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第1話 ステキなおまじない

 十月ももうすぐ終わりの二十五日。コートを着たうえに、マフラーを巻かないとクシャミが出そうな時期になりました。

「ロップちゃん。コレに色をぬっておくれ」

「はぁい」

 夜の明かりの灯ったハロウィン堂の中で、おばあちゃんはちいさな女の子にジャック・オ・ランターン(こわい顔を彫られた、カボチャのちょうちんの事)を手渡しました。

 おばあちゃんのほうは、ふわふわの白い髪にちいさな丸メガネ。とてもふくよかな感じで、とってもやさしそうなおばあちゃんでした。

 一方、女の子のほうは、ロッキングチェアよりもまだ小さくて、オレンジのような色のかみは、彼女の腰の辺りまでありました。そして海のように青いまんまるなおめめに、マシュマロみたいな白いホッペにちいさなお口。おはなもちょっとちいさめです。

 ロップちゃんと呼ばれた女の子は、おばあちゃんから手渡されたジャック・オ・ランターンに、ペタペタとていねいに絵の具でピンク色をぬってゆきました。なんでピンク色にぬっているのかって? それはね、みんな似たような色だったら……きっとつまらないからです。

「ねーおばあちゃん」

 ふと、彼女はちいさな手を休めました。

「なんだい、ロップちゃん」

 おばあちゃんもしわしわの手を休めると、彼女に向き合って小首をかしげました。

「どうして十月三十一日には、カボチャでちょうちんを作るの?」

 すると、おばあちゃんはニッコリとほほえみながらいいました。

「いい質問だね。いいかい……」

 おばあちゃんはゆっくりとかみしめるように語り始めました。

 おばあちゃんはこのように彼女におしえてくれました。


十月三十一日は、『死者の日』であり、死者の霊がこの世に帰ってくる日です。その死者の霊の大半は、この世に生きている者たちのご先祖さまだったり、おじいちゃん、おばあちゃんだったりするわけだけど、たまに悪い霊もやってくるので、それを追い払うためにカボチャでちょうちんを作るんだという事でした。


 彼女は「ふうーん」と、大きくうなずきましたが、まだすっきりしないみたいでした。

「でもなんで、悪い霊を追い払うのにカボチャのちょうちんなの?」

 するとおばあちゃんは、ロップちゃんのホッペを両手で包み込んでいいました。

「聞きたいかい? そのわけを」

 そしておばあちゃんは、昔話を始めました。


 昔むかし。あるところに『けちんぼジャック』という男がおりました。その男は通り名の通り、とてもケチな男でした。あるときジャックは悪魔と出会い、その悪魔をまんまとだまして大もうけしました。その上、悪魔と契約した自分は何にも損をしなかったのです。  

でも彼は死んだあと、悪魔との契約のせいで、地獄の門をくぐれなくなり、明かりをともしたカブを持たされてえんえん暗い道をあるかされることになったのだそうです。

そのはなしを悪魔から聞き出した人間は、悪霊を追い払うときに、カブのちょうちんに見立てたカボチャのちょうちん(カブで作るのは難しい)をかざして、『悪いことをするとけちんぼジャックのようになるぞ』とおどすようになったのだとさ。


「へえー。そうなんだ」

 今日もこうしてロップちゃんはひとつお利口になったようです。

「そろそろ、おしまいにしようかね」

 おばあちゃんは、おめめがトロンとなったロップちゃんを見つめていいました。

「……うん」

 ロップちゃんは色をぬる道具を洗いに行きました。

 パレットや水差しをキュッキュッと洗っているお台所からは、街一番のお金持ちのおウチが見えました。そこは夜だというのにまるでお昼のような明るさで、四日後にひかえたハロウィンパーティーに備えて、子供たちと大人たちがいっしょに会場の飾り付けをしているらしいのです。

