「もう、シンシアのわからず屋……」
夜のやみでカガミのようになった窓ガラスには、泣き顔の少女がうつっていました。
ロップちゃんの視線の先には小高い丘があって、そこには立派なお屋敷が建っていました。二階建てのそのお屋敷からは、やわらかい光があふれていました。
もう早いもので十月二十九日。この街に住む子供たちはみな、街で一番のお金持ちのシンシアのおウチに集まって、あさってのハロウィンパーティーの準備をしているのです。ロップちゃんも今朝シンシアのウチを訪ねてみたのですが『約束をやぶるひとはおともだちじゃない』と、シンシアにお玄関口で追い返され、泣きながら帰ってきたのでした。
「もう、シンシアとは、なかよしに戻れないのかな……」
そっとつぶやきました。そしてまた涙がほおをぬらしました。
彼女はパフッとベッドに寝そべると、マクラもとの小さなポーチに話しかけました。
「ゴメンね。私、今年もハロウィンパーティーには行けないよ……」
ポーチはいつもと変わらぬやさしい表情で彼女を見つめていました。
「ロップちゃん、ゴハンですよ。ペロなんかもうおなかペコペコで待っていますよ」
となりの部屋でおばあちゃんが呼んでいます。
「はぁい」
ロップちゃんはぐしぐしと涙をぬぐうと、寝室を出て、食卓に向かいました。
ロップちゃんが席に着くと、おばあちゃんは抱えていた白い子猫を床にパッとはなしました。ペロは部屋の隅まで飛んで行くとミルク皿をペチペチとせわしなくなめ始めました
「今年こそおともだちといっしょに、ハロウィンパーティーでお菓子をもらえるといいね。来年の小学校も楽しくなるね」
おばあちゃんはちょっと首をかしげながら彼女に問いかけます。彼女は、小さな丸メガネをかけた白髪のおばあちゃんから目を反らしてうつむいてしまいました。
ロップちゃんは、カボチャの煮つけをくずしながらおばあちゃんを見つめました。
いえない。いえないよ。シンシアからきらわれたなんて。しかも、自分が約束をやぶったと思われているなんて。せっかく『おともだちができる』ポーチを作ってもらったのに、台無しじゃないの。きっと、おばあちゃんも悲しむわ。
ですが、かわいい孫娘の涙のあとを見逃すようなおばあちゃんではありません。
「何か悲しいことでもあったのかい? おめめが真っ赤ですよ」
「な、なんでもないよ」
ロップちゃんはあわててしまいました。そしてだんまりを決め込んでしまいました。すると、おばあちゃんはゆっくりと語り始めました。
「いいかい、ロップちゃん。おばあちゃんはね、あなたが悲しんでいると悲しいの。でも、もっと悲しいのはね、あなたがおばあちゃんになんにもなやみやツラさを打ち明けてくれない時なんだよ」
どんなにかくしても、おばあちゃんには自分がなやんでいて、ツラいという事がわかっているようでした。だったらいってしまおう、と彼女はおもいました。
「おこらないで、最後まできいてくれる?」
「ええ、もちろんだとも」
おばあちゃんはおちゃめにウインクしました。
だから、ロップちゃんは全てをはなしました。
シンシアは誰とでもきちんとあいさつのできる子だという事。でも、シンシアはロバートの事をあまり良く思ってないという事。だから、シンシアと『ロバートとなかよくしたらぜっこう』という約束をした事。そしてペロのおかげでロバートとの出会った事。ロバートはシンシアのいうような『らんぼう者でイジワル』じゃなかったこと。そして彼とのおしゃべりをシンシアに見られて、『ぜっこう』されたこと……。あと、それからエルミンが『シンシアはたぶんロバート君の事スキなんではないか』っていってた事。
