一度激突した後、その何かは連続でぶつかり続ける。
——ガンガンガンガンガンガン
物理現象も魔法現象も、結界は遮断する。
だが、外の状況を把握できるように音と光は外から中へ通す仕組みがある。
光を通すとはいえ、今は結界の向こうは何も見えない。
夜で、荒天で、月光も星明りも届かないからだ。
そもそも、深い湖の底、昼でも日の光が届いたかどうかわからない。
「なんなのじゃ? ここは湖底じゃぞ?」
「人ではないだろうが……」
魔物か竜か。姿が見えないので何とも言えない。
「大王、ハティ、結界構築を続けてください。私が対処します」
「任せよう」
「わかったのじゃ」
「ロッテ! コラリー! 警戒しろ」
寝ていたロッテとコラリーは衝突音で目を覚ましている。
緊張した様子で身構えている。
「襲ってきたのが何者でも、主さまの結界は破れないのじゃ! なにせハティーの全力攻撃でもびくともしなかったのじゃ」
ハティの言う通り、結界は頑丈だ。壊されない自信はある。
「そうだな。だが、警戒は必要だ」
完全な魔道具がないように、破られない結界はない。
俺は結界発生装置の準備も怠らない。
外の水圧は非常に強い。
万が一、結界を破壊されたら、大量の氷水が一瞬で流れ込んでくるだろう。
水圧は人を殺すには充分強く、水温は人を凍死させるのに十分の冷たさだ。
「外にいるのは、人ではないのは間違いなかろうが……」
「ここに封印があると知っている者。朕の母の封印を解いた者かもしれぬ」
「可能性は高いですね。外に光が届けば、何者か見ることはできるのですが」
俺たちが警戒し、身構えている間も、何者かは結界にぶつかり続けていた。
「音がやんだ?」
「諦めて帰ったのかや?」
ロッテがほっとし、ハティが首を傾げたその次の瞬間。
結界の外がまぶしく輝いた。
外の何者かが、強力な魔法を発動させたのだ。
「え? 女の子?」
ロッテが驚いて目を見開いた。
魔法の光に照らされたのは、全裸のエルフの少女だった。
年のころはロッテより年下、十代前半ぐらいの可憐な少女だ。
髪の毛はロッテと同じ銀色で、目の色はロッテと同じ緑色だった。
首から下に体毛は一本もなく、まるで人形のように見える。
「なぜこんなところに、人の子がおるのじゃ?」
「……え? なんで? 生きてられるの?」
ハティとコラリーは驚いて固まっている
だが、ここにいる誰よりも俺は驚いていた。
「ケイ先生?」
こちらの声が聞こえているはずはない。
だが、右手を強烈な魔法の光で輝かしている少女は、にやりと笑った。
「やはり、大賢者か?」
「そう見えます」
この場で、ケイ先生と面識のある大王もやはりケイ先生だと思ったらしい。
そのエルフの少女は、輝く右手でゆっくりと結界に触れる。
まるで、柔らかいスライムであるかのように、じんわりと結界が歪んでいく。
「なんだと?」
破壊されたわけでもないのに、結界は形を変えていく。
どういう仕組みでそうなっているのか。
理解しようと頭が回転する。
同時に破壊されたときに備えて、結界を再展開する準備を進める。
だが、結界は破壊されない。
エルフの少女は右手だけでなく全身が光始める。
そして結界に全身を押し付けると、その形に結界は歪んでいく。
結界はじんわりと形を変えて、エルフの少女はゆっくりと結界の中へと侵入した。
大量の水滴が落ちる。
そんな少女を、俺の服の間から顔だけ出したユルングは、
「…………」
無言で睨みつけていた。
「やはり、古竜か」
声までケイ先生と全く同じだ。
全員が、驚愕に声を出せないなか、エルフの少女は全員を見回す。
「だが、この結界は古竜のものではなかろう……ふむ。お前であろう?」
そういって、エルフの少女は俺を見る。
「……お前、ケイ先生ではないな?」
「そうか。お前はケイの弟子か。通りで」
エルフの少女は優しい笑みを浮かべた。
「お前は何者だ?」
「ケイの弟子ならば、わかっているだろう?」
「……聖女」
大王がぼそっとつぶやくように言った。
「その称号で呼ばれるのは久方ぶりだな」
少女は大王を見る。
「おお、お前はあの時の古竜か。トカゲの区別はつきにくいゆえ、無礼は許せ」
全く謝罪の気持ちが入っていない。
千年ぶりに会って気付かないことより、トカゲ呼ばわりの方がよほど失礼だ。
「貴様! 我らをトカゲ呼ばわりとは! 許さないのじゃ」
ハティが怒って、少女に向かって歩いていく。
「大人しくしておけ」
少女が左手をかざすと、
「ぐうう」
ハティは地面に押し付けられて、動けなくなった。
「ハティ、動くな」
「わかったのじゃ」
大人しくなったハティを見て、聖女は満足そうに微笑んだ。
すると、ハティの拘束が解かれた。
動けるようになったハティは俺の横に来てじっと聖女を睨みつける。
「改めて名乗らせてもらおう。わらわはシャンタル。そなたらが聖女と呼んでいる者である」
そう、堂々と名乗りを上げた。