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みーつっけた。何を? 鴨を

 私の企みは想定通りに、いえ、想定以上にうまく嵌りました。

 次から次に捧げられていく供物の魂魄を喰らい、そして……。


 たった今、チックタック辺境伯家の貴族様方をも食しましたー。

 この辺境伯領では、最後のお食事となるでしょう。最後に頂くのは、デザート、というのでしたかね?


 ということで、共生ごっこを終了します! ぱちぱち。


 何分、辺境伯領からはもう、供物が捧げられることはないでしょうしねー。

 食べ納め、というやつです。です。

 大変美味しゅうございました。ごちそうさまです。



 さてさて、人間は私の想像以上に強欲で利己的な生き物でしたね。

 まあ誘惑の魔石の後押しもあったわけですが……。

 それにしたって、彼らの業の深さときたら……!

 ああ、恐ろしくも可笑しくて、震えが止まりませんよ! ふふふ……。


 共生ごっこは、本当に人間に対して有効でしたねえ。


 ですが、愚かしい彼らも、流石にこれ程の惨状になったのだから、いい加減学習もするでしょう。なので、同じことを繰り返すわけにもいかない。

 名残惜しいですが、共生ごっこはもうお終いです。

 ええ、実際、もうそれに頼らずとも、やっていける様になったわけですし。



 共生ごっこの終了を決めると、私はダンジョンの最奥の部屋に行きます。

 そこにある台座に安置されたダンジョンコアをそっと持ち上げます。


 さて、これから……んん? この、意識を繋げられるような感覚は……。


『やあ、久しぶりだね、石ころちゃん』

「はい。お久しぶりです、パイセン」


 私が生まれた直後に連絡を取ってきた、パイセンマスターからです。

 今度はどういった用でしょう?


『素晴らしい活躍だね、石ころちゃん。まさか、この短期間でここまで……。予想もしなかったよ』


 パイセンの言葉はお世辞ではないでしょう。だって……。

 脳裏にダンジョンランキングを映し出します。


 27位 名前:石ころダンジョン@共生ごっこ飽きました 

 DP:81,020,061P 稼働日数:10カ月14日


『いやはや、たった10カ月、10カ月で87位から29位まで這い上がるとはね』

「えっへん。すごいでしょう! ……今度は褒め言葉ですよね?」

『ああ。褒め言葉だよ。風の噂に、君が何をしでかしたのか、それは多くのマスターに伝わっている。まさか、そんな手が……! と、驚愕している者が多いようだね。どうも君は、中々変わった発想のできるマスターのようだ』


 うんうん、褒められていますね。それ自体は、まあよろしいことですが。

 でも気になるのは……。


「さっすが、パイセン! 上から目線の褒め方! そこに痺れる憧れる! やっぱり、パイセンは高ランクのマスターなんですね! ね? あれれ、そういえば、まだお名前をお伺いしてませんでしたっけー?」


 ざっと60体近くものマスターを抜き去った私。

 今や、私の後塵を拝するマスターの方が多数を占めるわけですが。はてさて、このパイセンはどうなのでしょうねー?


