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第4話

 今朝、楓殿を見送ろうとして倒れた私は、「ポチ!?」楓殿に担がれて動物病院へと運び込まれた。

 犬面人は体が人間だから人の病院の方が……などと言う元気すらない。

 受付の看護師は楓殿を、変人を見る目で見ていた。

 おそらく楓殿が担いでいる私が見えないのだろう。よく受付してくれたものである。

「えっと、次の方……は?」

「先生! ポチを! ポチを助けてくださいまし!!」

 獣医はどうやら見える側らしい。

 楓殿の背中に乗っている私を見て固まった。

「ちょ、これ人……ここ動物病院――あ? よく見たらポメラニアンの顔で体が人間……え? 動、物? 気持ち悪ッ」

 失礼な。

「ポチはワンちゃんですわ! 二足歩行でスーツで、言葉も話ますが、私の可愛いワンちゃんなのですよ! ちなみにメスですわ!」

 ワンちゃんと呼ぶのはやめるのだ楓殿。

「そ、そこの台の上に」

 楓殿の剣幕に押された獣医によって私は台の上に寝かされ、聴診器を当てられ、顔を触られ、ベロを引っ張られた。

 獣医は難しい顔をする。

「た、多分、食あたりかな? た、玉ねぎとかあげた? 玉ねぎダメなんだよ、犬なら」

 なるほど、昨日食べた玉ねぎがダメだったのだ。うかつ。

 確か犬は玉ねぎがダメで……ん? 私は犬面人では?

 楓殿は青い顔をする。

「わ、ワンちゃんに玉ねぎがダメだって知らなくて」

「これがワンちゃんかどうか疑わしなんでもないです」

 獣医をにらみつける楓殿だったが、やがて頭を下げた。

「先生、お願いします。ポチを助けてください……お願いします」

 その目には涙がたまっていた。

「さ、最善は尽くしますよ」

 やはり楓殿の悲しい顔は見たくないな、と思っていると獣医が注射器を構える。

「な、なにをする。やめ、やめるので」

「抑えておいて!」

「わかりましたわッ」

 抵抗むなしく、私の腕に針が突き刺さる。

「あおーん!!」


「点滴は打ったし、あとは様子見ですね。よ、よくなってほしいな」

 点滴注入開始から5分後。

「うむ……元気になったのである」

「え? ま、まあ、普通の犬の体格じゃないし、人型だし……」

 獣医は納得いかない顔をしていた。

「ポチ!」

 楓殿に抱きしめられながら、私は一つ学びを得た。

 犬面人は動物病院にいくのが正しいらしい。


 ついでに予防接種を済ませ、薬を貰って帰宅することとなった。

 注射はもう嫌なのである。

「ポチおんぶしなくて平気ですの? 私、爺やの言いつけで毎日鍛えているから大丈夫ですわよ?」

「大丈夫である。時間があるのならばお散歩したいくらい元気になったのである」

「いい提案ですわね……あ、病み上がりなのだからやめておくべきかしら?」

 悩まし気な楓殿。

 人間はこういう時に遠慮することがある。

「ふむ、私は犬面人である。おそらく普通のワンちゃんよりは丈夫なワンちゃんである。それに、お昼の散歩にも興味がある」

 いつもは夜だから景色が違って見えるはずである。

「ふふ、ポチ、ワンちゃんって自分で言っていますわよ?」

「……うかつ」

 楓殿はリードを握って微笑んだ。


 公園では様々な犬が飼い主と共に散歩をしていた。

 流石にこの時間だからか、学生はいない。みんな主婦らしかった。

「楓殿、そういえば学校はいいのであるか?」

「可愛いですわ! あっちはダックスフンドで、そっちはシーズー! ブルドッグに柴犬、シェパードまで。ワンちゃんパラダイスですわ~!!」

 楓殿聞いておらぬ。大暴走である。

「楓殿、写真を撮ってはいけないのである。肖像権やプライバシーの問題がある」

 息荒くスマホを横持ちする楓殿はマダム達からいつ通報されるかわからぬ。

「あ。そ、そうなのですねポチ。物知りですわ。見るだけ、私にはポチがいるポチが」

 自制心を働かせている楓殿と歩いていると、楓殿がまたも黄色い叫び声をあげた。

「あの子、お顔がポチですわ! 四足歩行! 完全体のポチですの!」

「楓殿犬は四足歩行が基本で、完全体である」

 通りすがりの飼い主と黒くてもこもこした小型犬がびくりと震えた。

 彼らは楓殿に変人を見る目を向ける。

 ワンワン!

 飼い主は私が見えないらしいが小型犬は私に吠えてきた。

「ふむ……」

 ここまで、公園内の飼い犬の全てが私を認識していた。

 ある犬はおびえ、ある犬は威嚇をしてきたのだから、彼らは私が見えるのが普通らしい。

「吠え方も可愛いですわ~! ぬいぐるみみたい! くしゅん」

 うっとりしていた楓殿はくしゃみをした。

「行くわよクロ!」

 小型犬の飼い主はリードを引き、足早に遠ざかる。

 私は吠え去っていく小型犬を見送り、楓殿に尋ねた。

「楓殿、あの犬が私に似ているのか?」

 私はあれほど小さくないし、あのように吠えたりもしないのである。

「くしゅん!」

 また楓殿がくしゃみをした。

「風邪であるか?」

「いつもこうなのです。大丈夫ですわ。それよりもポチは鏡を見たことがないのですか?」

「む? そんなことは」

 逆に尋ねられて私は記憶を呼び覚ます。

 お風呂場には鏡があったが、私は鏡をまじまじと見た覚えはない。

 ……楓殿のシャンプーが気持ちよすぎて、宇宙の真理に思いを馳せていたせいだ。

「すまぬ。見ていなかったようだ。私はどんな顔をしている?」

 楓殿は微笑んで手鏡を取り出した。

「ふふ、ポチはポメラニアンという犬種のお顔をしているのですよ?」

「なんと」

 そこに映るのは先ほどの小型犬同様の黒いもこふわの毛玉顔。

 私はポメラニアンなのか?


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