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舞踏会にて


 翌日の夜。

 何度も断ったくせに結局、友達二人を誘い直した。屋敷にはいる前に木の影に集まりながら、僕らは少し話す。昨日は僕が布を被ったひとと立ち去った後、両家の使用人たちがいざこざを起こし、そこにティボルトも参戦に大変だったらしい。

 生きててなにより。喧嘩する方もどっちもどっちな気もするけど、とりあえず友の無事をいたわっとく。


「そんな事より、昨日の女は誰だよ? あれからどうなったんだ?」


 あの人はジュリエットで、僕らは互いに惹かれあっている。それをこのまま伝えれば、腰を抜かされそうだ。


「ロミオが舞踏会に参加する気になったのも、その子がいるからなんじゃないのか?」

「なんだよ、それなら言えよな」

「それは……。いいから早く会場に入るぞ」


 妙に勘のいい二人の背中をぐいぐい押して、急かした。マキューシオが大公の甥っ子ってこともあり、招待客のツレとして案外、簡単に敵地に入れた。


 落ち着く音楽が鳴り、良い雰囲気だ。それでも僕にとってはアウェイ感があり居心地が悪い。

 来てそうそうに、楽しそうな親に付き添われながらジュリエットは、パリスという男と対面しているのを見てしまい、モヤモヤとした。……手を握られ甲にキスまでされてるし。


 あいつの事は調べた。ヴェローナ大公であるエスカラスの親戚であり、貴族だ。キャピュレット家の間では顔もいいし、好青年と知られていること。僕より十歳以上うえで、しっかりとした大人であること。


 僕は仮面をつけながら少し離れたところで様子を伺っていた。親のお墨付きがあるなら、ジュリエットの意思とは関係なく結婚はしてしまうのも時間の問題だ。もはや秒読みってとこまで来てる。

 僕はなにを見せられてるんだよ。来ても結局、なんにもできないし。悔しくなって、その辺のテーブルにあったぶどう酒を一気に飲み込んだ。



 その後、踊りが始まった。男女が輪をつくり交代しながら回る。ジュリエットが僕と踊る番になった時、どさくさに紛れて彼女の腕を引き寄せ耳打ちした。

「適当に踊ったら抜けて」


 二人同時に踊りをやめて、あからさまに見えないようにしたい。少し時間差をつけバラバラの場所で場から抜けるなら良いかな。僕が輪から出て目線を送るとジュリエットもわかってくれ、あとから幕の裏側へとこっそりと入ってくる。表ではちょうど音楽や歌、踊りに気を取られているから誰も僕らのことは気にしていないだろう。


「キスされてんじゃん」

 二人だけになり、そっと邪魔くさい仮面を外す。


「キスって、変なこと言わないで。挨拶だから仕方ないでしょ、手の甲にくらい」

「でもあいつは、もう君を自分の妻だと思ってそうだったよ」

「……それはっ」

「本当は邪魔したかった」


 このままじゃ、来た意味なんてない。ただ悔しいだけだ。

「……嫌な気持ちにさせて、ごめんなさい」

「君が結婚させられそうだというのに、僕は無力だよ」

「……っ、そんなことない」


 ジュリエットは首を振り、僕に寄りそおうとする。少し、イライラしているのが自分でも分かった。面倒臭い奴になってる。それをジュリエットにぶつけるのも違う。


 さっき飲んだぶどう酒の酔いが回ってきたのかもしれない。やっぱり十六の身体で飲むんじゃなかった。たまに親にぶどう酒を振る舞われたけど、前世で病気だった僕には気持ち的にも、あまり合わないんだろ。そもそも僕は、未成年で死んだから酒に免疫なんて無かったんだった。少しだけで酔うし具合が悪くなるのに、今日は調子にのって飲みすぎた。




