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第10話

 俺は麻美の内面の世界に引き込まれて注意を怠ったかもしれない。気がつくと、いかにもカタギではないド派手なシャツにジーパンの男4人が距離を置いてこちらを見ている。麻美はとうに察知していたようだ。

 花園神社の側面をバックにこちらに鋭い視線を送っている。

 血が騒いだ。ジェンイーの世界だぜ。でも、やばくないか。向うはガタイがいい奴らが揃っている。こちらは2人だけだ。しかも武器がない。向うのリーダー格の背の高い野郎が、鉄パイプを手にしている。マジに叩かれたら骨が折れそうだ。

「あんちゃんたち」

 かなりやばい雰囲気なのに、いやに「いかにも」な口調でドスを利かせるリーダー格の男に滑稽味を感じた。が、それも一瞬のことだ。連中は一斉にこちらに向かってきた。俺は修羅場は知っているが、もろに狙われて襲われたのは初めてだ。おそらく麻美もそうだろう。

 まずは避ける。

 振りかぶって鉄パイプを振り下ろすリーダー格の男。

 俺は必死ですり抜けた。自分がネズミにでもなった気分だ。

「麻美!」

 叫ぶ。麻美も何とか第一発はかわしたようだ。

「走れ!」

 俺は麻美を導くようにして隘路を探し走った。あの鉄パイプを振り回せないところに隠れるんだ。

「あ!」

 麻美の悲鳴に近い声が上がった。と同時に思い切り麻美がつんのめる。

「足!」

 叫び声で見ると、足に棒が絡むように引っかかっていた。転ばされたのか。

 天空を薙いで振り下ろされるパイプ。俺は無我夢中で麻美を突き飛ばして自分も傍らに転がった。ずんと地面にたたきつけられる鉄のパイプ。本気で来やがってる。俺は喉の奥に灼けつく感覚を覚えた。とにかく、急げ。相手は4人だ。羽交い絞めにされたら一貫の終わりだ。俺は転がった先の土をつかんで連中の目に投げつけた。それから石だ。ゴミとして転がっていた空き瓶だ。

 でも、こんな抵抗は虚しい。まさか殺されはしまいが、骨の一本や二本は覚悟しなければ。いや、違う。俺は何としても麻美を守るんだ。麻美は男だから力はあるが、細身だ。チクショウ、ザ・昭和の意地を見せてやる。

 どうする? 形勢は不利だ。

 俺は麻美を引きずるようにして大木の後ろに逃げ、そこから裏手にダッシュした。人影。一瞬たじろいだが、連中の仲間ではない。俺たちのスピードにたじろいだそのすきに、その人影の背後にまわりつつ、走る、走る、走る。

 連中は追っては来なかった。がむしゃらに間口の狭い飲み屋街を抜けると、通りに出た。俺は麻美が無事なことを確認して、情けないがその場に膝をついた。

「脅しね」

 息を弾ませながら麻美が言う。そうだ。さっきのは本気ではなかった。これ以上踏みこむなという警告、そう脅しだ。

「とにかく、いったん離れようよ。駅の方に行こう」

 麻美が促す。顔は紅く上気しているが、冷静だ。俺たちはJR新宿駅の方に向かった。

「駅ビルの中で時間潰そう」

 麻美の言う通りルミネの中に入り、レストランかカフェを探した。平日だってのに混んでいる。ま、いつものことだ。さっきの刺激的なシーンとはかけ離れた景色。本当に新宿って街はいろいろな顔を持っている。

「私、アイスコーヒー」

「あ、俺も」

 オーダーしてウェイターが去ると、麻美は暗い表情になった。

「有希が心配。あんな輩が出て来るなんて」

「な、やっぱり有希本人に聞いてみた方がよくないか」

 思っていたより深刻だ。本当のことを彼女の口から聞いて対策を練った方がいい。でないと、身動きのとりようがない。

「そう、ね」

 麻美は浮かない顔だ。何を案じているのかは分かっている。

「有希に直接聞いて、彼女がいなくなってしまうことを恐れているんだろ」

「まあね」

「大丈夫だ」

 どうしてか俺はそのことには自信があった。

「あの子は、背後に何があろうと、麻美を信じているのに変わりはない。しっかりと話し合えばきっとうまくいく」

「そうかしら」

「麻美、自分のことは分かってないところがあるぜ。もっと自信持てよ」

「う、ん」

 まだ覇気のない麻美だ。こんなことは滅多にない。

「大事なものに対しては人は臆病になるんだぜ」

「え」

 麻美が頬杖をついたまま視線を上げた。

「麻美はそれだけあの子を大事に思ってるんだ。それは十分伝わってる。お前が言ってたんだぜ。『私は最後まで有希を信じる』って。あの子はそういうところ、敏感だ。麻美があの子にシンパシーを感じるように、あの子もお前にシンパシーを感じてるはずだよ」

「そう、そうよね」

 ようやく麻美の表情に笑みが帰ってきた。

「あ、章生、血ぃ、出てる。擦りむいて紫の痣になってるよ」

「え、どこ」

「肘のあたり。足もぶつけたでしょ」

「そう言えば」

 それにしても、あの中で俺のぶつけた足にまで気をかけてくれていた麻美に胸が熱くなる。

「麻美は大丈夫か」

「うん。章生がずっと体でかばってくれてたから」

 優しい笑顔に俺はまたしても心が華やいでしまう。



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