『ボクの名は、【降臨せし異邦の軍勢】だよ』


 ほう。それがパイセンの名前ですか。ではランキングを上から順に見て……一瞬で見つかりましたね。


 3位 名前:降臨せし異邦の軍勢

 DP:17,059,211,001P 稼働日数:897年6カ月


 …………ぎゃふん。


「この思い上がった後輩の無礼な言動の数々、どうか苦笑しながら見逃して下さいませ」

『いっそ清々しいまでに変わり身が早いね、君』


 ええ、当然ですとも。弱きをいじめ、強きにへつらう。へつらいながら、下克上できないかなあ、と隙を窺うのが私のモットーなれば。


「それで、降臨パイセン、今日は何用でしょうか?」

『うん。今後の君の方針が気になってね。これからどうする積りなのかな?』


 ……どうもこれは、単なる質問でなくて、私を試している空気をびんびんに感じますね。


「とりま、お引越しをしようと思っています」

『へえ……』

「今回の騒動で悪目立ちしすぎました。ここにぼやぼや留まり続ければ、私を脅威に感じた人間たちが、大挙して攻め滅ぼしに来るかもしれません」

『うん。そうだろうね』


 そうお引越し。実は、今から引っ越そうと思って、それで台座からダンジョンコアを持ち上げたのです。


 ダンジョンはお引越しが可能です。


 ダンジョンコアを外に持ち出して、新天地で新たなダンジョンを構築する。追い込まれた際の緊急避難。夜逃げというやつです。


 ただ、これは最終手段、通常時なら禁じ手と言えましょう。

 何せ、コアを外部に持ち出せば、瞬く間にダンジョンは崩壊してしまうのですから。


 ダンジョンコアが内包するDPこそ持ち越せますが、これまでDPを費やし、手塩にかけて拡張してきたダンジョンはおじゃんです。

 費やしたDPが還ってくることもありません。


 またクリエイトした魔物を、大名行列よろしくぞろぞろ引き連れることもままなりません。

 追い詰められ夜逃げするのに、そんな目立つことをすれば、捕捉されて、アドバンテージのないダンジョン外での強制戦闘イベントに突入ですよ。

 まあ、死にますよね。


 なので、お引越しの際は、クリエイトした魔物も、泣く泣く崩壊するダンジョンに置き去りにすることになります。

 しかも、そこまでしても逃げ切れる保証なんてどこにもないわけで。


 だから益々、お引越しをしようなんていうマスターはいないのでしょう。恐らくは、ですが。


 でもでも、私の場合は、まだ一度もダンジョンの拡張機能を使っていません。クリエイトした魔物もゼロ。

 とくれば、失うものなくお引越しができるのですよ!


『ダンジョンを移転した後は? また同じ手管で人間をだまくらかすのかい?』

「まさか、まさか。今回の騒動は、ここ辺境伯領の外にも漏れ聞こえていることでしょう。同じ手が通用するはずもなく。なので、何か新しい冴えたやり方を模索しますよ」

『なるほど、ね。ふふ、期待しているよ、石ころちゃん。君が落ち着いた頃に、また連絡を取るとしよう』


 そう言って、パイセンはまたも一方的に繋がりを切られました。


 それにしても、『また連絡』ですか。

 どうやらパイセンのお眼鏡には適ったようですね。第3位のマスターの覚えがめでたくなれば、今後良いこともあるかもしれません。


 ふむ、しかしそれはまだ先のこと、まずはお引越しを平穏無事に行わねばなりません。

 私は持ち上げたコアを、クリエイトした魔法の鞄に入れます。


 この鞄、一見すれば只の背負い鞄なのですが、魔法というだけあって特殊な鞄になっております。


 まず、収納量が、見た目のおよそ5倍になっています。それだけでも、中々のものですが。

 一番素晴らしいのは、この鞄の中に収納した物は、鞄の外からの如何なる干渉も受け付けない、ということ。


 だから、例えば私が盛大にひっくり返ろうが、鞄の中の収納物には傷一つ付かないというわけです。

 ダンジョンコアの持ち運びに、これほど適したものもないでしょう。


 準備は整いました。では、出発です!


 ダンジョンの外に出ます。おお! これがお空ですか! ダンジョンの外、森の木々の隙間から覗く青空を仰ぎ見ました。天井のない空というものに、感嘆してしまいます。

 辺り一面に漂う森の匂いもまた新鮮ですね。私はご機嫌になってふふーん♪ と鼻歌を歌いながら歩きます。


 さてさて、私の目的地ではありますが。

 まずはこの森を出て、更に辺境伯領からも出ていこうと考えています。


 辺境伯領というだけあって、ここは二つの国の境にある領地。ここ10ヶ月で収集した知識によらば、ヴァンダル王国とアトリアル王国の境です。

 ちなみに、チックタック辺境伯領は、アトリアル王国側に属します。


 ここで迷うのは、辺境伯領を出るとして、どちら側に出るのかということ。


 私は小考の末、ヴァンダル王国側に出ることに決めます。

 きっと、身内であるアトリアル王国の方が、今回の辺境伯領の滅亡を重く受け止めているでしょうから。


 向かう先は、ヴァンダル王国。それも、まかり間違っても、人が寄りつくことのないような辺鄙な場所です。

 何故人が寄り付かない場所かと言いますと、私は仮拠点としてのダンジョンを構築し、そこにダンジョンコアを安置すれば、暫くダンジョンを留守にする積りだからです。


 私は人のことをまだキチンと理解しきれていません。理解が深まれば、より効率の良いダンジョン運営ができるはず。

 なので、ダンジョンを空けて、人の街に繰り出す積りでありました。





 というわけで、仮ダンジョン設置完了しましたー。


 お引越しの間は、取り立てて語るべき事件も起きなかったので、カット、カット、カットです!