彼女もパーティーに出てみたいな、と思いましたが、いっしょにご近所を回るようなお友達もいないし、さびしいだけかな、とも思いました。

「あーあ。私もおともだちがほしいなー」

 そうなのです。彼女にはまだひとりのおともだちもいないのでした。

 彼女がお台所から帰ると、

「ロップちゃん。おててをだしてごらん」

 おばあちゃんがいいました。おばあちゃんは後ろ手で、何かかくしているようです。

「なぁに?」

 ロップちゃんはおててをそろえて前にだしました。するとおばあちゃんは、彼女のちいさなおててにチョンとなにかを置きました。

 おばあちゃんの手がはなれて彼女が見た物は、オレンジ色のポーチでした。そのポーチはカボチャの形をしていて、かわいらしいお顔がついていました。まるでハロウィンのジャック・オ・ランターンです。生地はとってもふわふわで、ぬいぐるみのようでした。

「コレは、おばあちゃんのお仕事を手伝ってくれたお礼だよ」

「うわぁ! かわいい! ありがとう!」

 ロップちゃんはあまりのうれしさに、その場で小躍りしました。おばあちゃんは、そんな彼女をやさしく抱きしめるといいました。

「いいかい。この『ハロウィンポーチ』はね、ハロウィンの日にご近所をまわってお菓子をもらったときに入れるための物なんだよ。でもね、それだけじゃあないんだよ」

 おばあちゃんは、彼女の肩にそっと手をおいて続けました。

「このポーチには、ある『おまじない』がかかっているのさ」

「『おまじない?』」

 ロップちゃんは小首をかしげると、オウムがえしにたずねました。

「そうおまじない。いつもコレをもっていれば、『おともだちができる』おまじないさね」

 もしそれが本当なら、なんてステキなポーチでしょう。ロップちゃんは思わず、おともだちができたら何をしようかな? と、わくわくしてしまいました。

 でも、と彼女はおもいます。そんな簡単におともだちってできるのかしら。ちいさな不安が彼女の胸の中をどんどん暗くしてしまいました。

「ホントにホント?」

 おばあちゃんは、彼女のちいさな不安を見逃しませんでした。

「ああ、本当だとも。てるてるボウズだって『あした天気にしておくれ』ってお願をかけてつくるものだろう? このポーチだって同じさ。『恥ずかしがりやさんの、ロップちゃんに、ステキなおともだちができますように』ってココロをこめて作ったのだからね」

 おばあちゃんはそういうと、彼女の肩にポーチの肩ヒモをかけてくれました。

「ありがとう。おばあちゃん。わたし信じてみるよ」

「おばあちゃんのおまじないは、つよいんだから、信じてごらん。さぁ、もう今日は遅いから休みましょうか」

「はぁい」

 ロップちゃんは、ちょっとだけ明日が楽しみになりました。


 翌朝。ハロウィンパーティーの五日前の二十六日のことです。その日は、元気なおひさまが北風を押しのけてなかなかポカポカの日でした。

「さあ、いってらっしゃい」

 おばあちゃんは、ロップちゃんにブラウンのコートを着せるといいました。

「えーっ。ひとりでお散歩はイヤぁ」

 でも当の本人はおばあちゃんのそでをつかんで放しません。するとおばあちゃんは、そのおててをにぎってやさしくいいました。

「いいかい。いっつも大人といっしょにいると、子どもは近寄りにくいものさね。だって大人に向かってごあいさつができないといけないからね」

 でも、彼女はまだそのちいさなおててをはなしません。

「あなただって、公園で家族と遊んでいる子には声をかけづらいでしょう? それとおんなじさ。ともだちを作るのも一つの冒険さね。でも、あなたには『ハロウィンポーチ』がついているわ。ひとりじゃないわよ」

 ロップちゃんは、腰の辺りのポーチを手に取って見つめました。カボチャのポーチは、今日もやさしい笑顔で彼女を見つめ返しています。そうだわ。私、おばあちゃんの『おまじない』を信じてみるっていったものね。彼女はそう思うと、キュッとつかんでいたそでをはなしました。

 おばあちゃんはそんな彼女を見つめて、うれしそうにほほえむと、ロップちゃんの肩を抱いていいました。

「人間が生きていくって事は、いつでも『勇気』が必要なのさ。それは、ちっぽけでいい。『勇気』をだせれば、必ず神さまも助けてくれるからね。きっと、きっとうまくゆくわ」

