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2回目

リスタート



 曖昧な記憶のまま十六になっていた。


 僕の名前は航生で、日本で生きていた。それでもこの町の風景に見覚えがあるってことは、多分、『ロミオとジュリエット』の世界に来たのは、初めてじゃない。

 ジュリエットに会わないといけない気がしているのに、理由が思い出せない。大事なことが、すっぽりと抜け落ちたような感じだ。


 ちらちらと脳裏にある記憶は断片的すぎて、起きたら忘れてしまう夢みたいだった。大事な記憶が抜け落ちてるせいか、頭がはっきりしない時もあり、どうにも眠くて、生きている心地がしなかった。



「すみませんが、字を読んでくれませんか」


 一人で、教会裏にあるバラ園に居ると、男が話しかけて来た。字なんて読んで欲しければ、大通りに人は他にもいるのに、なんでわざわざ、人の居ない裏手に来たのか。

 男は、どこかの使用人だろう。主人に言われて使いを言い渡されたが、あまり字が読めないらしい。


「えっと」

 怒られるのも可哀想だ。僕はすぐに応じて、その紙を一旦受け取った。


 キャピュレット家で行われる舞踏会の案内……?


「ロミオ、俺はお前の記憶を戻しに来た」


 そう言うと、僕から紙をまた奪い返し、クシャりと丸めて、用済みとばかりに投げ捨てる。

体を丸め、おずおずとしていた男の態度が、急に変わった。堂々と立ち、口角を上げ不敵に笑っている。男の眼が、ビー玉のように光る。

 この眼、どこかで……。


「本当は、早めにきてやろうと思ったんだが。お前が逃げ出すんじゃないかと思ってな」

「なんの話です?」

「ジュリエットに会えば分かる」


 服装が浮浪者みたいな服じゃないから気づかなかった。そうだ、この人は毒売りをしていた男だ! 思い出し、身構えた瞬間、もう遅かった。

 手が伸びて、男は僕の額をがしっと掴む。その指が鼻辺りまで下がってきた。思わず目をつぶってしまった。その時、瞼の裏に映像のようなものが流れ込んできた。

「な、なんだ、これ……?」


 ――それは、僕がジュリエットに出会い、結婚して、二人で逃げた記憶。最後にはティボルトとパリス伯爵が追って来て、僕と結夏は死んだ。


「結夏……」


 そうだ。僕は、ジュリエットに会いたいわけじゃない。もう一度ここに来てた理由は、結夏に会うためだ!

 あんな終わり方は、うんざりだ。今度こそ死なせないために。……もっと長く一緒に生きられるために。


「結夏! 結夏に会えるのか?!」

「さぁ。二度目の世界にようこそ。離脱もクレームも一切、受け入れない」


 男は腕を広げて歓迎の意を示した。でも男を肩を揺さぶっても、僕の質問には答えてくれなかった。それどころか、憐れみのような目を向ける。僕の腕を振りほどくとどこかに歩いて行ってしまった。

 記憶を戻しに来たって、記憶を止めていたのは、あいつか?

 なんのために止めていた?


「話はまだ……!」


 毒売りの男は振り返ってくれる事なく、そのまま姿を消した。


 待てよ。今日っていつだ? 舞踏会の前日?

 確か、この前は偶然にも噴水のある広場で、会った。あれは偶然だったかもしれないけど、結夏が覚えているなら、多分また同じ場所で会えるかもしれない。

 そう思って、しばらくその場所で待っていたけど、姿は見せなかった。あの時、結夏は結婚を嫌がって町を走って逃げていたけど、今回はなにか違うんだろうか。


 そもそも、結夏はロミオが僕だってわかってくれるかな?

 もちろん、名前を言えばすぐわかるだろうけど。なんとなく遊び半分もありつつ、店で指輪を買ってみた。厳密に結夏の指に合うとか、そんなことは確かめてないし、時間もないから特注で作ってもらったわけでもない。だけど、ないよりは良いかな。

 結夏が目を覚ました時に、指輪を用意したいってぽろっと言った程度で、約束したわけじゃないけど、覚えてて、笑ってくれたら嬉しい。






「ロミオ! 探したぞ」

「さっき、キャピュレットの使用人に会ったんだけど、明日、舞踏会があるらしいな。面白そうだし行ってみないか?」


 広場をうろうろとしていると、マキューシオとベンヴォーリオが、僕を見つけた。相変わらず好奇心が旺盛で、危ないことも平気でする僕の悪友だ。


 多分、この二人は本人に会ったんだと思う。僕が会ったのは、あくまでもニセモノ。


「……」

「行かないのか?」

「行く」


 ここにただ立ってても、会えないし。むしろ、願ったり叶ったりだ。僕なんかはモンタギューの人間だから、一人じゃどうしたって入れない。マキューシオのツテはありがたい限り。


「驚いたな」

「なんだよ」

「いや、まさか一回でお前が話に乗るとは思わなくてさ」

「そういう気分の時もあるよ」


 もし僕が原作を断固無視するために、ジュリエットに会わない選択するなら、絶対に行かない。だけど、今日会えなかった以上、会いに行きたい。舞踏会なら絶対に会えるし、正規ルートげんさくが後押ししてくれるはずだ。


「なんだやっぱり、ロザラインか。ロザラインに会いたいんだろ!」

「ち、違うって!」


 肘で僕の脇を突っついてくる。前回も今回だって、特別ロザラインって女性に惹かれたことなんてないし、そんな浮かれた話じゃないって言うのに。



 翌日の夜、僕らはマシューシオの連れとして、キャピュレット邸に入った。さすがに敷地にいると、敵陣のど真ん中にいるようで、心地は良くない。ティボルトに気づかれる前にできれば、すぐにジュリエットを見つけて移動したいけれど……。

