作業に入ると、大王はハティに言う。
「ハティ。手伝うがよい」
「わかったのじゃ!」
「ヴェルナー卿。朕の封印をよく観察して、付け入る隙がないか調べてくれぬか?」
「それは構いませんが、よいのですか?」
魔導師の秘術は隠すものだ。
「構わぬ。朕もヴェルナー卿の魔道具をつぶさに観察させてもらっているゆえな!」
「では、お言葉に甘えて」
俺とロッテ、コラリー、そしてユルングが見守る中、大王とハティは封印を基礎から構築していく。
「ユルングも見ておきなさい」
「りゃ?」
「ユルングは古竜だからね。古竜の魔法を見ておくに越したことはない」
俺は古竜の魔法体系を教えることはできない。
「りゃあ?」
ユルングは首をかしげていた。
わかっていたことだが、封印の構築には時間がかかる。
赤ちゃんのユルングにご飯を食べさせつつ、俺は寝ずに作業を見守る。
作業に入ってから数時間後、ハティが言った。
「主さまも寝た方がいいのじゃ。ロッテもコラリーも寝たのじゃし」
「ありがとう。だが目を離すわけにはいかない」
もちろん、瑕疵がないか確認すると言うのが第一の目的だ。
だが、個人的には古竜の封印術式は非常に興味深かった。
「むむう。主さまは寝てない上に食べてないのじゃ」
「非常食はユルングに優先させたいからな」
食料は持って来ている。だが潤沢ではない。
そして、この場にはすぐにお腹を空かせる赤ちゃんのユルングがいるのだ。
赤ちゃんのユルングを優先し、次に子供のロッテとコラリーも優先したい。
「ハティもお腹空かないか?」
「朕もハティも問題ない。長じた古竜は数か月、数年、何も口にしなくとも生きていけるゆえな」
「そうじゃ。お土産を買ったはずじゃ! それを食べればいいのじゃ」
「それはそうだが……」
「また、今度買って持ってくればいいのじゃ」
「朕にお土産など必要ないのだ。ヴェルナー卿はもはや身内ゆえな」
「ありがとうございます」
「お土産として持ってきた食べ物があるなら、どんどん食べてくれ。人族は身体が弱いのだから」
「それでは、お言葉に甘えて」
俺は、お土産に買ったお菓子を食べて空腹を紛らわす。
古竜のためのお土産だからと、大量に買ったことが功を奏した。
「そういえば、大王。我が国の皇太子から贈り物を預かっていたことを忘れていました」
「む?」
「紅玉です」
そういって、俺は皇太子から預かっていた紅玉を見せた。
それを大王は作業の手を止めずに、ちらりと見る。
「ふむ? 随分と質の良い紅玉だな」
「もちろん、大王に献上する物ですから。つまらないものを用意することはないでしょう」
「その皇太子は切れ者だな。受け取ろう」
どうして切れ者なのか、分からなかった。
俺は黙って大王に紅玉を手渡した。
その紅玉を大王は真剣な目で見つめる。
「やはり。その皇太子は、この状況を読んでいたのか?」
「それは、さすがにないと思います」
皇太子は切れ者だと俺は思う。政治家として、非常に優秀だ。
だが、この状況を読むことはできないだろう。
「どうしてそう思われたのですか?」
「この紅玉は魔力を通しやすく保持しやすい。これがあれば封印を構築する時間をかなり短縮できる」
そう言って、大王は封印の中心にその紅玉を置いた。
魔力の流れが、紅玉を中心に動き始める。
「ヴェルナー卿ならば、見えておるであろう? 無くても構築は出来る。だが非常に面倒な魔力の流れを整える作業を、この紅玉は簡単にしてくれる」
「偶然にしては出来すぎなのじゃ!」
「そうですね。偶然ではないとしたら……」
「大賢者か?」
「その可能性はあります。いや、偶然ではないとしたら、それしか考えられません」
以前にもケイ先生は俺に手紙を送ると同時に、皇太子にも手紙を送っていたことがあった。
皇太子がこの状況を読んでいることはあり得ない。
たまたまの偶然か、もしくはケイ先生がアドバイスしたのだろう。
「ユルングを連れて、古竜の王宮を訪ねるようにと、私に指示を出したのもケイ先生ですし。読んでいた可能性があるとしたらケイ先生でしょう」
「そうか。大賢者ならばありうるな」
「大王はケイ先生と直接の面識があるのでしたね」
「うむ。千年前にともに戦ったゆえな」
「千年前のケイ先生はどのような人物でしたか?」
「古竜すら凌ぐ圧倒的な叡智と魔法の力量を持っていた。本当に人族なのか? 未だにそう思っておる」
「確かに、ケイ先生は人族らしくありませんね」
「うむ。人よりも神に近いのではないか? 千年前、十代だと自称していたが、とてもではないが信じられぬ」
どうやら、大王はケイ先生を高く評価しているようだ。
確かに、ケイ先生は不世出の天才だ。
だが、性格に難ありな、ただの人族なのは間違いない。
圧倒的な強さを持つ大王の母を、封じたのがケイ先生だ。
そのせいで、大王の中のケイ先生像は、実物より強大になったのかもしれない。
「今の大賢者はどうなのだ?」
「そうですね、魔法と魔道具作りの腕前は素晴らしいものがあります」
わがままだったり、すぐさぼったり。面倒ごとが嫌で、全部俺に押し付けたり。
そんなケイ先生の性格に関しては、何も言わない方がいいだろう。
「主さまより、凄腕なのかや?」
「もちろんだ」
「それは……すごいのじゃあ」
ハティが感心した声を上げるのとほぼ同時。
展開してる結界に何かが激突した。