 ダンジョンを設置したのは、ヴァンダル王国はローゼン領の隅っちょの辺鄙な所。設置を終えた直後、『リターン』というスキルを取得しておきました。


 これは、どこにいても即座にダンジョンコアの前に戻れるというスキルです。一種のテレポーテーションですね。飛べる先は、ダンジョンコアの前だけですが。

 このスキルがあれば、出先からすぐにホームに帰れるって寸法です。


 最後にダンジョンの入り口を埋めると――実はそんなこともできちゃう。本来人を誘い込まないといけないので、全く意味のない機能ですが。

 だって、掘れば普通にダンジョン内部に入れるので、非常時の防衛手段にもなりません。


 ただ今回に限れば、偶然ダンジョンの入り口を発見されないようにと、隠蔽として役に立つことでしょう。


 それで入り口を埋めて、ローゼン領最大の都市シュシュリへ向け旅立ったのが五日前のことです。


 ローゼン領の大都市であるシュシュリまでは、領内の方々から街道が伸びてきているようです。

 その街道上には、駅所だったり小さい宿場町だったりが、ぽつんぽつんと設置されています。

 冒険者や、行商人などの旅人は、そこを利用しながらシュシュリまでの旅をするのだとか。


 人の姿に化けている時は、この身も人間の娘相応の体力しかありません。

 なので、昼夜問わずの強行軍とはいきませんので、私も駅所や宿場町で休憩しながらシュシュリを目指すこととします。


 その間、人間たちに直に触れて、情報収集もできますしね。全くの無駄というわけでもありません。

 まだまだ人間の常識には疎いですからね。こういうことの積み重ねが大事なのです。多分。


 ということで、私は今、とある駅所のベンチでのほほんと座りながら、駅馬車の出発を待っている人々の会話に耳を傾けています。


「明日にはシュシュリに到着だな」

「ああ。今回はスムーズに進んでこれた」

「シュシュリの検問もスムーズにいけばいいんだがなあ」

「馬鹿言え、シュシュリの検問が長蛇の列を作らないことが一度でもあったかよ」

「だよなあ。何で、市内に入るだけで、あんな手間をかけにゃならんのか。身分証確認したら、即入門許可を出せよな」

「こればかりは仕方ねえよ。密輸や罪人の出入りを防ぐために必要だってんだから」


 んん!? 聞き捨てならない言葉がありましたよ! 検問? 身分証? シュシュリ市内に入るには、そんなものが必要なのですか!


 むー、どうやら身分証を入手しなくてはならなくなったようです。

 私は視線を走らせました。


 まず、駅馬車の出発を待っている人たちは除外。

 駅所とはいえ、休んでいるのは駅馬車を利用する人だけではありません。

 徒歩で街道を旅している人も、ここで休んでいきます。

 まあ、わざわざ徒歩という手段を取るのは、お金に余裕のない駆け出しの冒険者か行商人であることを、私はここ五日の旅で理解していました。


 なので、年若く装備が貧層な人たちを探します。……いましたね。早速声を掛けましょう。


「あの……」

「ん?」


 年の頃14、5歳ほどの少年が振り向きます。彼含めて4人のパーティのようです。


「皆さんは、シュシュリに向かわれているのですか?」

「ああ、そうだよ」

「私もシュシュリに向かっていまして。今回初めてシュシュリを訪れるのですが、皆さんはシュシュリを訪れたことはありますか?」

「ある。というか、俺らはシュシュリを拠点にしている冒険者さ」


 ――外れか。冒険者は、特定の地域に根付く者と、次から次に拠点を変える根無し草がいるらしいのですが、彼らは前者のようです。


「そうなのですね。是非、シュシュリの話を聞かせてくれませんか?」


 それからいくらか言葉を交わしてから別れる。駅所に留まり、他の人を物色していく。同様の行為を繰り返すこと、五度。


「シュシュリは初めてよ。私たち、パールから、ずっと西の方から旅をしてきたの」


 そう返事したのは、十代の三人組冒険者たちのパーティ。

 少年剣士に、短槍使いの少女、何やら法衣を着た少女――きっと神官であろうと、生まれた持った知識から判断。そんな三人組。


 ふふ、みーつっけた。内心で笑みを浮かべます


「あの……」


 私は申し出にくそうに口ごもりながら言います。


「私もシュシュリは初めてなのですが、実は連れとはぐれてしまいまして。もしよろしければ、シュシュリまで同行させてもらってもいいですか?」


 と、そのように願い出たのでした。

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