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闇商人テッドのドキドキ農場見学

「テッドさん、少しよろしいでしょうか?」


 部下の一人が、私の仕事部屋に入って来ると、そう切り出してくる。


「何かね?」


 手短に促すと、部下は少し声を潜めて話し出す。


「ルーベンから、報告が……。あの宝石店シーレインの後釜に収まった娘が接触してきたと」

「そうか。あの娘から連絡があったか」


 私は寄せられた報告に一つ頷く。

 報告は、我々闇商人への窓口の一つである、パーメル通りの雑貨屋『ルーベン』からであった。


 報告の中身は、我々のボスであるアルファルド老が執心している娘――信じ難いことにダンジョンマスターであるという娘が、『ルーベン』を通して接触を図ってきたというもの。


「報告ご苦労。持ち場に戻り給え」


 部下は頭を下げると、私の仕事部屋から出ていく。

 その背を見送りながら、私は思案する。


 いつの間にか、あのセシルを名乗る娘がシュシュリから消えていたのだが……。

 そうか、戻って来ていたのか。


 つまり、シュシュリから消えている間に何かをし、その成果を持って交渉に乗り出してきた。

 そう考えるのが妥当か……。


「さてさて、“化物”からの商談は如何なるものやら」


 私は口の端を吊り上げる。


 仮にも、あのアルファルド老に見初められたのだ、下らない提案でガッカリはさせて欲しくないものだ。


 私は羽ペンを置く。羊皮紙をくるくると巻くと、紐でしっかりと括り留めた。

 オーク材でできた仕事机から立ち上がると、壁際にかけていた上着を羽織って歩き出す。

 向かう先は勿論、あの化物のいる店舗に他ならなかった。




 ――カランコロン。


 戸を開けた途端、鈴の音と共に花の芳香な匂いが流れてきた。


「花屋、か……」


 この店舗で花屋の準備をしている、それは事前に部下の報告で知っていた。


 偽装の為、何か適当な商売をしておけ、そう言い置いていたので、花屋を営むことにしたのだろう。

 化物にしたら、何とも可愛いらしい選択ではないか。


「いらっしゃいませ」


 そう言って、私を出迎えたのは、無表情な少女だ。

 年の頃、10歳ばかりか。貴族令嬢と言われても頷いてしまいそうな、整った容貌をしている。

 店番役であろうが、はて、あの娘はどこからこんな少女を連れてきたのやら。

 まさか、彼女も化物の類ということはあるまいが……。


「お嬢さん、店長はいるかな?」

「店長は私です。ミスターが仰っているのは、オーナーのことだと思われます。オーナーなら奥にいます」


 少女は無表情のままだが、どこか不愉快そうな空気を醸し出している。


「これは失礼。私はテッドという。オーナーを呼んで来てもらっても?」


 少女は頷くと、奥へと引っ込んでいく。

 待つこと暫し――


「ようこそ! お待ちしてましたよー、テッド氏! 私、すーっごく、首を長くして待っていたんですから!」


 無駄に煩い声と共に、あの娘が現れる。その顔には、能天気そうな笑顔を浮かべていた。


 私はその無邪気な笑みと、すぐ横に立っている少女の無表情な顔を見比べる。

 よっぽど、化物の方が幼い子供のようではないか。


 本当にこれが、ダンジョンマスターと呼ばれる魔物なのか?

 そんな疑問を覚えなくもない。


 アルファルド老の恐ろしさをよく知る私でなければ、爺さんついに耄碌したか、そう思ってしまいそうだ。

 しかし、アルファルド老は“耄碌”という言葉からは程遠い御仁。

 なれば、この娘は確かに化物なのだ。


 私は気を引き締め直す。


「それで? 我々に連絡をとった用件は?」

「やだなー。そんなの決まっているじゃないですか! 私、スーパーでワンダフルな取引を思いついたのです! それを直ちに行う準備も済ませてきましたよ!」

「……その取引とは?」

「ズバリ! 三角貿易です! 人を魅了する魔法の粉と、忠実すぎる労働力、その他、金銀などが流れる三角貿易!」

「三角貿易?」


 人を魅了する魔法の粉、忠実すぎる労働力……これらが指すものはもしや?


