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130 聖女シャンタル

 少女の名乗ったシャンタルは、ロッテのミドルネームでもある。

 ロッテの長い本名は「シャルロット・シャンタル・ラメット」なのだ。

 王国の名前でもあるラメットは、建国王である勇者から。

 シャンタルは王妃であった聖女からとられたものだ。


「で、聖女さまが何の用ですか? まさか封印を修理するために駆け付けてくれたというわけでもないでしょう?」

「うむ。それがだな——」


 ロッテがぼおっとした表情で、シャンタルにゆっくりと近づいていく。


「おばあさま?」

「ん? お前は……ちっ」

 舌打ちすると同時に顔が恐ろしく歪み、ロッテに魔法の雷が落ちた。


 魔法発動の気配を察知した俺は咄嗟にロッテに飛びつき、抱きかかえて地面を転がりながら障壁を展開した。

 シャンタルの放った雷が直撃し、俺の展開した障壁が砕ける。

 威力が尋常ではない。

 それに魔法発動まで、シャンタルの身体は少しも動かなかった。

 魔力の流れの気配も最小限。警戒していなければ、動けなかっただろう。


「私の弟子なので。勘弁してもらえませんかね」

「ん。そうか。それで。わらわがここにきた理由だったな」


 何でもないことのように、シャンタルは続ける。

 シャンタルは俺に優しい目を向けた。

 先ほど、ロッテに向けた、憎しみと怒りの混じった表情から激変している。

 表情の変わりようが激しく、気持ちが悪い。


「そろそろ、大王の封印を解くべき頃だと思うてな」

「なぜ?」

「ん? 大王の子供で充分だと考えたのだがな。どうやら失敗したらしいゆえな」


 大王とはハティの母ではなく、封印されしユルングの母のことだ。

 そして、大王の子供とはユルングのことだろう。


「なぜそのような——」

「黙れ、お前は口を開くな」

 シャンタルはロッテを憎しみのこもった目で睨みつける。


「なにが目的です?」

 ロッテが聞きかけた内容と同じことを俺も聞く。


「千年も閉じ込められたままでは、可哀そうだろう?」

 俺に向ける顔は相変わらず優しい笑顔だ。

 まさに聖女と言った雰囲気だ。


「それに封印を解けば、厄災の名にふさわしく暴れるであろう。それが楽しみゆえな」

「なぜ楽しみなのですか?」

「なぜであろうなぁ?」


 とぼけているのでなく、本当にわかっていない

 そんな雰囲気でシャンタルは愛らしく小首をかしげている。


「目的などどうでもよいのじゃ! 主さま。前大王の子を封印から取り出したのは、こやつなのじゃ。問答など不要!」

「そして、今は朕の母を解放しようとしている。もはや倒すしかあるまい」

「うむうむ」

 シャンタルはハティと大王の言葉に、嬉しそうにうなずいている。


「封印の中で子供が生まれた気配を察したゆえな。封印の中から取り出して、わらわを信奉する奴らにやったのは間違いないぞ?」

「神光教団のことか?」

「おお、よくしっておるな。そやつらだ」


 神光教団はいま成長中の新興宗教。

 神光教団の上層部にして非合法部門が、暗躍していた光の騎士団である。


 聖女シャンタルが教祖だったのならば、急成長したのもうなずける。

 なにせ、シャンタルは、正真正銘、本物の聖女なのだ。


「魔道具や魔法の理論や知識も一緒に与えたのに、不甲斐ない奴らだ」

「……私を操った魔道具の技術もお前が?」

「ん? お前が何者かはわからぬが、人を操る技術も教団には教えたぞ?」

「……お前が」

「だがなあ。お前は理解が浅い」


 シャンタルはそういうと、俺を見る。


「おい、ケイの弟子。教えてやれ。あれは魔道具などではないと」

「え、お師さま、あれは魔道具なのでは——」

 ——ダーン

 ロッテの周囲に雷が落ちた。


「だから、お前は口を開くな。不愉快だ。次は当てるぞ」

 俺、コラリーやハティ、大王には、シャンタルは極めて優しい笑顔を向ける。

 だが、ロッテに対する敵意は尋常ではない。


「ロッテ、大人しくしなさい」

「……」

 ロッテはこくりと無言でうなずいた。

 理由はわからないが、今、シャンタルを刺激すべきではない。


 そのシャンタルは、俺を期待のこもった目で見つめている。


「私も完全に理解できているわけではありませんが、あれは呪具、いや魔道具であり呪具と言った方が正確でしょうか?」

「そうだ! 流石はケイの弟子だな」

「恐縮です」

「どういうことなのじゃ?」

「構造は魔道具だった。だが、魔力のかわりに一部回復魔法、つまり神の祝福を使っている気配があった」


 俺も初見では把握できなかった。

 皇太子に向けた報告書を書いている際、改めて調べてやっと気づけたのだ。


「おお、そこまで理解していたか」

 シャンタルは本当に嬉しそうだ。


「魔道具師も魔導師も魔力ばかり気にするゆえな。うまくやれば、神の祝福も魔力のように定量的に扱えるのだ」

「そして、人体に作用させるならば、神の祝福の方が良い、と」

「まさに」


 満足そうにうなずくと、シャンタルは歩き出す。

 向かっている先は、大王のいる場所。封印の中心だ。


「聖女。朕の母の封印を解き、解呪するおつもりなのか?」

「んー」


 シャンタルは首を傾げた。

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