 ロップちゃんは小さくうなずきました。でも彼女の瞳には昨日までとはちがう、輝きに満ちていました。

 ロップちゃんは、よぉし、と思ってひとりでお玄関の扉を開きました。見なれた景色のはずなのに、なにか新世界のような感じで、ドキドキしました。それでも陽気はやさしく彼女をおそとへ誘っているようでした。道のはずれでは、小鳥たちがチチ、チチとおしゃべりしながら追いかけっこしていました。そのほかにはアリさんが、最後の冬ごもりの準備のためなのか、みんなで大きな何かをワッセワッセと運んでおりました。そして青空は高く高くすみ渡り、まるで天の国までつながっているかのようで、彼女を大いに勇気付けました。

「お昼には、帰ってきなさいね」

「はあぁーい!」

 小さく手を振るおばあちゃんに、ロップちゃんは大きく手をふりました。

 公園に行ってみたら誰かいるかな。いればうれしいような、いなければほっとするような変な感じでした。

 はたして、公園に着いてみると、だぁれもいませんでした。ロップちゃんは、ほっとした反面、やはりざんねんなキモチになりました。

「ふぅ」

 公園のベンチに座ってため息、ひとつ。

 やがて、三人の同い年くらいの男の子がやってきて、お砂場で遊び始めました。

「はぁ~あ」

 しばらくすると、二人の女の子がやってきて、なかよくブランコで遊び始めました。

「はぁ……」

 それはロップちゃんが、三度目のため息をついたときでした。

「まあカワイイ!」

「きゃっ!」

 ロップちゃんは、自分のとなりに誰か立っているなんて気づきませんでしたから、とてもびっくりしました。あんまりびっくりしたのでベンチからぴょこんと飛び上がったほどです。

「あらあら、おどろかせてしまいましたわね。ごめんあそばせ。許してね」

 そう言って、かわいらしくウインクしているのは、自分より、五歳くらい年上の女の子でした。

ゆるやかにウエーブのかかったミドルロングのブロンドヘアに、まるで宝石のように光沢のある青い瞳。吸い込まれそうなほどに黒いコートと、そして雪のように上品な白いふわりとしたドレスと、それよりももっと白い、シルクのようなお肌が印象的でした。ロップちゃんがおめめをぱちくりしていると、彼女はつづけました。

「急に話しかけたりしてごめんなさいね。でも、あなたのカボチャさんのぬいぐるみがあんまりにもかわいかったから、つい気になったの。わたくしの名まえは、シンシア。あなたは?」

「ろ、ロップ」

 急にお名まえを聞かれたので、彼女はあせってしまいました。

「あら、かわいらしいお名まえなのね」

 せっかくほめられているのに、ロップちゃんはうつむいてだまってしまいました。いけない、とは思うものの、どきどきして言葉が思いつきません。

 ごめん! 

 ロップちゃんは、シンシアという女の子をその場に残して、おウチに逃げ帰ってしまいました。


「はあ、悪いことしちゃったなぁ」

 ロップちゃんはベッドの上にうつぶせになって、あんよをぱたぱたさせながらつぶやきました。

「ロップちゃん! 晩ゴハンですよ」

「……はーい」

 おばあちゃんに呼ばれて、彼女はスリッパをパタパタならして食卓へ向かいました。

「いただきまーす」

 彼女がクリームシチューを口に運ぶと、おばあちゃんはやさしくたずねました。

「今日は、どうだった?」

 ロップちゃんはうつむいてしまいました。

「ダメな日だってあるさ。気にしない、きにしない」

「ちがうの……」

 彼女はうつむいたままいいました。

「よかったら、おばあちゃんに話してごらん」

「うん」

 彼女は話す決心をしました。今日、公園でシンシアという女の子に声をかけられた事。ポーチをほめられた事。お名まえをかわいいといわれた事。でも何にもいえなくて逃げてきた事。だからもうしわけなく思っている事。全部、おばあちゃんに話しました。

