念願のお店を手に入れたぞ! いえい!
あの宝石商から快くお店を譲渡されてから、早数日が過ぎたわけですが。
振り返って見れば、ふふ……。
ダンジョンを鉱山と偽り、人間をうまいこと誘い出すことに成功しましたね。
DPを用いた地形変化、環境変化さんが今回は良い仕事をしてくれました。
今回は、岩肌がむき出しになった山の中にダンジョンを形成。
正規の出入り口は閉ざし、一見すればただの岩山のように見せる。
そして、ちょっと掘り進めた岩肌の内側、即ちダンジョン内に魔石の原石を散らばせておきました。
その上で、ダンジョンの壁という壁を、崩れやすく脆いものに設定。
後は、鉱山夫さんたちが自ら、つるはしで崩落させてくれるという寸法です。
つまり、あの宝石商を、成功するはずのない鉱山事業に引きづり込んだというわけですね。
そして、落盤事故を繰り返す鉱山に、あの宝石商を執着させたのは、辺境伯領でも用いた誘惑の魔石の力。
誘惑の魔石ーー何とも素晴らしいアイテムです。
この石は、人間の胸中に宿る“欲”をこれでもかと掻き立ててくれます。
人間を罠に嵌めるのに、最適なアイテムと言って過言ではないでしょう。
ただ、二度続けて魔石頼りの作戦となったのは、少々いただけません。
何故なら、この魔石の力は、それに人間が気付いていないからこそ真価を発揮するものでしょうから。
既に、辺境伯領と今回とで、これでもかと使い倒してしまいました。
辺境伯を、宝石商を狂わせたのが、妖しげな宝石によるものだと、怪しむものが出てこないとも限りません。
いえ、出てくると思ったほうが良いでしょう。
このまま多用すれば、誘惑の魔石は人間に警戒され、通用しなくなる。
ならば、一旦魔石を使用するのを控え、人の記憶から薄れ始めた段階で、それもここぞという時に用いるべきでしょう。切り札ってやつですね。
となると、新たな仕掛けが要りますね。
人間を効率よく大喰らいするための仕掛けが……。
そもそも今回は、人間社会での足掛かりとするべきお店と、商人としての立場を得ることが目的でした。
その目的は完璧にこなせたと言えます。
ですが、ダンジョンマスターとしての本来の目的、DPの獲得という点では、余り美味しいお仕事とはいきませんでしたね。
地形変化に、原石とはいえ、無数にばらまいた魔石の数々。
落盤事故で死んだ鉱山夫の魂魄だけでは、赤字が出てしまっていましたよ。
まあ、最後のボーナスのお陰で、最終的な収支は何とか黒字に落ち着いたのですけど。
例の鉱山事業の末期には、危険な職場と給金の未払いというダブルパンチにより、鉱山夫たちが逃げ出し始めていました。
私はこれ幸いと、一人や少人数で作業している鉱山夫を選んでは、クリエイトしたストーンゴーレムに襲撃させました。
鈍重なストーンゴーレムとはいえ、今回に限っては、獲物を狩るのもさほど難しい仕事でもありません。
何せ、鉱山夫たちは、ここをダンジョンとは知らないのです。
普通の鉱山だと認識している彼らがどうして、魔物に襲われることを警戒するでしょうか。
ストーンゴーレムですら、面白いくらいに奇襲を成功させられましたよ。
そして、ダンジョンで死に魂魄を喰らわれた者は、死体を残すということもない。
なので、鉱山夫が殺され姿を消しても、鉱山事業の現場監督たちはこう考えたはずです。ああまた、彼らが逃げ出してしまったな、と。
そんなわけで、何とか今回の収支は黒字です。といっても微々たるもの。
あの辺境伯領での大喰らいに比べれば……。
そうですね。辺境伯領が豪勢なディナーコースとするならば、今回は食事ですらありません。
精々、|間食(おやつ)ですね。
鉱山夫さんたちを、ちょいちょい摘まんだだけでは、お腹一杯とは言えません。
だから……。今度こそまた、これでもかという程の食事を!
その為には、よくよく考えないといけません、ね。素敵な、素敵な食事方法を。
ただまあ、それは追々考えていくとして、ひと先ずはこのお店をどうしましょう?
手っ取り早いのは、売却することです。
大都市の一等地にある土地付き店舗。高く売れないはずもありません。
当座の潜伏資金に困ることはないでしょう。
ただ、売ってしまえば、それで終わりです。
ですが残しておけば、何か面白いことに繋げられる、かも?
それこそ、ダンジョンでの食事に役立つような……。
保留、ですかね。売るなら、後でも売れます。だから保留してーー
――カランコロン。
玄関ベルの音が鳴ります。
店に入ってきたのは、身なりの整った老人です。こういう人を、老紳士、というのでしたかね?
「宝石店にご用ですか? それなら潰れてしまいましたよ」
「ええ、存じ上げています。店が潰れてしまったこと、貴女がこの店舗を買い取ったことも」
「――? ではここに何のご用で? 私はまだ何のお店も開いていませんが」
「うん。正確に言うならば、ここに用があるのではなく。貴女に用があるのです」
「私に? 貴方は誰です?」
「私も商人ですよ。尤も、唯の商人ではありませんが」
そう言って、真っすぐこちらの顔を見詰めてきた瞳はなるほど、『唯の商人ではない』という言葉が、誇張でも何でもない。そう思わせるだけの昏い光を湛えていました。
これが、シュシュリ市の、いいえ、ローゼン領の裏社会を牛耳る闇商人、アルファルド老との出会いでした。