないのじゃ」
「そうであるな。流石は大賢者の施した封印。千年経ってもほころび一つない」
「……完璧」
ハティ、大王、コラリーはほころびがないと判断したようだ。
だが、現実にユルングがここにいるのだ。
ほころびがないわけがない。
「もし、ほころびがないならば、ユルングはここにいませんから」
「りゃぁ?」
「何かあるはずです」
この封印に何かしたものは、一体何者か。それも重要だ。
そいつは、ここにユルングの母が封じられていることを知っている。
加えて、水圧にたえながら湖底に来て、ケイ先生の隠ぺい魔法を破ることができた。
そして、封印に穴をあけ、ユルングを攫ったのだ。
「ケイ先生の他に、そんなことできる奴いるか?」
「……なんのこと?」
「いや、誰ならば、ここからユルングを攫えるのかと思ってね」
「ケ、ケイ博士が、く、黒幕なのかや? あわわ」
「ハティ。慌てるな」
以前にもハティはケイ先生が黒幕かもしれないと慌てたことがあった。
そのとき、ハティにつられて慌てていたロッテは、まったく動じていない。
じっと魔法陣を見つめている。
「ケイ先生にしては、隠ぺい魔法が拙すぎる」
「そうであったのじゃ!」
ほっとした様子で、ハティは尻尾をゆったりと揺らす。
「ん?」
ハティと会話しながら調べていて、封印の一か所に違和感を覚えた。
「お師さま。ここおかしくないですか?」
まだ何も言っていないのに、封印をじっと見つめていたロッテがつぶやいた。
「ここの部分、魔力の流れがおかしいって言うか……そんな気がして」
「ロッテ、鋭いな。確かにおかしい。違和感がある」
封印が壊れるほどの瑕疵ではない。
ほんの少しだけ緩い感じがした。
かすかに違和感を覚える程度。
だが、ケイ先生が、そのようなミスを犯すとは思えない。
「違和感? じゃと?」
「朕にもわからぬ。教えていただけぬか?」
「……わからない。完璧に見える」
ハティも大王もコラリーもわからないらしい。
「説明は難しいのですが……なんとなく流れがおかしいって言うか」
どうやら、ロッテも頭で理解したわけではないらしい。
直感が鋭いのだろう。
それは魔導師としても、剣士としても、得難い素質だ。
「えっとですね。この部分の魔力の流れが——」
俺は、封印の違和感について説明した。
「目立ちませんし、全体への影響も非常に小さいですが、この部分は明らかな瑕疵です」
「大賢者らしからぬと、ヴェルナー卿は思うのだな?」
「そうです」
「つまり、主さまはこの部分が書き換えられていると考えているのじゃな?」
「……可能?」
「普通に考えたら不可能だな」
ケイ先生の封印を書き換えるとか、弟子である俺にもできるかどうかわからない。
「ヴェルナー卿。どうするのが最適だろうか?」
「そうですね。ケイ先生の封印に穴をあけることができる者がいるならば、対処は非常に難しいですね」
最も安心なのは、封印を解いて、ユルングの母を葬ることだ。
だが、それがどれだけ危険か、説明するまでもないだろう。
何しろ世界を滅ぼしかけた、呪われし古竜の大王なのだ。
「私が重ねて封印を施しても、再び穴をあけられてしまうでしょうし」
「むう、お師さまの封印でもそうなのじゃな」
「ああ、何しろ俺はケイ先生の弟子。基本的な魔術体系が同じだからな」
俺の施す封印も、理論的に似たものになる。
ケイ先生の封印をこじ開けられる者ならば、俺の封印もこじ開けるだろう。
「……魔術体系をかえる?」
「それが出来たら、対処にはなるが……、難しいな。大王が封印を施すことは可能でしょうか?」
「朕の封印は、母と同じ体系であるゆえな」
大王の封印では、今度はユルングの母に内側から破られかねない。
「それゆえ、大賢者に、母の封印を頼んだのだ」
「でも、大賢者の封印の外側に封印を施すならば、ばあちゃんは触れられないのじゃ」
「確かにそうであるな。ハティ。珍しく鋭いな」
「ハティはいつも鋭いのじゃ!」
父に褒められて、ハティは嬉しそうに尻尾を振った。
「そうだな。ならば朕が封印を施そうではないか」
「お願いします」
「時間がかかるぞ? 恐らくは十数時間。いや、もっとかかるかもしれぬ」
「構いません。急いで敵につけ込む隙を与えるよりはずっといいですから」
大王は真剣な表情で封印を施し始めた。