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第2話

 さて、そんなこんなで歌舞伎町に来たものの、どうやって食っていくか、いや住むところにも困っていた十七の俺を拾ってくれたのが、大庭さんだった。

 実は大庭さんは歌舞伎町の人間ではない。少し離れた新宿二丁目で古びたコンビニを営む好々爺。ふらふらしていた俺を見て、知り合いの男娼クラブに誘ってくれた人だ。つまりウリセンボーイ。

 とはいっても俺にはどうしても無理だったので、大庭さんは代わりにコンビニのバイトに雇ってくれて、二階の四畳半の和室も格安で貸してくれた。何でも昔はゲイクラブを経営していたかなりの遣り手で本人もゲイ。俺の面構えを一目で気に入ってくれたってわけだ。

 新宿二丁目は東洋最大のゲイタウンとのことだが、案外おとなしい。ゲイバーだの男娼クラブだのはたくさんあるし、かわいい男のコやマッチョな男の看板はあるものの、歌舞伎町の胡散臭さに比べればまだマシだ。

 俺は大庭さんの好意に大いに甘えて住まいも手に入れ、昼はコンビニのレジ打ち、夜は歌舞伎町に繰り出す日々からスタートすることになった。

 ちなみに麻美は性自認は女だが体は男。女と言ってもネアカな女で俺とは気が合った。ダチってことだ。麻美は二丁目のバーで働きながら、歌舞伎町のホストクラブにも顔を出す。

 どっちもとても愛する街であるらしい。

 銃撃戦や中国系やくざのダークな世界を求めてきた俺とは少し違うが、やけに気が合ったんだ。

 話を戻そう。突如青くなった「歌舞伎町一番街」のアーチには俺も麻美も仰天した。本気でここはパラレルワールドかと思ったもんだ。

 入り口にはご丁寧な案内図まであるではないか。

 おお! 『不夜城』にしょっちゅうその名前が出てきた「風林会館」まで。新宿コマ劇場がなくなってしまったのは惜しい、惜しすぎる。酔っぱらったバカガキどもが死んだように朝まで転がっていた光景は懐かしい。

 結局俺は今はコンビニのバイトの他に使いはしりのような仕事をして糊口をしのいでいる。相変わらずあの爺さんの店と四畳半に厄介になっているので十分だ。爺さんは九十近くなったが頭もしゃんとして元気である。たまにゲイバー時代の従業員や馴染み客が訪ねてくる。戦友に会うようなものらしく、これが爺さんの若さの秘訣らしい。

 俺は昭和の男っぽさがあって一部のゲイにはかなりモテるがその気はないので楽しく話をするだけだ。麻美はさばさばした性格だが、女なのでたまにどきっとするほど色っぽいことがある。でも、麻美とはあくまでダチだ。そこは譲れない。


 歌舞伎町の夜は俺にとって、あの赤いアーチをくぐることから始まる。ゲイバーのはけた麻美と一緒に麻美のホストクラブに行ってみたり、麻美の休みの日は一緒に一杯ひっかけに行くのが楽しくてしようがない。

 そんなにやばいところにはあまりいかない。ふつうの庶民的な居酒屋だ。だってぼったくられるのは怖いからな。チャイニーズマフィアへの憧れは熱く胸にあるが、金がなければ無理だと悟った。それより俺はいつの間にか歌舞伎町のガキどもの「お兄ちゃん」になりつつある。

 どこまでもダークな『不夜城』の世界とはかけ離れているが、仕方がない。どうしても人助けに引き寄せられちまう俺がいるんだ。

 けっきょく何をやるかというと、家出少女たちの世話焼きばかり。

 ヤクザの島に足を踏み入れると手に負えないから、なるべく事前防止する。

 彼女らが歌舞伎町に来る理由は大体が家庭の問題で家出して、しかたなく体を売りにくるという話。さすがにそれは極力防止の方向で考える。

 女を大事にしないのは男じゃない。

 麻美も協力してくれる。売春に踏みだそうとする少女たちに自分の性的マイノリティーは言わないが、見かけは優し気なイケメンに見えるので、ゴツイ俺よりも彼女らに打ち解けやすいんだ。

 区役所通りの方に、その筋では有名な喫茶店がある。そこに夜な夜な、集まってくる少女たちは、そういう道を目指している子が多い。そこで声をかけたり、無防備に歌舞伎町内で立っている子などを探したりする。そういう時はもちろん飲まないことにしている。

 彼女たちの悩み、大抵は親の虐待やいじめ、家庭崩壊などを聞いていく。俺はそのたびに義憤に駆られる。『不夜城』に憧れて家出して、2時間もあれば帰れる実家にお沙汰の自分だが、俺はマシな家に育ったんだなと痛感する。

 そのなかでも今よく会っているのは有希という自称高校一年中退で上京してきた栃木の子だ。童顔で一見素朴そうに見えるが、最初は目を合わせず俯いてばかりで落ち着きもなかった。

 俺のことは怖かったらしく緊張していたが、麻美が合流すると露骨にほっとした表情になった。

 若干面白くはなかったが、それが麻美の魅力だから仕方がない。ゲイバーとホストクラブ、二足のわらじで鍛えているから勝てっこないのだ。

 彼女は必死になけなしの家出資金であつらえたようなミニスカートに襟ぐりの空いたシャツと厚底のシューズ姿で、大きなリュックを床において例の店でぼんやりとコーヒーフロートのストローを噛んでいた。

 店を出たところで声をかけたのがきっかけだ。

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