おばあちゃんはおどろかず、決しておこらずに静かにうなずきながら、だまってきいてくれました。ロップちゃんがたどたどしく全てをはなし終えると、おばあちゃんは彼女のホッペをハンカチでそっとふいてあげました。
「それは、つらかったね。かなしかったね。でも、よくはなしてくれたね」
ロップちゃんは大粒の涙をこぼしながら、「せっかくのおばあちゃんの『おなじない』を台無しにしちゃって、ゴメンね」といいました。
「おともだちだってケンカはするさ。しかたないよ」
おばあちゃんはやさしくいい聞かせました。
「それにしても、はじめてできたおともだちで、むずかしい問題にぶつかってしまったのね。でも、大丈夫よ」
おばあちゃんは、彼女のおててをにぎっていいました。
「じゃあ、あなたのお話を確認するわね」
「うん」
「シンシアは、誰とでもあいさつのできる立派な子なのよね?」
「うん」
「でも、ロバートのことは良くおもっていないみたいで、あいさつをしなかったのね?」
「うん」
「でも、実際にあなたがロバートにあったら、彼は彼女のいうような悪い子ではなかったのよね?」
「うん」
「それじゃあシンシアは、ロバートはいいひとなのに悪いひとだと『ウソ』をついているのよね?」
「うん。ってアレ?」
今まで、おばあちゃんの問いかけにうなずいてきたロップちゃんでしたが、いつしか話がちがう方向にいっている事に気がつきました。
「シンシアはうそつきじゃないもん! どうしてわたしにウソをつくのよ!」
たとえ『ぜっこう』されても、ロップちゃんがシンシアの事をキライになったわけではありません。彼女はホッペをプンプンにしておこりました。
「なぜウソをつくかおしえてあげようか?」
おばあちゃんは、そんな彼女をやさしくみつめていいました。
「それは、あなたが『女の子』だからさ」
「んん? なんでそうなるの?」
さあ、ロップちゃんはなやんでしまいました。
「おばあちゃんは、あなたのいうことを全部信じているわ。その上で、おばあちゃんの考えをきいてくれるかい?」
「うん」
おばあちゃんは、彼女の両方のおててを両手で包み込むといいました。
「いいかい。シンシアはね、やっぱりロバートの事が『スキ』なんだよ。大きくなったら、およめさんになりたいと思うくらいにね。だから他の女の子には、彼の根も葉もない悪口を吹き込んで、よせつけまいとしているのさ」
「へえー。そうだったんだ。でも、シンシアは道で出会ったひとにはあいさつするのに、ロバート君にだけはしないよ。やっぱりキライなんじゃないの?」
ロップちゃんの問いかけに、おばあちゃんはにんまりほほえむといいました。
「スキでスキでたまらなくスキだと、ムネがドキドキしてなんにもいえなくなる。人間ていうのはそんなものさね。そして恋もまたしかり、さ。でもロップちゃんには、まだむずかしいかしらね」
「『コイ』ってなぁに?」
ロップちゃんは小首をかしげました。
「かんたんにいうとね、男の子が女の子を、女の子が男の子をスキになる事かしらね」
「ふぅーん」
『スキ』っていむずかしいな、と彼女は思いました。世界中が、『コイ』でいっぱいになれば、ケンカも増えるのでしょうか?
