俺たちはルミネ内のカフェを出て、駅ビルの外に出た。周囲を見回しつつ、また別の店を探そうと思ったが、麻美は歌舞伎町に戻ろうと言う。
「私の店、行ってみよう。とりあえずあそこに隠れて待つのがいちばんいい」
それもそうか。麻美の働いているクラブは俺も顔馴染だ。連中もそこまで追いかけては来ないだろう。話がでかくなるからな。麻美は自分の店まで行くと、ポケットからじゃらじゃらしたキーホルダーを取り出し、その中の一つで従業員専用口のドアを開けた。
「もうすぐ誰かくると思うんだ。でさ、ちょっとだけ力を借りようと思う」
麻美の言葉の意味がつかみかねたので尋ねると、
「フジオくんていう最近入った若い子がいるんだ。厨房の方をやってる子だからあんま顔は知られてない。店長に言ってフジオくんを少し借りる。あの店で入る連中の……該当者っぽい奴の写真撮ってもらう」
「危なくないか」
向かいにある雑居ビルにカフェがあったから、あそこから。大丈夫、怪しげに見えないヤツだから」
「フジオって本名?」
麻美は微笑む。
「ニックネーム。ドラえもん好きのヤツなんで、原作者の名前でフジオって呼ばれるようになった子」
「ふうん」
「早めに来てほしいな。連絡する」
そう言って麻美はスマホをいじる。少し経ってにっこりした。
「フジオくん、すぐ来てくれるって」
控室の雑然といろんなモノが置かれた狭い部屋で、申し訳のように置いてあるソファに座って俺たちはフジオくんを待つ。さっきぶつけたりした腕や足がじんじんと痛んできた。チクショウ。絶対有希は渡さないぞ。
「おはようー」
のんびりとした声がしてひょろんとした男が入ってきた。最初はこれがフジオくんだとは思わなかった。
「ありがと。呼んじゃってごめんね、フジオくん」
見かけの印象はまったくドラえもんではない。かと言っていくら厨房だと言っても歌舞伎町のホストの店で働いているような印象でもない。見かけ少しぼーっと夢を見ている学生かなんかのようだ。髪型もそんな感じ。
「ちょっと頼みがあってさ」
麻美がかいつまんで依頼内容を話すと、それまでとろんとしていたフジオくんの目が明らかに好奇心に輝きはじめた。
「姉さん、面白いことやってるんだね。僕、手伝うよ。カメラはスマホでいい?」
「私のスマホ貸すからそれを使ってちょうだい」
「え、いいんすか」
「何で」
「スマホを貸すなんて、けっこう今時勇気要りますよ」
「フジオくん、信じてるから」
麻美はホスト並みの(というかホストもやっている)優し気な笑顔を見せた。フジオはあっさりと依頼を了承した。見たところ、麻美はこのフジオくんからの厚い信頼を得ているらしい。麻美の人柄からしたら当然か。
「お礼は弾むからね」
「え、何だろ」
「今度飲みに行こう。奢ってあげる」
「マジっすか」
フジオくんは大げさなほどに喜んで見せた。
フジオくんには、あの怪しい男が入ったというホストクラブ『mer bleue』という店の位置を教えて、向かいのカフェにもう待機してもらうことにした。
「店長には私から言っとくから心配しなくていいよ」
「すんません」
「何言ってるの。こっちが頼んでるのよ」
フジオはいそいそと店を出て行った。
「で、章生はどうする? まだここにいる? 私は今夜はここだから、もう準備始めるけど」
「手伝おうか」
「いやさすがにそれは悪い。あ、そうだ。救急箱があった。絆創膏くらい貼っておきなよ」
麻美はスチールの棚の上から埃をかぶった救急箱を下ろした。そして中身を物色し、正方形の絆創膏を出してくれた。
「サンキュ」
受け取ろうとすると、麻美は自分で裏紙をはがして俺の肘をつかんだ。
「貼ったげるよ」
麻美の真面目そうな表情がまたかっこいいなと思った。正直今さら絆創膏なんて要らないのだが、おとなしくされるようにした。何かいいな、こういうの。
従業員たちが来て店が開く。麻美はメイクして店に立つ。やっぱりこういう場の照明でみると色っぽい。俺はカウンター席を借りてちびちびカクテルを飲んだ。
その夜は案外早く収穫があった。フジオくんはわりと早めに帰ってきて、麻美のスマホの画面を突き出した。
風貌が、あの夏目さんの言っていたのとしっかり合致する中年男の画像があった。にしても、夏目さん、只ものじゃないんじゃないか。証言内容は正確だった。
──髪の毛は、ちゃんとある。白髪はない感じだけどありゃ、染めてるだけ。四十代後半は行ってるね。髪の量は多くて、天パじゃないかな、少しうねってた。顔はいかつめで、顔まわりにゾウの皮みたいに赤らんだ贅肉がついてる。髭はないよ、眼鏡もなし。目がいちばん特徴あるかな。ぎょろりとしてる。鼻も大きい。唇は薄め。頬骨が張ってる。身長は170センチ以上はあるだろうけど、大男って訳じゃないよ。首は短くて──
まさにそんな風貌の男がスマホの画面にいた。
麻美は目配せしてにんまりする。