「そうかい。それは気になるねぇ」

 おばあちゃんは、目を閉じていいました。

「どうしよう」

 ロップちゃんは不安そうにたずねました。

「あやまりたいのかい?」

「うん。でも、わたし口下手だし、また何にもいえなくなったらどうしよう」

「お手紙を書いてもっていったらどうかしら?」

「お手紙?」

 ロップちゃんはもう一さじスプーンですくうといいました。

「そう。お手紙。もし、なんにもいえなくなったら、すぐに渡せるようにもっておくのさ」

 すると、彼女の顔がパッと明るくなりました。

「いいね、それ」

「ようし。じゃあ、ゴハンをたべたら一緒にお手紙をかこうね」

「うん!」

 お手紙なら、『ごめんね』も『うれしかったよ』もつたえられる。それに、『おともだちになってください』もつたえられる。お手紙ってなんてステキなんでしょう。


──シンシアへ


 きのうは、なんにもいえなくてにげだしてゴメンなさい。わたしは、はずかしがりやさんなので、あまりおしゃべりは得意ではないのです。

 でも、ポーチのこと、おなまえのこと、ほめられてとってもうれしかったよ。

 できたら、おともだちになってください。


         ロップ より ──


 翌日の二十七日。今日もおそとはいい天気です。

 今日、また公園にいったら、シンシアに会えるかしら。そんな不安はありましたが、会えなければ、会えるまで毎日公園に行こうと思いました。


 公園に着いて、ベンチにこしかけると、ロップちゃんはシンシアが来るのを待ちました。

 彼女が待っていると、二人のちいさな男の子が公園にやってきて、すべり台で遊び始めました。

 もうしばらくすると、おなじくらいちいさな二人の女の子がやってきて、土ダンゴをつくりはじめました。

 それからもうしばらくたった頃のことです。

「あら、また会えてよかったわ」

 この声は……ロップちゃんがふり向くと、そこにはシンシアが立っていました。

「昨日は急に声をかけて本当ににゴメンナサイね。ビックリなさったでしょう?」

 ロップちゃんは、一応どうおしゃべりするか考えてきたはずなのですが、ノドの奥がつまってなぜか話せません。だからしかたなく、首を横にふりました。そして、用意してきたお手紙を彼女に渡しました。

 シンシアは、お手紙を受け取ると、

「今、ここでよんでもよろしいの?」

 とたずねました。

「……うん……」

 今ここでよんでくれたほうがうれしいです。

 シンシアはお手紙を読み終わると、それをていねいに折りたたんでポケットにしまいました。

「もちろん、よろこんでおともだちになりましょう。よろしくね。ロップちゃん」

 彼女はロップちゃんのおててをとってあくしゅしました。

 ロップちゃんは、とってもほっとしました。

 ロップちゃんは、せっかくだからじまんのポーチをちゃんと見せてあげようと思い、ポーチのおカオをみせてあげました。

「まあ、なんということでしょう。ただのカボチャさんではなくって、まるでハロウィンのジャック・オ・ランターンだわ。それによく見るとこの子、ポーチになっているのね。なんてステキなんでしょう」

 あんまりほめられるものだから、ロップちゃんはすっかりくすぐったいキモチになりました。

 ポーチをいろんな方向から見回すと、彼女は目を輝かせていいました。

「この子は、いったいどちらでお求めになったの?」

「『おもとめ』?」

言葉の意味が分からずに、聞き返します。

「ああ、どちらでお買い上げになったの? という意味でしてよ」

 目の前の上品な女の子はいいました。

「……あのね、コレはね、買ったんじゃなくてね、おばあちゃんにね、作ってもらったの」

「まあ、ステキなおばちゃまがいらっしゃること。わたくし、うらやましいわ」

「えへへ」

 ロップちゃんは、いつのまにか緊張がとけてニコニコになっていました。

「あなたは、どこの子なのかしら?」

 シンシアは、ちょっとだけ首をかしげながらたずねました。

「あのね、あの、屋根にカボチャが乗っかっているおウチに住んでるの」

 ロップちゃんはおウチの方を指差しながらいいました。

「まあ、住んでいるおウチまでかわいいのね。ぜひ、行ってみたいわ」

「うん、いいよ。おばあちゃんにも会わせてあげる」

 ロップちゃんは、シンシアのおててを引いて、おウチに向かいました。

 彼女たちが、ハロウィン堂の扉をあけると、おばあちゃんがちょうどジャック・オ・ランターンを彫っているところでした。おばあちゃんは、彼女たちの姿を確認すると、すぐに立ち上がって、ニッコリとほほえみました。