 あぁ。どうしたら良いんだ。この中途半端な関係が一番もどかしい。

 優柔不断なまま、ジュリエットの手を取っていた。もっと触っていたくて、自分のものみたいに指を絡ませていく。

 握った手でお互いに手遊びするように指先を動かすから、それがくすぐったくて、照れくさくなり、さっきまでイラッとしてたのが嘘みたいに幸せな気分になる。


 ――本当に、このまま続けるつもりか? ほとんどロミオと同じことをしてるじゃないか。


 微かに残る僕の理性。踊り、手を触れ合わせ、絡める。それでもまだ足りない。人目を忍び、幕の影に隠れ僕らは息を潜める、この行為が余計に燃えがらせる。許されない恋をしているのは分かってる。

 ジュリエットがパリスってやつと結婚するなら、僕は死なずに済むかもしれない。だけどそんなつまらい安全な選択肢は、ジュリエットの瞳を見たら、消えていった。


 たとえ惹き寄せられるのがロミオの願いのろいだとしても、境目が分からないほど本物みたいになって、僕自身がジュリエットを求めてる。この火照りも心地よく感じてしまっている。というより、頭がずっとぼーっとして、夢心地だ。


「結婚……」

「……なに?」

「するなら、僕とでいいじゃん」


 やっと言えた言葉がこれだ。自分で言ってて恥ずかしくて情けない。プロポーズはもう少しかっこよく言う願望があったのにさ。ぐだぐだすぎる。だけど、もう後には引けなかった。


「名だって捨てたっていい。密かにすればバレやしないよ。……いやかな?」


 心配で聞くと、なにも喋れないままジュリエットは、嫌じゃない、そう言った具合に頭を横にゆるゆると振った。ついでに鼻をすする音がした。

 不安もあるだろうけど、承諾してくれたと思っても良い? 我慢できなくなって、ジュリエットの顎に触れ、顔をあげさせた。


「その言葉を待ってた気がします……」

……なのに。と、ジュリエットは戸惑いをみせる。


「この先を考えると、まだ怖いの。気持ちが溢れてきて、こんな涙が出てくるなんて思わなかった……どうして、こんなに私はロミオのこと……っ」

「僕も同じだよ。なんでこんなにも、君のことが好きなのか、分からないんだ」


 ジュリエットは自分で涙を拭ぐうと、キリッと切り替える。とても逞しい顔が、美しくも見えた。


「ロミオ。一つだけ答えて。この先、死ぬとしても後悔しないって誓ってくれる?」


 親に反対されてるくらいで死ぬなんて大袈裟だな。って言おうとしたけど、死ぬ結末は既定路線。僕らはもうそのレールに両足を突っ込んでる。大正時代とかどっかの話では、駆け落ちして心中を選んだ男女の話だってあるんだ。誰にも認められない二人は、死を覚悟しながらそれでも一緒にいることを決めた。それなら僕らだって。


 ジュリエットは真剣な目で僕を見つめ続ける。その覚悟を唇に求めてるようだった。僕もいい加減、流され続けるのはもう辞めよう。これは僕の意思だ。


「例え死ぬとしても、誓うよ」



 ジュリエットは身を委ねるかのように、目を閉じた。それを見届けて、僕は静かに唇にその証を落とした。




「……ンっ」

 昨日と違うのは、今度こそちゃんとキスができた事だ。ただ少し、涙の味がした。しょっぱくて、少しも甘くない。唇に触れ合い、一度は離したけど、足らずまたすぐに唇を重ねた。角度を変えるとくぐもったジュリエットの吐息が隙間から漏れる。それを捕まえるように僕はもう少し深く奪った。


 だけどいくら唇を重ね続けても、いつか終わりが来ることを思い出して、悲しくなってなかなか離せずにいた。 


 唇を離した頃には、互いに気の利いた言葉なんて出てこなかった。僕自身、生まれて初めてした口付けが、こんなに甘ったるいモノになるなんて思わず、自分の強引さに少し引いた。


