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第4話 お父さんの形見

 その日の午後のことです。ロップちゃんはシンシアといっしょに、街はずれの神殿までお祈りしに行きました。もちろんカボチャのポーチも一緒です。今は、シンシアの肩にかかっていますが。ペロもシッポをくねらせながらついてきてくれました。シンシアは、ペロのチョコレート色のハートマークをとても気に入って、かわいい、かわいいと、とてもうらやましがりました。

 神殿の中はところどころにある明り採りのすきまのおかげでちっとも暗くはありませんでした。それでも外よりちょっとヒンヤリしていました。

 女神の像の前で二人は手を組んでお祈りしました。ロップちゃんは、『シンシアがロバートとなかよくなれますように』とお祈りしました。


ロップちゃんたちは、神殿の中心部にある大広間まで来ると、そこに額にいれて飾られた大きな絵画をゆったりとながめました。その大きな絵画の中では人々が輪になってタイマツを掲げて悪魔を払っているように、彼女には見えました。ひょっとして、ハロウィンパーティーの起源に由来するのかも知れませんでした。するとそのときです。

「おや、ロップちゃん。どう? 子ネコは飼えることになったかい?」

 ロバートでした。ペロもうれしそうです。だって、ゆらゆらとゆれるシッポを立てて、彼の足にスリスリしているからです。シンシアはというと、もう、うれしいやらびっくりするやらあせるやらで、もうアタマから湯気がでるほど真っ赤になっています。まさか、ポーチの力がこれほどとは、彼女も思ってもみなかったでしょう。

「うん。おばあちゃんにきいて見たら、『家族がふえると、にぎやかになっていい』んだって。ホント、よかったわ。あらためて紹介するわ。この子ペロっていうの」

「にゅあおん」

「そうかあ、この子はペロっていうんだね。よろしくね、ペロ」

 彼はそういってペロのアタマをナデナデしました。ロップちゃんたちがそんなお話をしているとペロは、屈んだロバートのヒザに前足を乗せて『ねえ、あそんでよ!』とせがみました。

「あのね、ロバート君。この子がシンシアよ。この前はひとちがいで悪口をいってしまってゴメンなさいっていってたわ。許してあげてね」

 ロップちゃんにそういわれた彼は、ペロをダッコするとシンシアの方を見つめました。

「ふーん。君がシンシアっていうんだ。初めまして、ロバートです。よろしく」

 いうと、彼は握手をもとめて左手をさしだしました。なのに、シンシアったら両手をムネの所において手を出せずにいます。じれったくなったロップちゃんは、ぱっと彼女の手をとって彼の手と合わせました。

「きゃあ! そんな急に……ココロの準備が……」

「ん?」

 ロバートがニブイひとで本当によかったです。

「でも、ほっとしたよ。ひとちがいで。僕はいろいろと思い出して見たけれど、暴力を振るったことはないし、イジワルなことをしたら、きっと後悔するとおもうし、ね」

「え、ええ、まあ、その、ごめんなさいまし、ね……」

 シンシアは、もう、しどろもどろになって、いつもの落ち着きのあるしゃべり方ができません。そこで、ロップちゃんは助け舟をだしました。

「このまえね、ペロを助けてもらった時にね、ロバートったら『ハートマークのある子ネコはいくら何でもかわいらしすぎて、男の子には飼えないよ』だって。案外変な事を気にするのね、って笑ってたの。シンシアはどう思う?」

「えっ、あ、わたくし? たしかに男の子が飼うにはかわいらしすぎるかしらと思うわ」

「やっぱり君もそう思うかい。それにこの子を最初に見つけて助けたいと思ったのはロップちゃんだから、彼女に飼われたほうがこの子はシアワセかな? とおもったのさ、僕は」