だったら『コイ』なんてなくてもいい。みんなをスキになることはできないものなのでしょうか? ロップちゃんは首をかしげます。
「シンシアはね、きっとそのウソのせいで、せっかくのおともだちをずいぶんなくしていると思うわ。だから、そのウソを早くやめさせて、早くシアワセにしてあげないといけないね」
「どうするの? だって『ウソじゃないもん』っていわれたらどうするの?」
ロップちゃんは、下くちびるを突き出していいました。すると、おばあちゃんはフフフと小さくわらって、
「『ウソをやめられないひとを正直にするまほう』をおしえてあげようか?」
と、便箋と封筒をとりだしました。
「会いに行っても門前払いなら、お手紙にして届ければいいのさ。そしてその内容はね……」
おばあちゃんは、ロップちゃんに羽ペンを持たせると、「おばあちゃんがいった通りに書くんだよ」といって、語り始めました。
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親愛なるシンシアさま。
このまえは、理由はあっても『約束』をやぶるような事をしてしまって、『約束』をやぶったと思われるような事をしてしまって、本当にゴメンナサイ。
わたしも、ロバート君って本当に『らんぼう者でイジワル』だという事を、あのあとで知ることになりました。だって、ちいさな子からお菓子を取り上げたり、農家のひとが大事に育てた果物を勝手に取って食べたり、あげくの果てには、ボール遊びをして、ガラスを割ってしまったときに、平気でひとのせいにしてしまうようなひとなのだそうですね。おまけに、気に食わないことがあるとすぐにカッとなって物を壊したり、ひとを傷つけたりするらしいですね。
そんなひとに、少しでもいいひとだな、と思ったわたしがまちがっていました。シンシアのいう通りです。あんな子のおよめさんになりたいなんていう女の子がいるなら、ぜひ見てみたいですね。
もう、あんなヒドイ子とは、口も聞きませんので、どうかわたしとなかなおりしてください。おねがいします。
いつまでも、シンシアの事が大スキな
ロファニーニュ より──
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「ええーっ。こんなウソのお手紙いやぁよ」
彼女は口をとがらせていいました。
「まあ、彼女が本当にロバート君の事がキライなら、これであやまったことになるし、もし、おばあちゃんのいうとおりなら、きっといつか『ちがうわ!』って答えがかえってくるさ」
「ほんとかなぁ」
「ウソをつくということはね、そのウソを守るためにまたウソをつかなければならなくなるものさ。だけど、いつか自分のつくったウソの中に、ごまかしきれない本当のココロが現れてしまう。ウソとはいつかほころぶもの。早く彼女のウソの仮面を脱がしてあげましょうね。じゃないと一番ツライのはシンシアだからね」
「なかなおりはしたいけど、悪くないひとを悪くいうのはやっぱりイヤだな」
ロップちゃんは、お手紙を封筒に入れるのをまだためらっています。
「ウソとウソでおあいこさね。それにこのウソはあなたとシンシアだけのヒミツのウソだから、大丈夫。そして、『ちがう!』っていいにきた彼女にね……」
おばあちゃんは、ロップちゃんにとっておきのシンシアための『正直者のまほう』を伝授したのでした。
ロップちゃんは、お手紙を封筒に詰めると、ノリで封筒の口をとめました。そしてバッテンをかきました。これを明日の朝一番にシンシアのウチのポストにポンしてくればいいのです。待っててね、シンシア。あなたのヒミツのウソを壊して、シアワセなヒミツに変えてあげるからね。ロップちゃんは、そんなキモチで丘の上のお屋敷をみつめました。
十月三十日。ハロウィンパーティー前日になりました。今日は朝からおひさまピカーンのいい天気です。ロップちゃんはおばあちゃんと朝、いっしょに早起きして、シンシアのおウチのポストにお手紙をポンしてきました。
「ホントにうまくいくかなぁ」
ロップちゃんはおばあちゃんを見上げました。
「大丈夫。きっとうまくいくわ。どれ、明日ちいさなオバケたちにイタズラされないように、お菓子でも作ろうかね。ロップちゃんも手伝ってくれるかい? もしかしたら、シンシアにごちそうできるかもしれないよ?」
おばあちゃんはやさしくいいました。
「うん」
ロップちゃんは瞳を輝かせていいました。
♪さてはて、なにができるかな?
♪サテハテ、ナニガデキルカナ?
おばあちゃんは歌をうたいながら、軽やかに準備をはじめました。
♪薄力粉。コーンスターチ。ベーキングパウダーにペーキングソーダ。四人はなかよしおともだち。
♪お塩にシナモン、ナツメグちゃん。グラニュー糖もご近所さん。いつもおはよう、こんばんは。
♪粉のなかまがそろったら、ふるいにかけて雪にしよう。はい!
おばあちゃんは粉の混ざりあったこし器をロップちゃんに渡しました。ロップちゃんはふるいをとんとんして、下のボールに降らせました。
♪はい、とんとんトントン雪が降る。
♪はい、どんどんどんどん降り積もる。
その間におばあちゃんは次の準備をしてしまいました。
♪ミルクにレモンをしぼったら、
♪タマゴとバターもクルクルリン。
♪雪の平原穴あけて、
♪きいろの湖つくりましょう。
♪さあ、内側クルクルうずまきだ、はい!