「……」

 キスが終わり、冷静に戻ると羞恥心が襲ってくる。

 すくなくても、高校生がするようなキスじゃない。僕は入院してて普通の高校生の恋人たちがどんなキスしてるのか、まぁ知らないけど。初めてのキスで、これはない……。なんだこれ、恥ずかしすぎる。


「ジュリエットのせいだ」

「わ、私の……? ロミオがわるいんでしょ……っ」

「へんな声出すから」

「それは、私のせいじゃない……ッ!」

「続けてほしそうだったし?」

「やめて! どうかしてたの」


 ジュリエットは恥ずかしそうに僕の頬を叩いた。熱の冷めない僕の顔はまだ真っ赤で、カッコ悪いのを人のせいにすると、もちろんジュリエットはジュリエットで僕に原因を押し付けるように頬を膨らませた。


「ぶどう酒飲んだでしょ。口を重ねられて、ただでさえ……なのに、匂いと甘苦さで酔ってしまいそうだったわ」

「仕方ないだろ、飲みたくもなるよ。それに一杯しか飲んでない」

「そう? だったら顔が赤いのはお酒のせいかしらね?」


 ジュリエットは僕のセンター分けした前髪をさらにあげて微笑む。たまにこうやって年下扱いする。


「飲みすぎてない?」

「言うほど飲んでないよ。酔う前に身体が受け付けないんだ」

「本当に?」

 あんまり信じてなさそう。どうせ、酒がなくてもいつも僕は顔はおろか、耳もおでこまでも赤くなるよ。


「お酒の力がないと、プロポーズもキスもできないって言いたいのか?」

「そこまで言ってないでしょ」


 ふふ、と僕のことをわかってるかのように笑ったジュリエットは、絶対にそう思ってる口ぶりだ。酒に弱いとも思われてるんだろう。もう全部受け入れられたし、その通りだから仕方ないけど。


「……やっぱり、ロミオは何か変」

「変って?」

「うまく言えないけど……。ううん。なんでもないの。私の思い過ごし。それにこっちの方が好きよ」

「誰かと比べてる?」

「そんなこと、ないわ」


 その言葉にひっかかりを覚えつつ、指をまた絡まされて気持ちを伝えて来るから、まぁ良いかって思った。ジュリエットがなにをいわんとしてたのかちゃんとは分からなかったけど。初恋が誰か居たとしても関係ないし。


「ジュリエット。ジュリエットお嬢様!」


 カーテンの向こう側で彼女が呼ばれてる声がした。


「大変! ばあやだわ」

 慌ててジュリエットがカーテンの隙間から様子を伺った。慌てたように後ろにいる僕に隠れてと促した。幕の裏に言われた通り逆戻りした。


「どうした?」

「ティボルトがこっちを見てたから」

 ティボルト。ジュリエットとそばにいる時には、一番接触したくない相手だ。


「私が行って気を逸らしておくから、ロミオはその隙に逃げて」

「分かった。あ、でも。その、け、結婚は、……どうする?」


 こんな会話をしている最中も、乳母の呼び出しが続いている。切羽詰まってる状況だと言うのに、結婚と言ったとんに空気が互いに花咲いてしまうのは、自分でもアホだと思った。ジュリエットも、背中を押して急がしていた手が、僕の手の平にちょんと触れた。


「明日、ばあやを使いに出すわ。私、あまり外に出させて貰えなくて。ばあやにはその時、いろいろ伝えて。私に構わず段取り決めてしまって良いから」

「分かった。じゃ明日の九時くらいにロレンス神父のところで待ってる」

「絶対に、ばあやを行かせるわ」


 反対側から出ると、さっき僕が居たあたりから殺気だったティボルトの声がした。それからなだめるジュリエットの優しい声も。並んでいるのをみると、あいつの髪色はジュリエットと従兄妹だけあって、似ている。




 走る足が軽いのが分かった。自分で思ってる以上に僕は浮かれてる。


 それに、まだ……。唇に残る感触が残ったままで、今夜は寝むれそうになかった。



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