「おかえり、ロップ。そしてはじめましてかわいいお客さま」

「ただいま。おばあちゃん」

「はじめてお目にかかります。シンシア・クラメゾン・ブライ・フォードと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 シンシアは、お玄関をくぐるなりスカートのすそを持ち上げて、折り目正しくきちんとあいさつしました。これにはおばあちゃんもおどろきました。

「よほど育ちのいい子なのですね。せまくてうすよごれた所だけれど、ゆっくりしていってくださいね」

 おばあちゃんは、少し申し分けなさそうにいいましたが、シンシアは瞳を輝かせていいました。

「とんでもない。こんなステキなモノがたくさんあるお店はそうはありませんわ。物語がたくさん詰まっていそうなんですもの。うらやましいかぎりですわ」

「ありがとう。このお店を気に入ってくれてうれしいわ。いつでも遊びにいらっしゃいな」

「はい。では、お言葉にあまえさせていただきます」

 おばあちゃんが作業場に戻ると、シンシアはロップちゃんの手をひいて、店の中のありとあらゆるものについて質問しました。大抵、ロップちゃんが答えになやんでいると、シンシアがロマンテックな物語を作っては二人であこがれたりしました。

「ココのお店の雑貨やオモチャたちは、あなたたちが寝静まった頃に起きだして、トンテンカンテンお仕事をするの。翌朝、おばあちゃんが仕事場に来ると、作りかけだった小物が、もう完成していたりするわけ。おばあちゃんは、それを知っているから、彼らにお洋服や帽子や靴なんかお作っては、プレゼントしているのよ。きっと」

 もし、シンシアのいう通りなら、どんなににぎやかなことでしょう。ココにいる雑貨やお人形のひとつひとつにちゃんとたましいがあって、おしゃべりできたなら、なんてステキでしょう。