 周りを見渡すと、すぐに目に付いた。

 あの時の結夏と同じように、ジュリエットはどこにいても、僕の目を奪う。



「ロミオ、此処に突っ立ってなにかあるのか?」

「いや……」

「んー。あれか? やめとけって。あの娘は、キャピュレット家のお嬢さんだろ」


 マキューシオが僕の目線を追い、ジュリエットを見ていたことに気づく。

 そんなことは、十分わかってる。誰よりも近くで見てきたし。僕がロミオである限り、何度やり直したとしても、ジュリエットと恋に落ちるのは運命づけられている。


「俺が、ロザラインに話しかけて場を設けてやるから、待ってろ」


 敵の娘に惚れるよりはましだろうと、余計な気づかいを回してくる。でもおかげで、一人になれた。その隙に、僕は人盛りに混ざりながら、ジュリエットを見つめた。




 ……結夏。

 早くこっちに向いてくれないかな、と念を送っていると視線に気づいたのか、振り返り僕に、ぱぁッと笑った。



 そういう風に、笑うっけ?

 相変わらず、ジュリエットへの想いが強く反応するこの身体だけど、なぜか違和感を感じた。なんというか、無邪気すぎる?


 改めてジュリエットを見ると、長い髪をサイドアップにしていること。綺麗に整ってはいるけど、幼く見えるのは、髪型の問題か。佇まいなのか。

 結夏は、髪を肩より下には垂れさせることはなかったし、もう少し大人ぽかった。同じジュリエットであるはずなのに……。



 ちょうどパリスと挨拶を交わしてる所で僕はそれを大人しく黙って見守る。


 ポケットの中に忍ばせていた指輪を手探りで触ったり、出して少し眺めた。前一周目の時は前日に会えたけど、今回はまだ結香は、記憶が戻ってないんだろうか。僕もかなりギリギリだったし、指輪を見たり、思い出話をすれば思い出してくれるかな。少し、不安になって来た。


 話し終えたのか、ジュリエットは周りをキョロキョロと見渡してるようだった。あえて、参加者から僕らが落ち合っているのを見られないように、物陰に隠れた。


 ジュリエットは僕の目線に気づき、僕が隠れてるとこへと足を早める。

「結……!」


 彼女は歩き始め、その足は速まる。僕もすぐに迎えに行こうと思った瞬間、それよりも速くジュリエットが僕に飛び込むように走ってきた。その勢いのまま激突し、僕は押し倒される。僕の腹の上に乗るジュリエットは、万遍の笑みを浮かべた。



「ロミオ様! ロミオ様! やっと会えた!! あたしはこの日をずっと待っていました! ロザラインへの片思いから、あたしが救って差し上げますわ。もう苦しい片想いは終わりです!」


 たくさん喋ったジュリエットは、一息で言い放ち、キラキラ輝く純粋な瞳を、僕だけに向ける。ばか、そんなに大きな声を出したら、周りにきづかれる。


「さぁ、あたしと恋に落ちましょ!」


 ジュリエットの長い髪が、下にいる僕の顔にかかり、視界を遮った。

 それだけで、この世界は僕と君しか居ない二人だけのものだと錯覚させられる。


 おかしい。僕が結夏と過ごしたあの夜でさえ、結夏の髪は三つ編みに束ねられ、僕の頬にかかってくることはなかったのに。結夏は、怯えるくらい髪を誰かに触れるのを避けていたのに。触れたかった髪が、こんなにも自ら触れて欲しそうに来るなんて。



 歌と音楽。中央で奏でられた愛の曲が、僕の耳に入り込み、雰囲気を高めようと世話を焼く。

 柱の裏側で人々の目から身を隠し、彼女はさらに被さるように顔を寄せ、なんのためらいもなく、そっと口付けをしてきた。ついその輝く青い瞳に魅入られてしまい、気づいたころには、僕はそれを受け入れていた。

 柔らかい感触が、唇に伝わっていく。



「……っ」

 キスは人を狂わせる毒があると思う。まして、“愛しの”ジュリエットからならこれ以上ない幸福として。

 目の前にいるのは確かにジュリエットだった。だけど、これは、なにか違う。意味のわからないことを言ってるし。


「あぁ! あたしの唇に罪が移ってしまったわ」


 やわらかい上辺だけのキスに留まりジュリエットは、短めに終えた。短いと思ったのは、結夏とする時は、つい長くなるからかもしれない。

 少なくてもジュリエットがしたのは、唇を重ねるので精一杯のような、子どもみたいなキスだった。偉そうに言うけど、僕も舌を入れるのとかはした事は、まだない。


 ジュリエットは頬を染めた。少しは恥じらいがあるらしい。自分からしておいて自分の唇を触り、僕を咎める。まるでそれじゃ僕の唇に罪があるみたいじゃないか。


「ジュリエット……?」

「はい。ロミオ様」


 ジュリエットヒロインの役を演じるのを楽しんでるかのように、言った。それくらい、その言葉はオーバーだった。



「結夏じゃない。……君は、…………誰?」



 言葉がなかなかでなかったが、やっと絞り出すようにして出すことができた。









(※2回目は、ジュリエットの中身が変わります。この章は短めに終わり、最後の3回目に向かうので、引き続き見守ってくださったら嬉しいです)

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