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136 古竜の客室

 その後、侍従が客室へと案内してくれる。


「ヴェルナー卿、みなさま。こちらへ」


 巨大な侍従が、ゆっくりと歩いて、巨大な王宮の奥へと歩いていく。

 その後ろを歩いていると、ロッテとコラリーだけでなく、ハティも付いてくる。


「主さま、古竜の客室はでかいのじゃ!」

「そうだろうな」

「ロッテ、コラリー、本当に凄く広いのじゃぞ!」

「そうなのですね。楽しみです」「……」


 ハティは自慢げに尻尾を揺らしている。


 その後、侍従が案内してくれた客室は、ハティが自慢したくなる気持ちがわかるほど、とても広かった。

 一部屋が辺境伯家の屋敷ぐらいあり、寝台が大広間ぐらい大きい。

 客室の隣には浴場があり、その湯船は王宮の大きな池ぐらいあり、体を洗う場所も同じくらいの広さがあった。


 部屋の中は薄暗い。

 外は昼だが、猛吹雪なのだ。


 部屋に入ると、すぐにハティが言う。

「あ、着替えがあるのじゃ! 折角だから着替えると良いのじゃ」


 俺たちが旅立ってから、古竜たちが用意してくれていたらしい。

 体に合う衣服が、下着も含めて、人族全員分用意されていた。

 素材は柔らかく、動きやすいゆったりとした衣服だった。


「ですが、よろしいのでしょうか」

「……私は」

「ほら、主さま、着替えるのじゃ」

 ハティはコラリーの言葉を遮るようにして、そういうと俺をじっと見る。


「わかったよ。ロッテもコラリーも折角だから着替えなさい」


 俺は自分から古竜たちの用意してくれた衣服に身を包む。

 右腕の骨が折れていることを、皆に気付かれないように素早く着替える。

 脱ぐときに、右腕に服が当たり、声を出しそうになったが、ぎりぎりこらえた。


 俺が怪我をしていることを、ハティやロッテ、コラリーに知られるわけにはいかないのだ。

 もし知られれば、心配させてしまう。


 これから眠るというときに、余計な心配は安眠の妨げになりかねない。

 知らせるならば、睡眠をとって、目を覚ましてからがいい。


「着心地が良いな」

「そうなのじゃ!」


 素材や縫製、総合的に考えて、めちゃくちゃ高価な衣服だ。

 ロッテやコラリーが遠慮する気持ちもわかる。


 ハティが俺に目で着るように訴えたのは、コラリーを着替えさせるためだ。

 コラリーは戦闘時少し漏らした。だからだろう。


 俺が着替えることで、コラリーを着替えやすくさせたのだ。


「ハティありがとうな」

「主さまも気に入ったかや? ならば、寝間着だけじゃなく、普段着も用意させるのじゃ!」

「それは悪いよ」

「折角なのじゃ。それに古竜の衣装係も喜ぶのじゃ」

「そうかな」

「うむ。古竜たちは滅多に服を着ないゆえな。数千年練習し続けておるのに、その成果を見せる機会が少ないのじゃ」


 俺も製作職なので、古竜の衣装係の気持ちはわかる。


「ロッテとコラリーはどうじゃ? サイズが合わないとか、肌触りが好みではないとかないかや?」


 そのときにはロッテとコラリーは着替え終わっている。

 もちろん俺は背を向けていたので、二人の着替えは見ていない。


「これほど着心地のいい服は着たことがありません」

「……とてもいい」

「そうかや!」


 ハティは嬉しそうに尻尾をいゆらす。


「ユルングも喜んでいるみたいだぞ」

「りゃあ〜」


 俺の着た服にユルングは頬ずりしていた。


「衣装係に、主さまたちが大喜びしているって伝えておくのじゃ」


 そういうと、ハティは壁から突き出しているラッパの口のようなものに、話しかける。


「用意されていた服を主さまたちが喜んでおったぞ!」

「恐縮です」

「普段着も作れぬかや?」

「たやすきこと」

「頼むのじゃ!」


 通話を終えたハティに俺は尋ねる。


「ハティ、それは魔道具か?」

「これかや? 魔道具なのじゃ。ボタンで部屋を選んで話すことができるのじゃ」

「ほほう。巨大な魔道具だな」


 古竜の王宮全体につながっているならば、かなり大きい。


「部屋を選択しないならば、魔道具じゃなくても実現できるな」


 ただの筒を繋げても、それなりに声を通すことはできるだろう。

 古竜の王宮ほど広ければむずかしいが、辺境伯家の屋敷ぐらいならば充分可能だ。


「興味深いです」

 ロッテが、その王宮内用通話魔道具を観察しながら呟いた。


「ロッテならどう作る?」

「そうですね。部屋の選択は、繋げたい部屋以外の筒を塞げばいいでしょうか。あとは拡声ですね。振動の増幅でしょうか?」

「まあ、そうだな。あとは混線の防止だな」

「混線?」

「複数の部屋で同時に使われたときに、どのように対応するかだな」

「なるほど」


 そんなことを話していると、ハティが言う。


「主さま、そんなことは後なのじゃ!」

「ああ、そうだな。ロッテ、続きは起きてからにしよう」

「はい!」

「主さま! 一緒に寝るのじゃ!」


 ハティは嬉しそうに、古竜の姿のまま寝台に向かう。

 寝台は広いので、巨大なハティが横たわっても、まだまだ余裕があった。


「ロッテも、コラリーも! ほら! この辺りが良いのじゃ!」


 ハティは自分のお腹の横ぐらいの位置をロッテとコラリーに勧めている。


「あ、はい。ありがとうございます」

「……ありがと」


 ハティとコラリーが横になる。


「主さま! この辺りの寝心地が良いと思うのじゃ!」

 ハティは顔の近くの場所を勧めてくれていた。


「そうか、じゃあ、その辺りで……」


 俺はハティが勧めてくれた場所に横たわる。

 ユルングは俺のお腹にくっついている。


 赤ちゃんのユルングは、色々あって疲れていた。

 俺が横になったら、ユルングは目をつぶる。


「ユルング、ゆっくりお休み」

「りゅぅ」

 静かに寝息を立ててユルングは眠った。

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