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139 古竜のお風呂

 俺が目を覚ましたとき、時刻は正午を少し過ぎていた。

 相変わらず外は吹雪で薄暗い。


「あ、主さま、起きたのじゃな? 体の調子はどうかや?」


 そう尋ねるハティは寝台にはいない。ロッテとコラリーもいなかった。

 ロッテとコラリーはトイレにでも行ったか、お腹が空いてご飯を食べに行ったのかも知れない。


 どこに行ったにしろ、ここは古竜の王宮。

 ロッテもコラリーも安全だろう。心配することは何もない。


「おはよう。調子は良いよ。もう全快と言っていいかも」

「ならよかったのじゃあ」

「ハティはお風呂か?」


 ハティは客室の隣にある、池のように巨大なお風呂に入っているらしかった。


「りゃあ〜」

「ユルングもか」


 ここからは見えないが、どうやらユルングもハティと一緒にお風呂に入っているらしかった。


「ふむ」


 俺は寝台から立ち上がると、体の調子を確かめる。

 どこにも痛みもないし、熱も下がった。

 骨が折れていた右腕に力を入れてみるが問題ない。

 傷ついた筋肉も完治しているようだ。


「ゲオルグさんに、改めてお礼を言わないとな。ハティはどうだ?」


 ハティは俺よりひどい怪我を負っていたのだ。


「ハティも全快なのじゃ!」

「それならよかった」

「りゃあ〜」

「む、ユルングもいつもより調子が良いのかや?」


 お風呂の方からバシャバシャと音がする。

 俺からは見えないが、ユルングが元気に泳いでいるらしい。

 尻尾の軟骨を治療してくれたらしいので、それでユルングも調子がいいのかも知れなかった。


「ふぅぃ〜」


 ハティは気持ちよさそうな声を上げている。


「ハティ、背中でも流そうか?」

「そんな、悪いのじゃ」

「遠慮するな。折角大きなまま、手足を伸ばせるお風呂なんだ。とことんゆっくりのんびりしたら良いぞ」


 ハティが本来の姿のままくつろげるお風呂は、人族社会には滅多にないのだ。


「じゃあ、折角なのじゃし、頼むとするのじゃ。えへへ」

「え?」


 ハティの照れるような言葉と同時に、ロッテの驚く声がした。


「まさか、ロッテも一緒にお風呂に入っているのか?」

「はい」

「……私も」

「コラリーもか」


 そうなると、話が変ってくる。

 俺が浴場に入ると、全裸のロッテとコラリーに鉢合わせすることになるからだ。


「そ、そうだな。背中を流すのは次の機会でいいかもな」

「えー、主さま、背中流して欲しいのじゃ」


 バシャンバシャンと水音がする。

 きっとハティが尻尾を水面にぶつけているのだろう。


「ハティ。人間の男女は一緒にお風呂に入らないもんなんだよ」

「むむう〜」

「……ヴェルナーなら良い」

「コラリーもこう言っておるのじゃ」

「コラリー。良くないぞ」


 コラリーは人族の一般常識が欠けているので、少し困る。


「あ、あの、私たちはもう出るので」

「ゆっくり入っていていいのじゃぞ?」

「これ以上、入っていたらのぼせてしまいますから」


 古竜は火炎の中でも大したダメージを受けないほど熱に強い。

 脆弱な人族に比べて、圧倒的にのぼせにくいのだ。


 しばらく待っていると、ロッテとコラリーが出てきた。

 頬が上気しており、さっぱりして、服も新しくなっていた。


 恐らく古竜の裁縫担当者が俺たちの寝ている間に作ってくれた服だろう。


「いいお湯でした」

「……気持ちよかった」

「それはよかった」


 俺は二人と入れ替わる形で、浴場に入る。


 ハティは大きな湯船に仰向けで浮いていた。

 ユルングはハティの回りを、結構な速さで泳いでいる。


「ハティ、気持ちよさそうだな」

「やっぱりお風呂は気持ちが良いのじゃ」


 そういって、ハティは湯船を出ると、体を洗う場所にやってきた。


「りゃあ〜」


 高速で泳いでいたユルングが、パタパタ飛んで俺の方に来る。

 そして、濡れた体のまま抱きついた。


「ユルングも気持ちいいか? のぼせてないか?」

「りゃ〜」


 ユルングも体の調子が良いらしい。

 元気に尻尾を振っている。



「よし、ハティ、うつ伏せになってくれ。体を洗う道具はこれかな?」


 浴場には俺ぐらいある巨大なブラシが置いてある。

 そのブラシを使ってハティの背中をゴシゴシ洗う。


「あぁ〜〜、きもちがいいのじゃぁ〜」


 かなり力一杯ゴシゴシしているが、痛くないらしい。


「りゃ〜」


 ユルングは、ハティの背中を洗うブラシに抱きついている。

 きっと手伝ってくれているつもりなのだろう。


「思っていたより、ハティの背中は綺麗だな」


 鱗と鱗の間に、汚れが溜まっているというわけでもない。


「大きくなったり小さくなったり、人型になったりしているからかもしれぬのじゃぁぁ〜」

「なるほどなぁ」

「それに、凄い攻撃を食らったら、汚れなど吹き飛ぶのじゃぁぁ〜」

「そう言われたらそうか」


 灼熱の火炎で焼かれたら、汚れは灰になってしまうだろう。

 暴風の中に突っ込んだら、汚れは吹き飛ぶに違いない。


 俺は二十分ほどかけて、ハティの背中をブラシでみがいた。

「すっきりしたのじゃあ! ありがとうなのじゃ」

「気にするな。いつもお世話になっているからな」


 温かい湯気の中、ハティの背中をゴシゴシしていたら、汗だくになった。


「主さまも風呂に入ると良いのじゃ。新しい服も用意してあることじゃし」

「じゃあ、そうしようかな」

「りゃっりゃ!」



 そして、俺はハティとユルングと一緒に湯船に浸かり、疲れを癒やしたのだった。

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