おばあちゃんは、ロップちゃんにゴムのヘラを渡しました。ロップちゃんは、粉ときいろの液体が混ざるように、内側からかき回しました。
♪生地がほどよくかたくなりゃ、
♪あとはコネコネペッタンコ。はい!
そしてロップちゃんが生地をコネコネしている間に、台の上に打ち粉をシャラランとまぶしました。そしてロップちゃんがコネコネした生地を受け取って、その上でよく練り上げました。
♪めん棒とりだし生地のばし、
♪そのままひやして十五分。
「十五分?」
ロップちゃんは聞き返しました。
♪待つのも時には大切さ。
♪それまでみなさんきゅうけいさ。
うたい終わったおばあちゃんは、お鍋に油をいれて火にかけました。
「いいかい。これからお鍋が熱くなるから決して近づいてはいけないよ」
「はあーい」
♪実は朝からおばあちゃん、
♪生地を冷やしておいたのさ。
♪ほどよく固い生地だして、
♪まあるい型をとりましょう。はい!
おばあちゃんは、あらかじめ冷やしておいた生地を取り出すと、台の上において、ロップちゃんにまあるい型を渡しました。
♪まあるい型をとったらば、
♪真ん中に穴をあけとくれ。
「あーっ。やっと分かったわ! ドーナッツね」
ロップちゃんは真ん中に穴のあいたまあるい生地をつまんでいいました。そんな彼女におばあちゃんはかわいくウインクすると、
♪あとはじゅわっと揚げるだけ。
じゃわじゃわじゃわ
♪最後の仕上げは、グラニュー糖。
♪これで完成、できあがり。
ロップちゃんは、くりぬいて余った生地をもう一度集めて、またまあるい型をぬきました。
「ねえ、おばあちゃん……」
「なんだい?」
「一つだけ、食べてもいい?」
彼女はだめでもともと、上目使いにたずねました。するとおばあゃんは、にっこりして、「いいわよ。ちゃんとおいしくできているか味見するのも、おいしい料理をつくるのに大事なことさね」
「わーい。やったあ!」
ほんのり甘くてふわふわで、まだすこしあったかいドーナッツ。二人で作ったどーなっつ。それはそれはとてもおいしくできました。
二人はそうやってたくさんのドーナッツをつくりました。
そうやって、ドーナッツを作っていて、時計のハトが九つ鳴いた頃のことです。
トントントン
お玄関のドアが三回ノックされました。
「はーい、どなた?」
おばあちゃんは、お仕事の手を休めると、
お玄関に向かいました。
「ごめんくださいまし。シンシアですわ。お早い時間ですが、およろしいですこと?」
「はーい、はい」
おばあちゃんはそっとドアを開けました。
するとそこには、複雑な、というか神妙な表情を浮かべたシンシアが立っておりました。
「まあまあ、よく遊びにきてくれましたね。ロップちゃんなら奥のお部屋ですよ」
「それでは、ごめんあそばして」
心もち早足で、シンシアはロップちゃんのお部屋に向かいました。
トントン
「ごめんあそばせ。いま、およろしいこと?」
来た。シンシアが来た。おばあちゃんのいうとおりだわ。ロップちゃんはそう思いました。よーし。シンシアの本当のキモチを確かめてやんなきゃ。
「はーあーい」
ロップちゃんはわざと脳天気なお返事をしました。ドアを開けると、冷たいような、それでいて熱いような目をしたシンシアが立っていました。
「今朝届きましたお手紙の事でまいりましたの。ちょっとお時間よろしいかしら」
「うん」
ロップちゃんは、彼女を部屋にまねき入れました。そして彼女にイスをすすめると、時分はベッドにすわりました。すると彼女は単刀直入に切り出しました。
「あのお手紙は今朝方、拝見いたしましたわ。それで、そのうわさの出所はどなたなのかしら? わたくし、それが気になって」
かなり、かなりこわい表情で彼女はロップちゃんを見すえています。でも、ここで本当の事をいうのはまだ早すぎます。