「私は、貴方たちに大量の魔法の粉を卸せると思うのですよー。見返りは、海の向こうからやってくる、忠実すぎる労働力が欲しいのです!」



 化物が提案してきたのは、ダンジョン、闇商人、亜人大陸、この三者を結ぶ人道を踏みにじる三角貿易であった。




 化物の提案する三角貿易、アルファルド老に報告した所、まずは試しにと、一度取引に乗ることとした。

 暫くの期間を置いて、あの娘からまた連絡が来る。


 もうじき約束の“荷”がシュシュリ郊外まで到着するので、シュシュリ市内に運び込む手伝いをして欲しいという。


 シュシュリを拠点とする我々にとって、荷抜けは造作もないこと。

 確かに郊外に到着していた“荷”を市内へと密輸する。


 市内にある、我々の倉庫にまで運び込み、そこで“荷”を検めたところ、あの娘が言う所の“人を魅了する魔法の粉”が大量にあった。

 闇商人の幹部である私ですら、これほどまでに大量の麻薬を一度で見たことはない。


 一体どうやって……?


 疑問に思うが、これといった答えは出てこない。

 いや、実は一つある考えが浮かんだが、それは余りにも馬鹿げたものであった。


 いずれカラクリを探るとして、まずはこれを亜人大陸に持ち込むのが先決だ。

 闇ルートで売り捌き、得た金で亜人大陸の代表的な商材、奴隷・金銀・安価な農作物などを購入するのだ。


 これは元よりルートは確立されていたもの。

 今までにない、大規模なものとなったので、多少の不手際はあったが、最終的に何とか丸く収まった。

 次回はもっと上手くやれるだろう。


 そうして、亜人大陸から商材を持ち帰ったのを見計らったように、いいや、事実見計らったのだろう、またあの娘から連絡が来る。


 曰く『約束通り、指定の場所まで“忠実すぎる労働力”を納品して下さい。納品ついでに、私の“農場”を見学するといいですよー』ときた。


 単に、奴隷を納品するだけなら、私が直接出向く必要もない。

 が、あの娘は、かねてよりの疑問であった“農場”を見学させると言う。


 私は奴隷を輸送するための人員と共に何台もの荷馬車を連ね、指定された場所、ローゼン領の辺境へと赴いた。



「何だ、これは……」


 私は驚きに、呆然と声を漏らした。


 地底にもかかわらず、大農場もかくや、という広大な農場が広がっている。

 いいや、それよりも驚くべきなのは……。


 私は上を見上げる。そうして眩し気に目を細めた。


「疑似太陽に、ビックリしましたか?」


 いつの間にか、私のすぐ傍に現れていたセシルが問い掛けて来る。


 そうだ。地底にもかかわらず、太陽が上がっている。これを驚きと言わず、何と言うのか。


「セシル殿、ここはもしや……?」

「はい。ここは私のダンジョンです」


 ダンジョン! ああ、全く予想しなかったわけではないとも。


 ダンジョンマスターが大量の大麻を栽培すると言う。それは何処で行うのか?

 もしや、ダンジョンかも?

 そんな疑念も覚えたが……まさか、そんな馬鹿な、と切り捨てた考え。

 それがまさか正解であったとは!