「今度、夜中にこっそり見に来ようかな?」

「だめよぅ。彼らは人間に見られないように気をつけているから、たちまち、動かなくなってしまうわ。そしたら、おばあちゃんが困るでしょう?」

「そっか。そうだよね」

 なんか、シンシアのお話をきいていたら、自分がとてもステキなところに住んでいるような気がしてきました。

 シンシアは夢見るような表情で、店の中をぐるりとひとまわりもふたまわりもすると、おばあちゃんの作業場の近くで、色とりどりのジャック・オ・ランターンを見つけました。

「ねえ、みて。この子たち、とってもカラフルですわよ」

「赤いのと、青いのと、ピンク色のはわたしが色をぬったの」

 ロップちゃんは照れくさそうにいいました。

「まあ、あなたが? とってもお上手」

 その会話を奥できいていたおばあちゃんはいいました。

「よかったら、お近づきの印に一つプレゼントしようかね。もちろん、ウチのロップとのお近づきの印に、ね」

「わぁ、よろしいんですの? では、お言葉に甘えて……こちらを頂きますわ」

 彼女は、ピンク色のカボチャを抱き抱えました。ロップちゃんは、自分の手がけたものが、シンシアのおウチに飾られると思うと、うれしくなりました。

 こんな感じで、たのしい時間が過ぎ、お昼の鐘が街中に響き渡りました。

「大した物は出せないけれど、お昼を食べて行くかい?」

 おばあちゃんは、手を洗いながらいいました。

「お気づかいありがとう存じます。でも、おウチの者に、お昼には帰るように厳しく申しつけられておりますので、せっかくですけれど、おいとまさせていただきますわ」

 シンシアは、ちょっとざんねんそうに、そういいました。

「わたくし、おウチでお待ちしているから、後でぜひ、いらっしゃいまし」

「うん。行く。でも、どのおウチなの?」

 すると彼女がお外に出たので、ロップちゃんはついて行きました。

「あれよ。ちょうどここから見えてよかったわ」

 それはそう、ロップちゃん家の台所から見える、街で一番大きなお屋敷でした。

「シンシアって、まさかあのお屋敷の子なの?」

「ええ、そうよ」

 やけに上品で大人びた子だとは思っておりましたが、まさかいつも台所からながめているお屋敷の子だったなんてびっくりです。

「では、お昼をすませたら、ゆっくりいらっしゃいな。わたくしは、お部屋の飾りつけをつくりながらお待ちしておりますわ」

 彼女は、お玄関先のロップちゃんとおばあちゃんに何度も何度も手を振ると、ピンクのカボチャを抱えて帰って行きました。

 その後のロップちゃんは、それこそ風のような速さでお台所に行くと、素早くていねいに石鹸でおててを洗いました。いつもは、おばあちゃんに注意されなければ忘れているようなことなのにね。そしてすぐさま食卓につくと、急いでまえかけを首に巻きつけました。

「おばあちゃん。早くごはん。早くごはん」

「はいはい、そんなにせかされなくともがんばりますとも」

 楽しい予定が入って、ロップちゃんはそわそわしました。予定までの時間でさえも楽しくなっちゃいました。イスの下のあんよもパタパタして止まりません。

 ほどなくして、おばあちゃんは大きなお皿に、大きなホットケーキを乗せて食卓にやってきました。それをナイフとフォークで切り分けると、ちいさなお皿に盛り付けました。

「さあ、召し上がれ」

「いただきまーす! はむはむはむはむ」

「これこれ、そんなにあせって食べたら、ノドにつまりますよ」

 いつもはミルクがキライなはずなのに、今日はホットケーキといっしょにみるみるなくなってゆきました。

「ごちそうさまでしたー!」

 彼女は自分の皿をカラにすると、台所までまた風のように走って行きました。

「コレッ! フォークをもって走ったら危ないでしょ!」

「ご、ごめんなさーい」

 おばあちゃんって、いつもはやさしいのだけれど、イケないことや危ないことに関してはとても厳しいのです。

彼女のウチでは実は、おばあちゃんが彼女のお父さんでもあり、お母さんでもあるのです。彼女の両親は早くに亡くなっていて、いませんでした。でも彼女はちっとも寂しくなんかありませんでした。なによりおばあちゃんがいるし、それにお父さんやお母さんもきっと天国から自分の事を見守ってくれているからです。

