その後、侍従が客室へと案内してくれる。
「ヴェルナー卿、みなさま。こちらへ」
巨大な侍従が、ゆっくりと歩いて、巨大な王宮の奥へと歩いていく。
その後ろを歩いていると、ロッテとコラリーだけでなく、ハティも付いてくる。
「主さま、古竜の客室はでかいのじゃ!」
「そうだろうな」
「ロッテ、コラリー、本当に凄く広いのじゃぞ!」
「そうなのですね。楽しみです」「……」
ハティは自慢げに尻尾を揺らしている。
その後、侍従が案内してくれた客室は、ハティが自慢したくなる気持ちがわかるほど、とても広かった。
一部屋が辺境伯家の屋敷ぐらいあり、寝台が大広間ぐらい大きい。
客室の隣には浴場があり、その湯船は王宮の大きな池ぐらいあり、体を洗う場所も同じくらいの広さがあった。
部屋の中は薄暗い。
外は昼だが、猛吹雪なのだ。
部屋に入ると、すぐにハティが言う。
「あ、着替えがあるのじゃ! 折角だから着替えると良いのじゃ」
俺たちが旅立ってから、古竜たちが用意してくれていたらしい。
体に合う衣服が、下着も含めて、人族全員分用意されていた。
素材は柔らかく、動きやすいゆったりとした衣服だった。
「ですが、よろしいのでしょうか」
「……私は」
「ほら、主さま、着替えるのじゃ」
ハティはコラリーの言葉を遮るようにして、そういうと俺をじっと見る。
「わかったよ。ロッテもコラリーも折角だから着替えなさい」
俺は自分から古竜たちの用意してくれた衣服に身を包む。
右腕の骨が折れていることを、皆に気付かれないように素早く着替える。
脱ぐときに、右腕に服が当たり、声を出しそうになったが、ぎりぎりこらえた。
俺が怪我をしていることを、ハティやロッテ、コラリーに知られるわけにはいかないのだ。
もし知られれば、心配させてしまう。
これから眠るというときに、余計な心配は安眠の妨げになりかねない。
知らせるならば、睡眠をとって、目を覚ましてからがいい。
「着心地が良いな」
「そうなのじゃ!」
素材や縫製、総合的に考えて、めちゃくちゃ高価な衣服だ。
ロッテやコラリーが遠慮する気持ちもわかる。
ハティが俺に目で着るように訴えたのは、コラリーを着替えさせるためだ。
コラリーは戦闘時少し漏らした。だからだろう。
俺が着替えることで、コラリーを着替えやすくさせたのだ。
「ハティありがとうな」
「主さまも気に入ったかや? ならば、寝間着だけじゃなく、普段着も用意させるのじゃ!」
「それは悪いよ」
「折角なのじゃ。それに古竜の衣装係も喜ぶのじゃ」
「そうかな」
「うむ。古竜たちは滅多に服を着ないゆえな。数千年練習し続けておるのに、その成果を見せる機会が少ないのじゃ」
俺も製作職なので、古竜の衣装係の気持ちはわかる。
「ロッテとコラリーはどうじゃ? サイズが合わないとか、肌触りが好みではないとかないかや?」
そのときにはロッテとコラリーは着替え終わっている。
もちろん俺は背を向けていたので、二人の着替えは見ていない。
「これほど着心地のいい服は着たことがありません」
「……とてもいい」
「そうかや!」
ハティは嬉しそうに尻尾をいゆらす。
「ユルングも喜んでいるみたいだぞ」
「りゃあ〜」
俺の着た服にユルングは頬ずりしていた。
「衣装係に、主さまたちが大喜びしているって伝えておくのじゃ」
そういうと、ハティは壁から突き出しているラッパの口のようなものに、話しかける。
「用意されていた服を主さまたちが喜んでおったぞ!」
「恐縮です」
「普段着も作れぬかや?」
「たやすきこと」
「頼むのじゃ!」
通話を終えたハティに俺は尋ねる。
「ハティ、それは魔道具か?」
「これかや? 魔道具なのじゃ。ボタンで部屋を選んで話すことができるのじゃ」
「ほほう。巨大な魔道具だな」
古竜の王宮全体につながっているならば、かなり大きい。
「部屋を選択しないならば、魔道具じゃなくても実現できるな」
ただの筒を繋げても、それなりに声を通すことはできるだろう。
古竜の王宮ほど広ければむずかしいが、辺境伯家の屋敷ぐらいならば充分可能だ。
「興味深いです」
ロッテが、その王宮内用通話魔道具を観察しながら呟いた。
「ロッテならどう作る?」
「そうですね。部屋の選択は、繋げたい部屋以外の筒を塞げばいいでしょうか。あとは拡声ですね。振動の増幅でしょうか?」
「まあ、そうだな。あとは混線の防止だな」
「混線?」
「複数の部屋で同時に使われたときに、どのように対応するかだな」
「なるほど」
そんなことを話していると、ハティが言う。
「主さま、そんなことは後なのじゃ!」
「ああ、そうだな。ロッテ、続きは起きてからにしよう」
「はい!」
「主さま! 一緒に寝るのじゃ!」
ハティは嬉しそうに、古竜の姿のまま寝台に向かう。
寝台は広いので、巨大なハティが横たわっても、まだまだ余裕があった。
「ロッテも、コラリーも! ほら! この辺りが良いのじゃ!」
ハティは自分のお腹の横ぐらいの位置をロッテとコラリーに勧めている。
「あ、はい。ありがとうございます」
「……ありがと」
ハティとコラリーが横になる。
「主さま! この辺りの寝心地が良いと思うのじゃ!」
ハティは顔の近くの場所を勧めてくれていた。
「そうか、じゃあ、その辺りで……」
俺はハティが勧めてくれた場所に横たわる。
ユルングは俺のお腹にくっついている。
赤ちゃんのユルングは、色々あって疲れていた。
俺が横になったら、ユルングは目をつぶる。
「ユルング、ゆっくりお休み」
「りゅぅ」
静かに寝息を立ててユルングは眠った。