目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

128 封印を重ねよう

 作業に入ると、大王はハティに言う。

「ハティ。手伝うがよい」

「わかったのじゃ!」

「ヴェルナー卿。朕の封印をよく観察して、付け入る隙がないか調べてくれぬか?」

「それは構いませんが、よいのですか?」

 魔導師の秘術は隠すものだ。


「構わぬ。朕もヴェルナー卿の魔道具をつぶさに観察させてもらっているゆえな!」

「では、お言葉に甘えて」


 俺とロッテ、コラリー、そしてユルングが見守る中、大王とハティは封印を基礎から構築していく。


「ユルングも見ておきなさい」

「りゃ?」

「ユルングは古竜だからね。古竜の魔法を見ておくに越したことはない」

 俺は古竜の魔法体系を教えることはできない。


「りゃあ?」

 ユルングは首をかしげていた。


 わかっていたことだが、封印の構築には時間がかかる。

 赤ちゃんのユルングにご飯を食べさせつつ、俺は寝ずに作業を見守る。


 作業に入ってから数時間後、ハティが言った。

「主さまも寝た方がいいのじゃ。ロッテもコラリーも寝たのじゃし」

「ありがとう。だが目を離すわけにはいかない」


 もちろん、瑕疵がないか確認すると言うのが第一の目的だ。

 だが、個人的には古竜の封印術式は非常に興味深かった。


「むむう。主さまは寝てない上に食べてないのじゃ」

「非常食はユルングに優先させたいからな」


 食料は持って来ている。だが潤沢ではない。

 そして、この場にはすぐにお腹を空かせる赤ちゃんのユルングがいるのだ。

 赤ちゃんのユルングを優先し、次に子供のロッテとコラリーも優先したい。


「ハティもお腹空かないか?」

「朕もハティも問題ない。長じた古竜は数か月、数年、何も口にしなくとも生きていけるゆえな」

「そうじゃ。お土産を買ったはずじゃ! それを食べればいいのじゃ」

「それはそうだが……」

「また、今度買って持ってくればいいのじゃ」

「朕にお土産など必要ないのだ。ヴェルナー卿はもはや身内ゆえな」

「ありがとうございます」

「お土産として持ってきた食べ物があるなら、どんどん食べてくれ。人族は身体が弱いのだから」

「それでは、お言葉に甘えて」


 俺は、お土産に買ったお菓子を食べて空腹を紛らわす。

 古竜のためのお土産だからと、大量に買ったことが功を奏した。


「そういえば、大王。我が国の皇太子から贈り物を預かっていたことを忘れていました」

「む?」

「紅玉です」


 そういって、俺は皇太子から預かっていた紅玉を見せた。

 それを大王は作業の手を止めずに、ちらりと見る。


「ふむ? 随分と質の良い紅玉だな」

「もちろん、大王に献上する物ですから。つまらないものを用意することはないでしょう」

「その皇太子は切れ者だな。受け取ろう」


 どうして切れ者なのか、分からなかった。

 俺は黙って大王に紅玉を手渡した。

 その紅玉を大王は真剣な目で見つめる。


「やはり。その皇太子は、この状況を読んでいたのか?」

「それは、さすがにないと思います」


 皇太子は切れ者だと俺は思う。政治家として、非常に優秀だ。

 だが、この状況を読むことはできないだろう。


「どうしてそう思われたのですか?」

「この紅玉は魔力を通しやすく保持しやすい。これがあれば封印を構築する時間をかなり短縮できる」


 そう言って、大王は封印の中心にその紅玉を置いた。

 魔力の流れが、紅玉を中心に動き始める。


「ヴェルナー卿ならば、見えておるであろう? 無くても構築は出来る。だが非常に面倒な魔力の流れを整える作業を、この紅玉は簡単にしてくれる」

「偶然にしては出来すぎなのじゃ!」

「そうですね。偶然ではないとしたら……」

「大賢者か?」

「その可能性はあります。いや、偶然ではないとしたら、それしか考えられません」

 以前にもケイ先生は俺に手紙を送ると同時に、皇太子にも手紙を送っていたことがあった。


 皇太子がこの状況を読んでいることはあり得ない。

 たまたまの偶然か、もしくはケイ先生がアドバイスしたのだろう。


「ユルングを連れて、古竜の王宮を訪ねるようにと、私に指示を出したのもケイ先生ですし。読んでいた可能性があるとしたらケイ先生でしょう」

「そうか。大賢者ならばありうるな」

「大王はケイ先生と直接の面識があるのでしたね」

「うむ。千年前にともに戦ったゆえな」

「千年前のケイ先生はどのような人物でしたか?」

「古竜すら凌ぐ圧倒的な叡智と魔法の力量を持っていた。本当に人族なのか? 未だにそう思っておる」

「確かに、ケイ先生は人族らしくありませんね」

「うむ。人よりも神に近いのではないか? 千年前、十代だと自称していたが、とてもではないが信じられぬ」


 どうやら、大王はケイ先生を高く評価しているようだ。

 確かに、ケイ先生は不世出の天才だ。

 だが、性格に難ありな、ただの人族なのは間違いない。

 圧倒的な強さを持つ大王の母を、封じたのがケイ先生だ。

 そのせいで、大王の中のケイ先生像は、実物より強大になったのかもしれない。


「今の大賢者はどうなのだ?」

「そうですね、魔法と魔道具作りの腕前は素晴らしいものがあります」


 わがままだったり、すぐさぼったり。面倒ごとが嫌で、全部俺に押し付けたり。

 そんなケイ先生の性格に関しては、何も言わない方がいいだろう。


「主さまより、凄腕なのかや?」

「もちろんだ」

「それは……すごいのじゃあ」


 ハティが感心した声を上げるのとほぼ同時。

 展開してる結界に何かが激突した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?