「うーんとね。だれだったかしらね。お名まえも聞かなかったしさ、わかんないんだ。ごめんね。でも、なんでそんな事気になるの? シンシアだって彼の事悪くいってたじゃない。みんなおんなじ事思っているんだからいいんじゃない?」
ロップちゃんは、自分のココロにウソをついて、あえて彼の悪口にかたんする自分を演じました。そしたら、シンシアは口をとがらせていいました。
「いくら悪い子だったとしても、あんなに悪いなんて事はないわ。わたくし、いつも影から彼の事見ているんですもの」
「ふーん。『いつも見て』るんだ」
ロップちゃんはわざとイジワルにいいました。
「ち、ちがうわ。そういう意味じゃなくってよ。監視よ、監視。あんまり悪い事をするようだったらピシャリと注意してあげないとイケナイと思っているだけのはなしよ」
彼女は心なしか顔を赤らめて早口になっていいました。
「本当?」
「本当ですもの。本当ですわ」
「本当に彼は悪いひとで、シンシアは彼がキライなのね」
「え、ええそうよ。キライよ、キライ。大キライだわ」
シンシアは耳の先まで真っ赤にして、ムキになっていいました。
「でも、彼もいい所はあるのよ。たとえば、動物にやさしいとかね」
「ふーん。どれくらい?」
「彼のおウチ、牧場を経営しているのだけれど、ごらんになられまして? 庭の池にはカルガモさんの親子がなかよく水浴びしてて、広い柵のなかでは、ヒツジさんとウシさんがなかよくゆったりと暮らしているの。そして犬小屋には、おっきいけれどやさしくてかしこい白いワンちゃんがのんびり飼われているのよ。そしてお玄関をあけるとたまに子ネコちゃんがたくさん飛び出してきて、彼ったらそれを捕まえるのに一苦労。だってお馬にひかれたら事だものね。まだそれくらい小さいのよ。彼は本当に動物好きなのよね」
「じゃあシンシア、本当は彼がスキなのね?」
「だから、ちがうってば、もう。キライよ!」
そこで、ロップちゃんはおばあちゃんにおしえてもらったシンシアのための『正直者のまほう』使うことにしました。
「あーよかった。シンシアが本当にロバート君のことキライで。実はね、わたしさ、最近ロバート君のこと、ちょっとイイなと思ったんだ。そりゃあ悪い所はあるけれど、本当はいいひとだと思うの。だからわたし、大きくなったら『彼のおよめさんになりたい』ですっ、て彼に言っちゃおうかな、と思ってるんだ。シンシアは、『約束をやぶるようなひと』はキライなんだよね。わたしの事キライなんだよね。シンシアはロバート君の事もキライなんだよね。あなたがキライなひとが二人いつか『結婚』してもなんとも思わないのよね?」
ここまで言い終えると、ロップちゃんは彼女をじっと見つめました。
すると彼女は、トマトよりも真っ赤なかおで、いろいろたくさんいいたげに口をもごもごさせながら、グスグスと鼻をすすりはじめました。そしてポタポタと床に涙をこぼしました。そしてガタリと立ち上がると叫びました。
「イヤッ! 絶対にイヤッ! ロバートのおよめさんになるのはわたくしよ! 他の誰にもなかよくなんてさせないわ!」
ロップちゃんは、そんな彼女をみてほっとしました。おばあちゃんのいう通りだったのですから。
「シンシア……。どう? 少しは楽になった?」
「へっ? あなた、なにを……あっ!」
シンシアもやっと気がついたようです。
「あなた……。まさか、わたくしにこの事を白状させるためにひと芝居打って……」
はっとして自分を見つめるシンシアに、ロップちゃんは屈託のない笑顔をみせていいました。
「えへへ、ゴメンネ。でも心配しないで。ぜーんぶウソだからね」
するとシンシアは涙まじりのため息をひとつして、
「はあ……フフフ。一本とられたみたい、ですわね」
泣き笑いの表情でいいました。
