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137 古竜の神官

 ユルングが眠りにつくのとほぼ同時、ハティは、

「きゅるる」

 変な声を出して眠りはじめた。


 寝息自体は、体格に比して静かな方なのだろうが、いかんせん体がでかいので寝息もでかい。

 俺の近くにあるハティの鼻がひくひくしている。

 音の割に、鼻息の風量自体は少なかった。


「ハティもお疲れだな」


 俺はハティの口元を優しく撫でた。

 ハティはユルングより体温が低いが、暖かい。

 古竜二頭は横になってすぐ眠りについたが、ロッテはまだ眠れないようだ。


「眠れないか?」

「はい」「…………くぅ」


 ロッテは眠たいのに眠れないという状態だろう。

 コラリーは、既に眠っていた。


 ロッテはハティのお腹の近くで仰向けに横たわり、コラリーはハティのお腹にもたれかかっている。


「色々あると、徹夜してても中々眠れないよな」


 俺も若い頃、ケイ先生に連れられて強力な敵と戦った後など、疲れているのに眠れなかったものだ。


「私は湖底で眠らせていただきましたから」

「……きゅぅ」


 寝付けないロッテと対照的に、コラリーはハティのお腹に抱きつくようにして、眠っている。


「暗くて固い湖底だったし、よく眠れなかっただろう。時間も短かったし」

「はい」「…………」


 ロッテはチラリと眠っているとコラリーを見る。


「コラリーはすごいです」

「まあ、すぐに眠れることは有用な特技だ」

「がんばります」

「気負わなくていいぞ」


 気負ったら余計眠れなくなる。

 シャンタルのことや戦いのことを話すのも、起きてからにした方が良いだろう。


「目をつぶって、何も考えないようにして、全身の力を抜いていくイメージをしていればいいよ」

「はい」


 そう言いながら、俺自身も実践する。

 右腕が痛くとも、眠った方が良い。


 痛みを気にしないようにしながら、呼吸を整える。

 体温が上がっていた。


 …………

 ……


 ——コンコン


「はっ」


 扉がノックされる音で俺は目を覚ました。

 ロッテ、コラリーは眠っている。


「ハティ?」


 巨大なハティは扉の近くに立っていた。

 ハティが起きたことに俺は気付かなかった。

 きっと俺たちを起こさないように、静かに寝台からでたのだろう。


 ハティのお腹の上にいたコラリーは、ハティのそっと降ろされたのだろう。

 ロッテにぎゅっと抱きついて眠っていた。


「ん。起きたのかや? 主さまは寝てた方が良いのじゃ。熱もあがっておるのじゃろ?」


 眠りにつく前より体温が上がっていた。


「ばれてたか」

「当たり前なのじゃ。腕の骨もバキバキなのにも気付いておるのじゃ」


 ハティは小声でそういって、扉を開ける。


「遅かったではないかや」

「申し訳ありませぬ。王宮を離れておりまして」

「そうであったか。忙しいところすまぬのじゃ」

「もったいなきおことば」

「よく来てくれたのじゃ。感謝するのじゃ。ささ、こっちにくるのじゃ」


 巨大なハティがそういって部屋の中に連れてきたのは

 白い服を着た竜だ。

 身長は俺と同じくらい。二足で立っており両手で身長ほどある杖を持っている。


 部屋の中にその竜が入ったとき、一瞬探られるような感覚があった。


「おやすみ中のところ申し訳ありません」


 俺も寝台から立ち上がって、出迎える。


「いえ、かまいません。あなたは?」

「お初にお目に掛かります。ヴェルナー卿。私は古竜の神官ゲオルグと申します」

「神官さまですか」

「はい、竜神の神官でございます」


 そういって、ゲオルグは微笑んだ。

 竜の表情はわかりにくいが、俺には微笑んだことがはっきりとわかった。

 ハティとユルングと一緒に暮らしているからだろう。


「りゃぁ〜」

 俺にくっついていたユルングが、ゲオルグを見て首をかしげて可愛く鳴いた。


「これはユルング殿下。ご尊顔を拝す栄に浴し、恐悦至極に存じ奉ります」

「りゃ」


 丁寧な挨拶を受けて、ユルングはきょとんとしている。


「主さま。ゲオルグは神官、つまり治癒魔術を使えるのじゃ。主さまの治療に来たのじゃ」

「ありがたいが、大王の治療が先だろう」

「ヴェルナー卿の治療を終えたらすぐにでも」

「いや、明らかに大王の方が重傷だ」


 すると、ゲオルグは首を振る。


「ですが、陛下は古竜です。腕を切ろうが、尻尾を切ろうが、内臓が一つ二つ砕けようが、死にません」

「すごいですね」

「そうでなければ、万年生きることなど難しいでしょう」


 そういって、ゲオルグは微笑んだ。


「怪我した恩人であり客人でもある主さまより先に治療を受けるなどしたら、父ちゃんは古竜の竜望を失ってしまうのじゃ」

「竜望?」

「人望のようなものなのじゃ。恩知らずの古竜は尊敬されないのじゃ」


 ハティも命の恩人である俺に仕えなければ、恩知らずとして古竜社会で信用を失ってしまうと言っていた。

 長寿かつ、狭いコミュニティだからこそ、古竜は恩というものを大切にするのかも知れない。


「ですから、ヴェルナー卿が治療を受けなければ、陛下もまた治療を受けられませぬ」

「父ちゃんを助けると思って、頼むのじゃ」

「わかりました。そういうことならば、よろしくおねがいします」


 俺がそういうと、ゲオルグは微笑んで、俺の右腕に杖をかざした。

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