 ロップちゃんは背伸びして、台所の水の張ったボールにお皿とフォークをちゃぷんすると、

「い、いってきまーす!」

「これこれ、食べてすぐに動くと、お腹がいたくなりますよ。それにあなた、お外に出るのにまえかけをつけて出るのかい?」

「や~ん」

 ロップちゃんはお顔を真っ赤にして戻ると、まえかけをはずしました。

「よぉし、こんどこそ」

「おまちなさい」

「えぇ~っ。今度はなぁに?」

 ぷぅっとふくれている彼女に、おばあちゃんはさとすようにいいました。

「シンシアだって、ご飯をたべているだろうさ。ひとさまのおウチに行くんだったら、その辺のこともしっかり考えていかないとね」

「じゃあ、何時? 何時だったら行っていいの?」

「そうさねぇ、一時ならいいんじゃないかい?」

「一時ね。よーし」

 ロップちゃんはイスに座ると、「チクタクチクタク」といいながら、あんよをぷらぷらさせました。早く、早く、もっと早く。時計の短い針さんガンバレ、と応援しながらです。

待つことしばし。

 カタン パッポ パタム

 ハト時計のおウチが一度開いて、ちいさなハトがひとつ鳴くと、カチッと一時になりました。

「いってきまーす!」

「カラスがお山に帰るころには帰ってきなさいね」

 後ろでおばあちゃんが心配そうにいいました。

「はぁーい」

 ロップちゃんは、元気なお返事を残して、シンシアのおウチへでかけてゆきました。


 シンシアのおウチの前で、彼女は待っていてくれました。

「さあ、どうぞ」

「……おじゃまします」

 ロップちゃんは、彼女の後ろについてお屋敷の中に入って行きました。

「うひゃあ」

 外から見たときもスゴイとは思って降りましたが、なんとスゴイ事でしょう。天井には、まるで宝石のたばのようなシャンデリア。ろうかには銀色ピカピカな甲冑(よろいのこと)。そして床には真っ赤でふさふさなじゅうたんがしきつめられておりました。

「こっちですわ」

 どのくらい歩いたのでしょうか。こんなに広かったら、おトイレに行くまでにもらしてしまうのでは、とか思いながらロップちゃんは彼女について行きました。

 ようやくたどりついたのは、大きな扉のまえでした。そしてその扉をひらくと、大きな大きな部屋がひろがっておりました。どのくらい大きいかって? ロップちゃんのおウチがまるまる十個はいるくらいの大きさです。

 そしてそこには、たくさんの子どもたちがおりました。この街のほとんどの子どもが集まっているんじゃないかと思うくらいの人数です。それでも、いちばん年下でロップちゃんとおなじくらいです。

「パーティーはこのお部屋でするの。まずは大人の方に手伝ってもらって、当日の衣装をつくるの。もちろんオバケとか魔法使いとか怪物とかの、ね」

「へえー」

「それが作り終わったひとから、会場作り、お部屋の飾りを作ってもらうの。当日の前の日くらいまでにできる計画でしてよ」

「ふーん。すごいね」

「最後にお料理やデザートを作るの」

「うひゃあ、ごうかだねぇ」

 ロップちゃんが感心していると、後ろから声をかけられました。

「あーら、新しいおともだちかしら?」

 ロップちゃんがふり向くと、白っぽいドレスに身を包んだ、にこやかな女のひとが立っておりました。ゆるやかにウエーブのかかったミドルロングのブロンドヘアに、宝石のように光沢のある青い瞳。そしてシルクのような白いお肌。まるで、シンシアをそのまま大人にしたようなくらい似ていました。

「シンシアの母のアディリシアともうします。よろしくね」

 似ているとおもったら、やっぱりシンシアのお母さんでした。

「……はい……」

 ロップちゃんはただ小さく返事をするだけで、何にもいえません。そしたらシンシアが助けてくれました。

「この子はロップちゃん。屋根に大きなカボチャの乗っかったステキな雑貨屋さんの子ですの。でも、ちょっとはずかしがり屋さんだから、うまくおしゃべりできないの。悪い子じゃないからよろしくね。お母様」

「ふふふ、おいしそうなホッペですこと」

 シンシアのお母さんは、おもわずロップちゃんのホッペをプニプニしました。

 それでも、ロップちゃんは小さくうなずくことしかできませんでした。

 お部屋の中には大人も子どももたくさんいました。

「こんなにたくさんのひととおしゃべりできないよ……」

 ロップちゃんの不安は大きくなる一方です。それでもシンシアは明るくいいました。

「別にムリして全員となかよくしようとする必要はないわ。わたくしと、あとひとりとなかよくできればいいのではないかしら」

 彼女はそういうと、ロップちゃんを部屋のすみの方に連れて行きました。

 そこには、ちょっと背が小さめの女の子がお母さんらしきひとといっしょに床に座って、チクチクと衣装を作っていました。どうやら森の精霊の衣装のようでした。

 女の子の方は、さらさらのライトブラウンのショートストレートヘアに、まつげが長くてきれいなおめめ。背が小さいのでおてても指もちいさめです。

 お母さんらしきひとは、女の子によく似ていて、さらさらのライトブラウンヘアに、まつげが長くてきれいな目をして、背が高めなので指もすっと長い感じでした。

「エルミン。ちょっとよろしいかしら?」

 シンシアにエルミンと呼ばれた女の子はちょっとビックリしてふり向きました。でも、ロップちゃんを見ると、すぐにうつむいてしまいました。

「しょうかいいたしますわ。この子はエルミーナ。みんなはエルミンってよんでますわ。そしてそのおとなりがエルミンのお母さんよ。よろしくね」

 エルミンはちょっとだけロップちゃんをみるともじもじして、またうつむいてしまいました。ロップちゃんは、なんか自分と同じような子だったので、なんだか少しほっとしました。