「ウソついて本当にゴメンネ。でも、これでおあいこなんだから許してね。でも、なんで『スキ』なのに『キライ』なんてウソついたの? もう、ウソはダメよ。いい?」
ロップちゃんは、彼女の涙をハンカチでふいてあげながらたずねました。彼女は静かにうなずきました。
「わたくしは、ロバートがスキ。たまらなくスキ。大スキ。でも、彼の前に行くと、心臓がまるで自分の物でないみたいにドキドキして、いいたい事をたくさん準備してあるはずなのに、アタマの中が真っ白になって……ノドの奥がつまってなんにも言えなくなっちゃうの。こんなのって変よね」
ロップちゃんは静かに彼女の話に耳をかたむけていましたが、最後は「ううん」と首を横にふりました。
「だから、他の女の子が彼の事をスキになって近づかないように、わざと彼の悪口をいっていたの。本当に悪い子はわたくしね」
ここでもロップちゃんは首を横にふりました。
「悪い事をしたな、って思っているならちっとも悪い子じゃないよ」
「ありがとう。ロップちゃん」
シンシアはロップちゃんの手をにぎっていいました。
「でも、本当はもう、ウソなんかつきたくないの。どうすればいいのかしら?」
シンシアはすっかり弱気になってしまっていましたが、ロップちゃんは強気にいいました。
「そんなときこそ『あいさつのまほう』でしょ。あと、ひとりじゃ自信ないのなら、わたしもペロもついて行ってあげるから。それになんといっても、おばあちゃん特製の『おともだちのできるおまじない』付のポーチもあなたにかしてあげるわ」
すると、シンシアは感極まって目に涙を浮かべると、ロップちゃんを抱きしめました。
「ありがとう。ロップちゃん。絶交なんていってゴメンナサイ。とっても悲しかったでしょう。これからはずっとずっとおともだちでいてね」
ロップちゃんもうれしくなって、もらい泣きしてしまいました。
「ぐすっ、うん。それにもしもういっぺん『ぜっこう』なんていったら……シンシアのスキなひとをばーらしちゃう♪」
「まあ、ひっどーい」
「へへへっ。ウッソだよーん」
「ああ、もうウソはこりごりだわ、もう」
こうして、シンシアのウソは見事なくなって、二人だけのステキなヒミツにかわったのです。もちろん、ロップちゃんはまたシンシアとおともだちになれたので、とてもうれしく思いました。
すると、そのとき、
トントン
「おやつをもって来たけれどいいかしら」
おばあちゃんの声がしました。
「シンシア。もう大丈夫?」
「ええ。いいわ」
彼女はロップちゃんのハンカチで涙をぬぐうといいました。
「いいわよ。おばあちゃん」
許しをえたおばあちゃんは、おぼんに四つのドーナッツと二つのココアをのせてはいって来ました。
「これはね、ロップちゃんと二人でつくったんだよ。よかったら召し上がれ」
おばあちゃんはにっこりと笑いました。
「こちらをロップちゃんが手伝ったの?
すばらしいわ。わたくしなんかお料理の『お』の字もしたことがありませんのに……」
「えへへ、わたしは手伝っただけよぉ」
ロップちゃんは照れ笑いを浮かべていいました。
「それでは、ありがたくちょうだいいたしますわ」
「うん。たべて、たべて!」
シンシアが一口ほおばると、ロップちゃんは彼女をじっと見つめました。
「まあ、おいしいですこと。あなた将来お菓子やさんになれましてよ」
「もう、シンシアってば、ほめすぎだよ~」
でも、そのときロップちゃんはひらめきました。
「ねえ、シンシア。ハロウィンパーティーはシンシアのおウチでするんだからさ、シンシアもなにかお菓子をつくっていいとこみせたら?」
「もう、しぃー」
シンシアは口の前にひと差し指をたてました。
そういえば、おばあちゃんがいましたね。
「おばあちゃん。ナイショのお話があるからちょっとごめんね」
「はいはい。ヒミツはまもらないとね」
おばあちゃんは心もちうれしそうに、部屋を後にしました。