ユルングは泣き続け、泣き疲れて眠りについた。
大王はドロドロに溶けた母竜の亡骸だった物に手を触れる。
「シャルロット王女殿下」
「はい」
「母は千年前に死んでいた。だが、魂ごと呪いに縛られ、死にたくとも死ねぬ身体にされていたのだ。そなたは母を解き放ってくれた」
「いえ、私は……」
「シャルロット王女殿下。そなたに百万の感謝を」
ロッテは、複雑な表情で頭を下げた。
「む?」
大王は亡骸の中から、何かを拾い上げる。
「ヴェルナー卿。これを」
「それは一体?」
「母の逆鱗、それの根元だな。最も固い部分ゆえ、腐らず残ったのだろう」
大王は俺の手にその逆鱗の根元を手渡してきた。
それは、こぶし大で、青い宝石のように輝いていた。
「母の形見だ。ユルングに」
「大王が持っていなくてよいのですか?」
「朕は多くのものをすでに受け取った。それゆえ、これはユルングに」
「わかりました」
そして、俺の耳元でささやく。
「卿の弟子は、勇者か?」
「お気づきになりましたか?」
「ああ。呪いを解くことができる存在は勇者ぐらいであろうしな」
店で買った普通の剣だと言うのに、ロッテの剣は淡く光っていた。
あれは恐らく聖剣と化していたのだろう。
聖剣は勇者にしか扱えないと伝承には残っている。
だが、恐らくそれは違う。
勇者の扱う剣が聖剣と化すのだろう。
「千年前は……」
大王は首を振る。
「大魔王がいたゆえな。解くことはできなかったのだ」
千年前の勇者、建国王も解こうとはしたのだろう。
だが、呪いを解けず、封印するしかなかったのだ。
「大魔王は死に、加えてあれから千年も経った」
呪いをかけた大魔王が死に千年が経ったから、呪いを解くことができたのだろう。
俺から離れると、大王は微笑む。
「肩の荷が下りた。礼を言うぞ。ヴェルナー卿」
大王は声の大きさを戻して、そう言った。
「私は何も」
「謙遜なされるな。そしてハティ」
大王は、結界の端の方で、隠れるように声を殺して泣いていたハティに呼びかける。
「な、なんじゃ? ずび」
「大きくなったな」
「あ、あたりまえなのじゃ! ハティは立派な古竜ゆえな!」
目を真っ赤にしたハティが鼻水をすすりながら、こちらに来た。
「ハティ、頼りになったよ。ありがとう」
「当然なのじゃ」
ハティは尻尾をゆっくりと振る。
「さて、コラリーを出してやらないとな」
俺はコラリーを覆っていた結界を解いた。
中にいたコラリーは少し臭った。漏らしたのだろう。
「…………戦えた」
不満げにぼそっとつぶやく。
「そうだな。だが、あの状態ではな」
正直足手まといだった。
古竜の大王の咆哮を食らったからやむを得ないことではあるのだが。
「……訓練する」
「そうか、がんばれ」
そして、俺は母の亡骸を見つめる大王に尋ねる。
「御遺体はどうされますか?」
「…………どうすべきだろうか。このままにしてはまずいというのはわかってはいるのだが」
大王は悩んでいるようだ。
母竜の遺体は腐敗して、ドロドロに溶けて悪臭を放っている。
このまま結界を解いて、湖の水と混ざり合えば、湖に悪影響が出るだろう。
「父ちゃん。ばあちゃんは、この湖が好きだったのかや?」
「いや、そもそも、この湖は母を封印する際にできたものであるゆえな」
「そっかー。じゃあ、ここに埋葬されるのは嫌かもしれぬのじゃ」
ハティも大王と一緒に考えている。
「大王。古竜の風習は存じませんが、人族は遺体をよく火葬にします」
「火葬か、それがいいかもしれぬな」
「灰を、前大王のお好きだった場所に埋葬するのはどうでしょうか」
「それが良いかもしれぬな」
しばらく、大王は母竜の遺体を見つめた。
「ヴェルナー卿。ハティ。シャルロット王女殿下。そしてコラリー殿。母の遺体を燃やすのを手伝ってほしい」
俺たちは全員で母竜の遺体を魔法の炎で燃やした。
ロッテは魔導師ではないが、魔法は使える。
ロッテの炎は威力こそ弱いが、聖なる力を感じた。
ロッテの炎に送られたら、母竜もきっと安らかに眠れるに違いない。
「りゃあぁ」
泣き疲れて眠っていたユルングが、目を覚まして鳴いた。
母竜の燃える遺体をじっと見つめていた。
四章