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141 古竜の葬儀

 ユルングを優しく指先で撫でていた大王が言う。


「ふふ。まあよい。ところで、皆に頼みがある」


 大王は俺とユルング、ハティとロッテ、コラリーを順番に見た。


「我が母の葬儀に参列してくれぬか?」


 大王は笑顔のままそう言った。


 俺たちが参列を快諾すると、大王は深々と頭を下げた。



 どうやら、古竜の葬儀に喪服も喪章も必要ないらしい。


 俺たちは大王の案内で、葬儀の会場へと歩いて行く。

 大王の後ろを、ユルングを抱いた俺が歩き、その後ろを大きなハティがついて来る。

 そのさらに後ろをロッテとコラリーが歩いた。


 大王は玉座の間とは別の方向へと歩いていく。

 葬儀はどこで行うのだろうと考えていると、大王が足を止めずに俺たちを振り返る。


「こちらには中庭があるのだ」

「中庭ですか?」

「うむ。中庭には、我らの墓所があるのだ」


 しばらく歩いて、大きくて立派な扉の前に到着する。

 その扉は玉座の間の扉よりも、立派なぐらいだった。


 大王はその扉をゆっくり開く。

 まぶしいほど日の光に照らされた。


 少しだけひんやりとした春の空気が流れて来る。

 この高度には生息しない木々と草木が生い茂っていた。


「外? なのでしょうか?」

「……天気が悪かったはず」


 ロッテとコラリーが小さな声で疑問を口にする。


「ここは一応外なのじゃ。ただ、魔法が何重にもかかっておる故な。不思議な空間になっておるのじゃ」


 ハティの説明を聞いて、ロッテとコラリーは驚きに目を見開いている。

 二人とも表情がそっくりだ。


「凄まじい魔法ですね。これは広範囲で重厚な結界を利用されているのでしょうか?」

「さすがヴェルナー卿。一目で見抜かれるとは」


 大王はそう言ってにこりと微笑んだ。


 明るいのは広範囲の結界をレンズのようにして、光を集めているのだろう。

 暖かいのは分厚い結界で熱を逃がさないようにしているのだろう。


 光を集めたり、温度を上げたりすること自体はさほど難しくない。

 だが、光と温度の調節が難しい。

 調節を誤れば、高熱になり火が出るだろう。


「あとで結界装置をお見せしよう」

「ありがとうございます」


 そして、大王はゆっくりと歩みを進める。

 少し進むと、木々が開けて、広間になっている。

 広間は、広大なラインフェルデンの王宮全体ぐらいの広さがあった。


 その広間に古竜の長老衆や、俺の知らない古竜たちが並んでいる。

 全部で三十頭ほど。恐らく世界中から古竜が集まっているのだ。


「りゃあ〜」

 ユルングは怯えることなく、俺にしがみつきながら、古竜たちを見つめて尻尾を振っている。

 昨日、長老衆や大王に怯えていたとは思えないほど、物怖じしていない。


 長老衆は俺を見て会釈してくれたので、会釈を返す。

 他の古竜たちは俺を、いや、俺にしがみつくユルングを優しい瞳で見つめていた。


 中庭の奥には大きな石板のようなものがあった。

 面積は俺の研究所ぐらいで、高さは俺の腰ぐらい。

 鏡のように磨かれた黒い石で、神代文字が刻まれている。


「ここは我ら古竜の集団墓地、あの石板は集団の墓標のようなものだ」


 大王は俺たちに説明してくれる。


「石板に掘られた文字は亡くなった古竜の名である」


 石板の下に、前大王の遺灰を含めて、亡くなった古竜の亡骸が埋められているのだろう。


「ヴェルナー卿、シャルロット王女、そしてコラリーさんはこちらに」


 大王に促されて、俺たちは石板の近く、最前列に立った。

 大王から何も言われていないハティは黙って俺の隣に立つ。


 大王は一度、俺たちと古竜たちに頭を下げた後、俺たちに背を向けて、石板の方を向く。


「偉大なる我らが大王、我が母シェーシャよ」


 どうやら、前大王の名はシェーシャと言うらしかった。


「千年の呪いから解放され、神の御許にたどり着きしこと、心底より賀し奉る」


 大王は哀悼の言葉の前に祝いの言葉を述べた。

 死自体よりも、呪いからの解放を重視しているのだ。


 その後、大王は前大王の功績と感謝を朗々と述べた。


 それが終わると、大王は俺に抱かれたユルングを見る。


「ヴェルナー卿。ユルングを連れてこちらに」

「はい」


 俺がユルングを抱いたまま、大王の隣、石板の前に立つと

「ユルング、母にお別れを言いなさい」

 そういって、大王はユルングを俺の腕から抱き上げて石板の上に乗せる。


「りゃあ〜」


 ユルングは、理解しているのか理解していないのかよくわからない。

 きょとんとした表情で、石板を撫でる。

 ユルングが撫でた場所は、前大王の名前が刻まれた場所だった。

 神代文字をユルングが読めるとは思えないので、きっと偶然だろう。


「ヴェルナー卿もどうか母に一言」


 俺も小さな声で前大王に語り掛ける。


「ユルングのことはお任せください。どうか安らかに」


 次に挨拶したのは、前大王の孫であるハティだ。


「ばあちゃん。よかったのじゃ。ユルングのことは任せるのじゃ」


 次に案内されたのはロッテとコラリーだった。

 長老衆より先に案内されたのは死の瞬間に立ち会ったからかもしれないし、客人だからかもしれなかった。


 ロッテは王女らしく丁寧な言葉で哀悼の意を伝えたが、コラリーは、

「……よかったね」

 と一言だけつぶやいた。


 その後、長老衆から順番に前大王に別れの言葉を述べていく。

 追悼の言葉より、呪いから解放されたことへの祝いの言葉と、個人的な感謝の言葉が多かった。

 全員が別れの言葉を言い終えると、隣の部屋へと案内された。


「これは?」


 隣の部屋には、沢山の食べ物と飲み物が用意されていた。

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