 なるほど、人知れず大量栽培するにうってつけだ。

 そしてカラクリを知ろうとも、我々に真似など出来るわけもない。

 疑似太陽と言ったか? こんなもの用意できるはずもないのだから。


 驚くべきことは他にもある。


 ゴーレム、魔物たちがせっせと農作業をしている。

 はは、と乾いた笑いが漏れた。全く、自分の目がおかしくなったと考えた方が、目の前の光景を受け容れるより、まだ真っ当な気がする。


「テッド氏」

「……何でしょう?」


 あの娘の言葉が、私を現実に引き戻す。


「あの奴隷たちをこちらに引き渡してください」


 その言葉と共に、手隙のゴーレムたちが何体もこちらに近づいて来る。


 近づいて来るゴーレムに、輸送員として連れてきた下っ端たちが僅かに震える。

 が、その震えは大層なものではない。

 何故なら、それらが取引相手の僕であることが分かるからだ。


 ただ、奴隷たちはそうもいかない。逃げ出していないのは、奴隷たちそれぞれを、腰ひもで結び合わせているからだ。

 それがなければ、とっくに逃げ出しているだろう。


 奴隷たちの様子を見て、セシルが小首を傾げる。


「ふむん。ゴーレムにさせるより、ここまで奴隷を連れてきた、あなたたちに任せた方がスムーズそうです。奴隷たちを、それらの小部屋に押し込んでもらえます?」

「……承知した。お前たち」


 はい、と頷いて、輸送員たちが手分けして、10ある小部屋に奴隷たちを押し込んでいく。

 今回連れてきた奴隷の数は、80名余り。

 全員が年若い者ばかりだ。


 これは、奴隷は労働力として、若い者が好まれるのもあるが。

 そもそも海を渡る時、船の最下層ですし詰めにして輸送するという、劣悪な環境で生き残るのが、若者ばかりなのが最大の理由である。


 奴隷たちは視線を泳がせ、不安げな様子だが、私の部下たちにどやされて、比較的従順に10ある小部屋に分かれて入っていく。

 彼ら亜人は、我々の文字が読めない。だからだろう。もし文字が読めたなら、ああもスムーズに押し込めまい。


 私は目を細めながら、小部屋の前にある立て看板を見る。

 ――『屠殺部屋』、嫌な予感しかしない。


 奴隷たちを全員押し込み終わると、バタンと勝手に扉が閉じた。

 直後――ズン! と何かとても重たいものが落下した音が響く。腹の底に響き渡るような重低音だ。地面も少しの間振動する。

 それぞれの小部屋の閉じられた扉、その隙間からツーっと赤い血が流れ出してきた。


「ああ、素晴らしいですね、DPが一気に流れ込んできますよ! それに嬉しい誤算です! どうも、亜人は人間よりも取得DPがやや多いみたいです! ざっと、1.1倍くらいでしょうか!」


 セシルは満面の笑みを浮かべている。


「……それはよろしかったですな。我々はもう引き上げても?」


 一刻も早く、こんな所から逃げ出したかった。


「ああ、テッド氏はお戻りになって良いですよ」

「私は?」


 セシルはふんわりと柔らかく笑む。


「ええ。闇商人の幹部であるテッド氏は信用できますし、そもそも側近を殺しては、アルファルド老の怒りを買ってしまいます。でも、他の方々は――」


 セシルが控えさせていたゴーレムたち、それらが再び近づいて来る。


「待て、何をする積りだ?」

「何を? 決まっているでしょう。秘密を知る者は少ない程、秘密は漏れにくいのですよー」


 誤解もなく、セシルの意図を理解した部下たちは逃げ出そうとする。

 するが、ダンジョンの入り口にも門番の如く控えていたゴーレムたちがこちらに近づいて来る。

 我々は完全に囲まれていた。


 ゴーレムの動きはそれほど早いものではない。

 が、囲まれている上に、あちらの方が明らかに数が多かった。


 一人、また一人と、部下たちがゴーレム数体がかりで捕まえられ、引き倒される。そうして、あの小部屋の方に引き摺っていくのだ。


「た、助け……!」

「旦那! テッドの旦那! この化物を止めさせてください!」


 私は引き摺られていく部下の一人を指差すと、セシルに話し掛ける。


「彼は失っては困る大事な手駒だ。見逃してやってくれんか。他の者は好きにしてもらって構わない」

「ですかー。分かりました!」


 私の腹心の部下は、ゴーレムから解放された。

 顔面蒼白なまま、私の下まで走り寄って来る。が、彼以上に酷い顔色をしているのは、今しがた私に見捨てられた男たちだ。


「そ、そんな……!」

「旦那! 俺たちも! いや、俺だけでも……!」

「俺を、俺を助けて……!」


 連中は輸送員として数合わせしただけの下っ端たちだ。替えなどいくらでもいる。

 理屈ではそうだ。が、彼らの叫びが私の胸を衝く。


 しかしどうして、彼らの命乞いができようか?

 きっと、セシルは聞き入れないだろう。

 それに、この化物の怒りを買うのが、私は心底恐ろしかった。


「嫌だ、嫌だ、嫌だぁぁああああああ……!」

「助けて、誰か! ああ、神様……!」

「やめろぉぉおおおおおお!!!!」

「離せ、離せぇぇええええ!!」


 それぞれが叫びながら必死に抵抗する。

 両脚を抱えられ、引き摺られる男たちが、両手の爪を地に突き立てる。

 が、何の意味もなさない。

 爪は剥がれ落ち、滴る血が地面に赤い線を引いていく。


 直視に耐えられない光景だ。私は目を閉じる。

 しかし、目を閉じれば、彼らの狂ったような叫びがより強く耳朶を打つ。

 だがそれも――


 ズン! と再びあの腹の底に響く地響きがした。途端に叫び声はぱったりと途切れた。

 私は固く拳を握り締める。


 ダンジョンマスター、知恵を有する魔物。

 だが、いくら知恵を持とうが、化物は結局化物か! その性が我ら人間と相いれるものであるわけもなかったのだ!


 ――アルファルド老。これは貴方に対して失礼な疑問かもしれない。

 ですが……貴方は、この化物の性を、脅威を、見誤っておいでではないか?


 私は、そんな恐れを抱かずにはいられなかった。

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