「止めるな……っ! 僕は……。ジュリエットが……、っあぁ」
振り返れないまま横目で見ると、見覚えのある、フードで身を包んだ男だった。
もう一度短剣を手に取るために振り解こうとすると、余計にギリギリと手首を絞めてくる。
「暴れるな。落ち着けよ。死ぬなら毒でと、言っただろ。だが……その前に」
毒売りの男は、「
「ロザライン! ロザライン、出て来い」
「ここにいるわよ」
ふー、ため息に似たものを吐き彼女は、何も無い場所から姿を現した。
「お前、
「私だって、介入する場面は考えてるわよ。きっと今日じゃなくても、霊廟で同じことが起きたわ。貴方の目にも、結果は最初から見えていたでしょ」
ちょっと、ロミオをお迎えに行っただけ。とロザラインは言葉を足す。
「まぁ。あの子が何するか分かった上で、迎えにいったから。……ロミオには、酷い目に遭わせてしまったことは、謝るわ」
「……最初からって……?」
小さく呟いた言葉、ロザラインは拾い上げた。
「最初は最初よ。ジュリエットが別の子になった時から、いずれそうなるって思っていたから」
残念そうに言い、ロザラインは毒売りの男を見た。
「だから、貴方も記憶を戻すのを遅らして、お節介を焼いたのでしょ?」
聞かれた毒売りは、答えずに黙り込んでいる。
ひまりは、小さい時から記憶を思い出したって言ってた。僕は確か、舞踏会の前日。記憶を戻させる時『もっと早く、記憶を戻しても良かったが、お前が逃げだすんじゃないかと思ってな』と、言われたのを思い出した。
あの時は、無理やり舞踏会に引き合わせようとしたんだって思ったけど、本当は……?
「おかげで、ロミオにとっては五日間。いえ、今回に限っては三日で終わったのは、せめてもの憐れみかしら。ねぇ?」
「…………余計な事を。女はお喋りで困る」
毒売りの男が少し、悪態をついた。
「そして予想通り、結果はそうだった」
「結果はともかく。お前がロミオに接触するとは、何を考えているんだかな。ジュリエットにも顔を出し過ぎだと思うが」
「あの子の話し相手になってあげただけ。しょうがないじゃない。次は、そこまでしないわよ」
仲違いをしているわけでは、無さそうだけど。少しだけ空気が悪い。聞かされているうちに、少し冷静になり、呼吸も大分、普通にできるようになってきた。
「もう、離してあげたら」
ロザラインがそのことに気づいて、そう促すと、毒売りの男は僕を一瞥した後、すんなりと解放してくれた。
しばらく強く抑えられていたせいか、手首が赤く手跡が着きどのくるいの強さだったか、物語っていた。もう少し、控えめにしてくれても良かったのに。と、思ったけど緩かったら僕は今ごろ、振り解いて後を追っていたかもしれない……。
「また気狂いでも起こしたら、今度は止めないからな」
毒売りの男のビー玉に似た目が厳しい視線が、刺さる。
「ロザライン、『ユカ』を見つけられるな」
「もちろん、できるわ。でも、あの子が探すって言ってたわよ。信じて見ててあげなきゃ可哀想」
「探すと、見つけられるは違う。確実である方がいい」
「そうね」
「待ってくれ……僕はもう」
これ以上、続けられそうにない。ひまりの犠牲で、結夏に会うのも。なんのために、ここまでやってきたのか、だんだんわからなくなってきた。
力無く言うと、毒売りの男に僕の胸ぐらを掴まれた。
「ならば、止めるか?」
「ジュリエットが死ぬのは、もう嫌だ……っ」
「そうか。もし、お前がいない世界に、あの女が来たらどうなるか。頭で考えて見たらどうだ?」
――っ!
「あ。…………、僕が味わったことを、……結夏も…………っ」
「あぁ。なに腑抜けた事を言ってんだかな」
男は、手を離し解放した。
「お前に、やめる選択なんて、あるわけ無いよな」
ロザラインはその横で、ふふと笑う。
「あ。ごめんなさいね。これも、介入じゃないのかしらね?」
「やるか、やらないか訊いただけだ」
「そうかしら。私には強制したように見えたわよ」
毒売りの男は、鼻で笑った。
「さて。薬を飲む時間だ」
毒売りの男が、長話を終わらせるように、小瓶のコルクを抜き、当然のように僕に渡す。受け取った小瓶を硬く握りしめて、息を吐いた。中には、禍々しい紫色の液体が見える。
「……よし」
決意を固め、一気に毒薬を飲み切る。苦しさに襲われる中、毒売りの男の口元が、フードから笑っているのが見えた。相変わらず、嫌なやつ。
「楽しませてくれるお礼に、次は早めにお前を起こしてやろう。言い訳できない程、たっぷり時間があるから、存分に使えよ」
その声を聞いたのを最後に、僕は眠りについた。
**
僕はなぜか産まれた時、小さい手のひらに指輪を握りしめていたらしい。屋敷のみんなは驚いた。
それも、血がねっとりと付いた指輪だったから。
それから、時々、怖い夢もみる。
僕が女の子を助けられなかった夢と、同じ顔をした子を刺してしまった夢だ。
僕は、その指輪をずっと前から知っている気がした。