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むかつくなー

 ――『唯の商人ではない』

 そう名乗った老紳士に、私は“困惑した笑み”に見えるであろう表情を貼りつけながら相対しました。


「ええと……よく分からないのですが、唯の商人ではない、とは? それに、私個人にご用とはいったい?」

「さて、何と言ったものか……。私の名はアルファルド。商人なら、例え“表”の者であっても知らぬ者はいないのですが……。どうでしょう? 貴女は初耳ですかな?」


 コツン、コツンと、杖を突き歩み寄りながら老紳士は話してきます。


 表の商人であっても……つまり、老紳士は暗に自分が表の商人でないと、そう言っているように聞こえます。つまり裏?

 人間社会での経験の浅い私では、商人の表裏の違いなど知る由もありませんが……。


 語意から察するに、おそらく表の商人が普通の商人。

 老紳士は、裏。だからこそ、『唯の商人ではない』ということなのでしょう。


 そして、商人なら知らぬ者のない老紳士の名を、敢えて私に知っているか問うということは、私が商人ではない、そう確信しているということ。

 こんな、大都市の一等地の店舗の新たな持ち主であるにもかかわらず。


「ええ、実は存じ上げません。元々この辺りの出身でない上に、以前は冒険者をしていまして」

「ああ、そうことになっていましたな」


 ……そういうことになっていた?

 私は、私の歩幅で五歩の距離で立ち止まった老紳士の顔を注視する。彼の目は、全てお見通しだと言わんばかりでした。


「貴女が、土地店舗などの名義変更を行った際に提出した書類。その一つである身分証の写しによれば、バール出身の9等級冒険者であったとか」

「何か、おかしなことでも?」

「おかしなこと? ええ、大いにおかしい。たかが、9等級冒険者がどうして、この一等地の物件を購う資金を捻出できたのか?」

「それは……望外の幸運に恵まれたのです。元の持ち主、シーレインの店主は、破産の憂き目に遭っていて、それで……」


 んー、苦しいですね。ですが、そうとしか言えません。さて、老紳士の反応は? 首を左右に振りました、ね。


「いくら足元を見て買い取ったにしろ、それでも到底9等級冒険者に手の届く金額になるはずがありませんよ」

「そんなこと言われても……現実に、私はここを購入できているじゃないですか」


 私は何を言っているのだと、馬鹿にするような笑みを浮かべます。


「それとも何です? 破産してお金のない男が、タダで譲ってくれたとでも?」

「タダではないでしょう。ですが、貴女は金銭以外のモノを代価に、ここの権利を手に入れた。そうでしょう?」


 老紳士は、上着のポケットに右手を入れると、その中にあったモノを摘まみ出します。

 そうして、不自然なまでに、自身の手の中にあるモノを“見ない”ようにしながら、こちらに腕を突き出して見せてきました。


「――ッ!」


 それは、その手の中にあったの指輪です。――台座に誘惑の魔石がはめ込まれた!


 そう、誘惑の魔石です。本来のモノよりも、いくらか質の悪い。この石は……。

 私は魔石から視線を切り、老紳士の顔を見直します。


「シーレインの店主は、ある程度まとまった数の製品が仕上がってから売り出す積りだったのか、あるいは、売り出す機を窺っていたのか、それは分かりません。が、事実として、新鉱山で得た宝石を用いた商品を売り出してはいませんでした。ですが……」


 老紳士は口角を吊り上げる。


「実は、さる上得意客であるマダムにだけ、試供品としてこれを贈っていたのですよ」


 むむむ、魔石が世に出てしまっていた、わけですか。


「ちなみに、そのマダムの末路を聞きたいですか? ……死にましたよ。長年仕えていた忠実な侍女が、急に豹変し、主であるマダムを殺害したのです。この指輪を奪おうとして……」


 それは、それは悲惨なことで。全く興味ありませんが。

 老紳士はというと、何事かを思い出すかのように、虚空を見上げています。


「思えば、シーレインの店主も何かに憑りつかれたかのようでした。ああ、憑りつかれたかのよう、と言えば、隣国のチックタック辺境伯もそうでしたか」


 あー、あー。


「チックタック辺境伯領から脱出した流民のほんの一部ですが、このローゼン領に流れてきた者もいます。彼らの言によれば、乱心した辺境伯は、ダンジョン刑なるもので、無辜の民まで殺めたと。何故そんなことを?」


