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140 古竜の教育

 コラリーが俺の背中を流すと全裸で突撃しようとしてロッテに止められるという事件はあったものの、それ以外はのんびりとした時間が過ぎていた。


 俺が風呂から上がりユルングをタオルで拭いていると、ハティが言う。


「主さま、そこに、古竜の衣装係が作った服があるのじゃ」

「おお、ありがたい」


 それは俺が着ていた服とデザインとサイズが同じだが、素材が違った。

 ユルングを拭き終わった後、自分のことも素早く拭いて、服を着る。


「なんというか、着心地がいいな」

「そのうえ、丈夫なのじゃ! 数千年の研究成果だと衣装係は自慢げだったのじゃ」

「それはすごい」


 確かに丈夫で着心地が良い。そのうえ、濡れてもすぐ乾くらしい。

 あとで、衣装係にお礼を言わなければなるまい。


 俺は服を着たあと、自分で不器用に身体を拭いていたハティのことをタオルで拭いた。


「ふお〜〜。気持ちいいのじゃ!」

「そうか? 普通に拭いているだけだが」

「羽の間とか、自分では手が届かないのじゃ」

「りゃ〜」


 ユルングも小さなタオルを持って来て、ハティのことを拭いてあげていた。


「ユルングもありがとうなのじゃ」

「りゃ」


 俺とユルング、ハティが浴場から出ると、ロッテとコラリーはのんびりしていた。

 ロッテとコラリーの髪の毛もちゃんと乾いていた。


 きっとロッテがコラリーの髪を拭いてあげたのだろう。


 しばらくみんなでのんびりしていると、大王がやってきた。


「ヴェルナー卿、やすめただろうか?」

「おかげさまで、休めました。ありがとうございます」


 俺は神官ゲオルグを遣わしてくれたことと衣服についてもお礼を言う。


「ならばよかった。我らは人族の客人をもてなすことに慣れていないのだ」

 そういって、大王は微笑んだ。


「大王こそ、お怪我はよろしいのですか?」

「うむ。もう全快である!」


 大王が負った傷は全て跡形もなく消えていた。


「古竜の神官様の治癒魔術はすさまじいですね」

「文字通り年季の桁が違うからのう」

「……ゲオルグさまとシャンタルは、どちらが治癒魔術の力量が上なのでしょう?」


 大聖女シャンタルは人族の中では比類なき治癒魔術の使い手だった。

 だが、古竜からみれば。千歳ちょっとの若造に過ぎない。


 だから、もしかしたら、ゲオルグの方がシャンタルより上なのではと思ったのだ。


「比べ物にならぬ。」

「それはゲオルグさまのほうが圧倒的に——」

「下であろうな。ゲオルグ自身もそれは自覚しておるから、あえて言うが……」

「そうなのですか?」

「ああ。総じて古竜の方が人族より強く、技術も高い。だが稀に人族には常識を超えた者が現れる」


 そして、昔を思い出しているかのように、大王は遠い目をして言う。

「大聖女。それにヴェルナー卿の師匠である大賢者。いずれも比類なき強さであった」


 大王はちらりとロッテを見て、俺の目を見る。


「それに勇者もそうであろうな」


 大王のいう勇者はラメット王国の初代国王である勇者ラメットのことであり、ロッテのことでもあるだろう。


「朕は……ヴェルナー卿もその列に並ぶ者だと考えておるのだが」

「陛下。それは買いかぶりです」

「ふふ、まあよい。……ユルングもそうなのかもしれぬな」

「かもしれません」


 ユルングが治癒魔法を使ったことを大王も聞いているのだ。


「……極めて稀に、古竜にも特別なものが生まれるのかもしれぬな」

「りゃ〜?」

「大王、どうしたらよいのでしょう?」


 天才ならば、教育が必要だ。

 だが、俺には古竜の神官になるための教育を施すのは難しい。


「そうであるな。ともかくユルングは赤子なのじゃ。成長してから考えてよかろう」

「そうでしょうか?」

「人族もそうであろう? ある程度話せるようになり歩けるようになってから教育すればいい」

「それはそうですが……ちなみに何歳ぐらいから教育を始めるべきでしょうか?」

「そうだな」


 大王は少し考える。


「……ハティに教師をつけたのは三十歳からだったか?」

「覚えてないのじゃ!」

「三十歳。遅いですね」

「確かに遅い。知能の発達具合を考えればな。だが古竜と人の寿命を考えれば早すぎるぐらいだ」


 古竜の寿命を人族に換算すれば、生後数か月から教育を始めるようなものなのだろう。


「子供の頃の方が吸収が早いというのがあるだろうが、その点からいえば、古竜は別に五十歳や百歳からでもよい」

「なるほど、柔軟な時期が長いのですね」

「うむ。ならば、教育の開始が遅くともいいだろう?」

「確かにその通りだと思います」


 古竜は寿命が長いのだ。

 好きなことが見つかるまで、のんびり遊びながら過ごせばいい。


「どうせ数千年、数万年、学び続けるのだ。数十年、数百年、早かろうが遅かろうがただの誤差だろう?」

「人族としてはスケールが大きすぎて、何とも言い難いですね」

「ふふ、そうかもしれぬな」


 そういって、大王は妹の頭を撫でる。


「ヴェルナー卿はのんびり愛情をもって接してくれればよい。それが一番の教育になる」

「りゃ〜」


 どうやら、教育についてはのんびり構えていてもいいのかもしれなかった。

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