「ごめんなさいね、ウチの子ったらはずかしがり屋さんだからおしゃべりできなくて」

 ロップちゃんはすぐに「ううん」と首をふりました。ほんとは、『なかよくしようね』といいたかったけれど、やはりノドの奥になにかつまっているかのようでいいだせませんでした。

「そしてこちらがロップちゃん。えーとそれは本名そのものかしら?」

「……ううん。ホントはね、ロファニーニュ……」

「まあ、キュートなお名まえなのね」

 エルミンのお母さんはいいました。

 ロップちゃんには、おばあちゃんがついてきてくれてなかったので、エルミンのお母さんが彼女の要望を聞いて、布に裁断の印を書いてくれました。ロップちゃんは、近所をまわって歩くときにすっぽり姿が隠れるようにシーツに穴を開けるタイプのオバケを選びました。

 エルミンのお母さんは、エルミンの手伝いをしながら、ロップちゃんの手伝いもしてくれました。ロップちゃんは、彼女の書いてくれた切り取り線をたどたどしく切って行きました。そしたら今度は穴の開いた所がボサボサにならないように、しっかりと別の布をぬうようにおしえてもらいました。

「針を指に刺さないように、気をつけてゆっくり、ゆっくりね」

 エルミンのお母さんはやさしくぬいものをおしえてくれました。糸には玉止めを作ってくれました。おかげで今日は右うでの穴の部分がなんとか仕上がりました。

ロップちゃんは、明日の朝また来る約束をして、カラスがお山に帰る頃におウチに帰りました。


 もう少しでまんまるになるお月さまが、遠くのお山の上に浮かんだ頃、ロップちゃんとおばあちゃんは、夕食を済ませておふろにはいりました。

ロップちゃんは、おばあちゃんに体を洗ってもらいながらいいました。

「おばあちゃんは、シンシアのおウチに来られないの?」

「うーん。ごめんね、お店にジャック・オ・ランターンを買いに来るひとがまだいるかもしれないから、お店はあけられないんだよ」

「そっかー。ざんねんだわ。楽しいのに」

「それはざんねんだわ。でもおばあちゃんのぶんまで楽しんでおいで」

 おばあちゃんは、彼女にそっとお湯をかけながらいいました。そして彼女をダッコして湯船につかりました。

「それにしても、おばあちゃんの『おまじない』ってすごいんだね。ホントにおともだちができちゃったよ」

「本当によかったわねぇ。ポーチにありがとうをいわないといけないね」

「うん」

 元気にうなずく彼女を見て、おばあちゃんはとてもうれしく思いました。 

「あ~つ~い~。あ~が~るぅ~」

 まだそんなにつかっていないのに、ロップちゃんはもう上がろうとしています。

「今つかったばかりでしょう。まだあがってはいけませんよ」

 湯船からあがろうとするロップちゃんをおばあちゃんはやさしく捕まえました。

「やーん」

「じゃあ、お歌を三回うたったらあがってもいいことにしようかね」

「お歌でいいのね」

 彼女のいつものマシュマロホッペは、もうリンゴのように真っ赤でホヤホヤです。

「いいかい。それじゃあいっしょに歌おうね」

「は~や~く~」

「さん、はい」

♪ロップちゃんはね

♪ロファニーニュっていうんだホントはね

♪だーけーど ちっちゃいから

♪自分のことロップちゃんってよーぶんだよ

♪カワイイね ロップちゃん


  その夜。ロップちゃんはぐっすりとねむりました。時々、くすくすと楽しそうに笑っています。おばあちゃんはそれを見て、とってもとっても、とってもうれしく思いました。

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