 老紳士はわざとらしく首を傾げます。芝居がかった仕草がむかつくなー。


「ハッキリとした答えを持つ流民はいませんでしたが……。しかし、ある流民は噂を聞いたそうです。辺境伯は、妖し気な宝石に執心していたらしいと。おや、これは何とも……」


 全部、ぜーんぶ、ばーれてますね。


「もういいですよ」

「ふむ。ですかな?」

「ええ。ですです。それで? それを知った貴方は、どうする気なのですか?」


 私は冷静に相手の意図を問い質します。

 確かにばれはしました。でも、いざとなれば、ここを、ローゼン領での活動を放棄して、また引っ越しすればいいだけ。

 まだ、損切りができないほど入れ込んでもいません。奪い取ったお店は少々惜しいですけど。


 さて、老紳士の回答は? それいかんで、ここに残留するか、お引越しするか決めましょうか。


「どうする気か? そうですね。私は、貴女と友人になりたいと思っています。そして共に仕事をしたいとも。互いにとって益のある仕事を」

「はあ、お友達ですか? それに互いに益のある仕事?」

「ええ。貴女と手を組めば、これまでとは全く異なる商売をできのでは? そう期待しているのです」


 老紳士はにっこりと笑む。


「つまりね。貴女の正体が“何”であれ、私は貴女を高く評価しているのですよ」


 何であれ、ですか。何者であれ、でなく、何であれ。

 さりげなく、私の正体に気付いていることを示唆してきますね。なんか、むかつくー。


「貴女は、特異な能力を有し、何より理知的に行動できる」

「はあ、理知的ですか? それってそこまで重要です?」

「はい。敵であれ味方であれ、考えなしの行動を取る者ほどいただけないものもない。何をしでかすか分かったものではないですからね」

「理知的な“敵”なら構わないと?」

「はて、敵ですかな?」


 老紳士が意外そうな表情を浮かべます。何その小芝居、むかつく。


「敵でしょう。私と貴方“たち”は……」


 ふっと老紳士は笑む。


「こう考えなさい。貴女は、敵の集団の中に味方を作れたのだと。それならば、貴女にとってもそう悪いことではない。それに敵と共存してはいけないという決まりもないでしょう。……どうしても、敵は潰さねば気が済まないと言うのなら、協力する振りをして、私を出し抜いて見せては如何です?」


 自信に溢れた声音で言いたいだけ言うと、老紳士は踵を返します。

 杖を突きながら、ゆっくりと玄関の方へと歩いていく。


 やぱっりむかつくなー。殺しちゃいましょうか?


 私の右手の爪が伸びます。まるでナイフのような鋭利ものに。

 ですが、私はその手を振るうような真似はしませんでした。


 老紳士を追いかけて、八つ裂きにすることは容易いことです。

 でもそんなことすれば、私が暴力以外では、あの老紳士に負けているのだと、自ら認めるようなものではないですか。

 なんかむかつくので、それは嫌です。


 あの老紳士には、生きて、私のスーパーでワンダフルな所を思い知ってもらわなければ。

 そうでなくても、こんな所で殺っては、通りを歩く人間に気付かれる恐れがあります。


 でもむかつく。なので、負け惜しみに聞こえるのは百も承知で言い放ちます。


「人間如きが、私を飼い慣らす積りですか? 後悔しますよ」


 すると老紳士は振り返ります。カツン! と高らかに杖を突く音が鳴りました。


「忠告しよう。あまり人間を見縊るな、化物。古より、ドラゴンに巨人にと、個で絶大なる力を持った化物共を屠ってきたのは、常に無力な人間たちだ」


 そう言うや、老紳士は止めていた足を再び動かします。


 ――カランコロン。


 玄関をくぐっていきます。その際、こちらに背を見せたまま話しました。


「後日、私の部下を送ろう。そこで仕事の話を詰めようではないか」


 老紳士はそんな言葉を最後に、余裕綽々と店を後にしました。


 何あれ、何あれ、むかつくなー。

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