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131 聖女シャンタルその2

「神の祝福は呪いと表裏一体。どちらも神の力の一端。それゆえ……」


 聖女ならば、ユルングの母の呪いを解くことができる。

 そう考えたのかもしれない。

 千年前、不可能だったことでも、千年経てば可能になっていることもあるだろう。


 だが、大王の期待を裏切るように、

「そのようなこと。考えたこともなかったぞ」

「では、なぜ、朕の母を……」

「だから、先ほども言ったであろう? 思う存分暴れさせるためである」

「そんな」

「千年封じられうえに子を奪われたのだ。怒り狂っているであろうなぁ。討伐されるまでにいくつ国が滅びるか。楽しみでたまらぬわ!」

「なぜ! かつては、古竜や勇者、大賢者ともに母を封印したあなたがどうして、そのようなことをされるのか!」


 大王に問われて、シャンタルは少し寂しそうな表情を浮かべた。


「古竜にはわかるまいよ」

「人にはわかるのですか?」

 俺が尋ねると、シャンタルはにこりと笑う。

「千年生きればわかるであろう」


 シャンタルは大王の前に立つ。


「どくがよい」

「母を解放などさせませぬぞ」

「まあ、そういうであろうな」


 俺も、シャンタルをいつでも攻撃できるように身構える。

 コラリーとハティ、そしてロッテも身構えている。


 シャンタルが、ユルングの母の封印を解こうとしている動機は理解できない。

 ロッテにだけ、憎しみの感情をあらわにする理由と関係しているのかもしれないとは思う。


 俺に背を向けるシャンタルに言う。

「聖女。強引に解こうとするならば、私も敵に回らざるを得ません」

「であろうなぁ」


 シャンタルはこちらを振り返りもせず、返事をする。

 その声には余裕が感じられた。

 聖女シャンタルならば、いつでも封印を解くことができたのだろう。

 俺たちが去った後、大王の施した封印ごと破壊することも可能だろう。


「私たちの目の前で封印を解く理由があるのですか?」

「…………」

 シャンタルは何も答えなかった。


「やはり、なにか理由があるのですね」

「うーん。ケイの弟子。少し自分を過大評価しすぎではないか?」

「……」

「わらわにとって、お前らぐらい、どうと言うことはない」


 俺やハティ、大王は、封印を解く障害にすらならない。

 そう言いたいらしい。


「そうですか。しかし、俺たちが去ったあとに封印を解けばいいだけでは?」

「それでもよかったし、いま解いてもよい。どちらでも大差はないなら、気分で選べばよい。そうは思わぬか?」

「思いませんが」

「そうか。どうしても理由が欲しいようだな。若いな」

「聖女さまと比ぶれば、青二才でありましょう」

「うむ。では、殺さずにおいてやるから、厄災とかしたかつての古竜の大王が復活したと、広く知らせるがよい。そのためにわらわは今来たと理解すればよかろう」


 そういうと、シャンタルは一歩前に進み、右手を封印の中心にかざす。


「させぬ!」

 大王の右腕が高速で振るわれる。

 岩を砕き、海を割る、古竜の大王の強力無比な攻撃だ。


「殺さぬと言ったが、邪魔をするならば、その限りではないぞ?」

 シャンタルは表情一つ変えずに、大王の右腕を左手で受け止めた。


「なっ」

 殺す気で放った全力の一撃を防がれた大王は、驚愕する。


 俺はシャンタルの背後目掛けて、魔法の槍を放った。


「ふむ。ケイの弟子。お前も死にたいか?」

 シャンタルは背を向けたままだ。

 背後に魔法障壁が展開し、俺の魔法の槍が当たって砕ける。


「全員でかかるぞ」

「わかったのじゃ!」

「……うん」

「…………」

 ハティとコラリーも魔法攻撃を開始する。

 そして、ロッテは無言で剣を抜いて、後ろに跳んだ。

 大王も魔法攻撃と同時にブレスを吐き、腕を振るって、爪で攻撃を仕掛けている。


「おお、おお! 中々やるではないかぁ」


 苛烈な攻撃の中、楽しそうにシャンタルは爪をかわし、魔法を弾き、ブレスをいなす。

 まるで舞っているかのようだ。


 舞いながら、シャンタルはこちら側に攻撃をばらまく。

 単純な、だが大量の魔力の弾だ。

 とても威力があるようには見えない。


「避けろ!」

「——!」


 俺が叫ぶと、皆が回避行動に入る。

 魔力の弾はふわりと飛んで、着弾と同時にその本性を発揮する。

 氷の花に、灼熱の炎に、雷の弾に、それぞれ変わっていく。

 一つ一つが尋常ではない強さだ。


 シャンタルは強い。このままでは勝てない。


 俺はシャンタルを中心に結界発生装置を展開させる。

 通常とは裏返しにし、こちら側を内側に、シャンタル側を外側にした結界でシャンタルを包んだ。


「ほう、面白い」

 いつもは外側になっている面でシャンタルを囲んでいるので、声は聞こえるし、姿も見える。

 シャンタルはにこりと笑うと、右手を光らせる。


「あの右手は結界を破壊するぞ」

「出てきた瞬間を狙うのじゃ!」

「……わかった」


 ハティとコラリーが身構える。


「ロッテ」

「はい」

「聖女を殺せるか?」


 シャンタルはロッテの先祖なのだ。

 精神的に、抵抗があっても当たり前だ。


「いけます」

「そうか。ならばいけ」

「はい!」


 ロッテは勇者。今後も、こういうことはありうるはずだ。

 ならば、俺の目の届くところで、試練に挑戦できるのは幸運なのかもしれない。


「全身全霊をもって攻撃しろ。防御は気にするな」

「はい」

「コラリー」

「ん」

「これを使え」


 俺は魔道具を手渡す。

 それは前学院長が俺を襲った時に使った魔道具だ。

 周囲の魔力を凝集することが可能になる。

 優れた魔導師であるコラリーが使えば、強力な魔法を放てるだろう。


「……わかった」

 そして、シャンタルはにこやかな表情のまま、結界に右手で触れる。


「りゃあああああ!」

 ユルングが叫ぶのと同時に、シャンタルは結界をぬるりと抜け出した。

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