「そうかもね。それにロバート君のおウチではもう子ネコがいっぱいいるんだよね? シンシアがうらやましがっていたわ」

「ちょっ、あなた、何を……」

 シンシアはあまりの展開の早さに冷や汗をかきました。

「へえー。僕のウチを見た事があるんだ。よかったら今度あそびにおいでよ。子ネコもカルガモもヒツジもウシも触らせてあげるから」

「え、あ、はい。よろこんで。いつか近いうちに彼女といっしょにおじゃましますわ」

 シンシアはあわててロップちゃんの手を取ると答えました。

 ああ、なんということでしょう。今度、彼のおウチに遊びに行けるなんて。彼女はロップちゃんにココロの中でアリガトウといいました。

「この大きな絵はね、僕のお父さんが描いたものなんだよ。古い言い伝えを元にして、ね」

「……ロバート君のお父さんって絵描きさんなの?」

 ロップちゃんが聞くと、彼は寂しそうにうつむいて答えました。

「もう死んじゃったけどね」

「あ、ゴメン……」

「いいんだよ。君は悪くないよ。僕はココで絵を描いているお父さんしか見た事がないから……僕にとっては唯一の形見みたいなものなんだ……。この絵をみるとお父さんがそこにいるような気がするんだよ」

 そういって彼は絵画の前を指差しました。

「そうでしたの。だから今日もお父様にあいにいらしたのね。」

「うん。そうなんだ」

「それにしても、壮大な絵画ですこと。完成させるまでの手間もさることながら、繊細さを失わずに最後まで描きあげられたなんて、すばらしいお父様なのですね」

 シンシアは食い入るように絵画に見入っていました。

「ありがとう。きっとお父さんも天国でよろこんでいるよ」

 いい感じでした。ロップちゃんはあえて二人の会話に割り込まずにだまっていました。


でも、そのときです。

「おう、ココだココだ。んでアレだよアレ」

「おい、先生。俺らが言ってるのはアレの事だよ」

 いかにもガラの悪い黒いバンダナアタマの男達がぞろぞろと入って来ました。

「……ああ、これぞ古代ケルト起源をあらわす第四番目の絵画にまちがいない。相当な値打ちがあるだろう」

 一人だけ白衣をまとったメガネの男がいいました。

「おーし! 野郎共! 早いとこ運んじまって酒でも飲もうぜぇ、前祝だ。ガーハハハハッ」

 ひときわ体格のいい、ゴーグル男が号令をあげると、他の男たちは黙々と大きな絵画を額ごと壁からはずして、もって行こうとしました。

「ちょっと待ってよ! おじさんたちは一体何なの? ココは神殿で、それはこの街の宝物なんだよ? そんな事したらきっとバチがあたるよ!」

 ロバートの叫び声にも男たちの手が一瞬たりとも止まることはありませんでした。

「はあ? バチが怖くて盗賊なんてやってられっかよ。俺たちゃあなぁ、こうやってメシ食ってんのさ。文句あっか!」

 ひときわ声のでかい、ひたいにキズあとのある男が彼をそう言ってにらみ付けました。でも彼も引きませんでした。

「だったら……僕がやめさせる!」

 あっ。それはあっという間の出来事でした。

ロバートが盗賊相手に殴りかかって行っていったのは。

「ロバートッ」

 ロップちゃんの悲痛な叫び声が、こだましました。やはり、しょせん子どもです。ドフッというニブイ音とともに壁に叩きつけられたロバートはお腹を押さえてその場にうずくまってしまいました。

「ああ、なんてヒドイことを……」

 シンシアも青ざめてしまいました。

シンシアとロップちゃんはすぐさま彼に駆け寄りました。

「へ、へっちゃらさ。このくらい」

 でも彼の言葉とは裏腹に、彼の口からは赤いものが流れていました。

「ひとの物や街の物を、暴力で強引に奪って生計を立てるなんて、ひととして最低ですわ!」

 シンシアは憎しみのキモチをこめて、盗賊たちをにらみつけました。

「俺達の邪魔をする奴ぁ、例えオンナ子供でも容赦しねぇぜ?」

 そういうと、絵本の海賊みたいなアイパッチの盗賊は、あれよあれよという間に、三人を縛りあげてしまいました。

「んぎゃお!」

「いてっ、あっ、畜生め!」

 盗賊は、ペロまでも捕まえようとしたのですが、顔を引っかかれて、逃がしてしまいました。

「イヌっころならまだしも、ネコの子一匹逃がしたところで、なんともなるめえよ」

 リーダー格のゴーグルの男は、ぶっきらぼうにいいました。

 そして、その作業が終わるまで、手枷足枷まではされませんでしたが、神殿の丸い柱に三人してぐるぐる巻きにされてしまいました。きっとおまわりさんを呼ばれると困るからでしょう。ロップちゃんはこの状況が怖いよりも彼のケガが心配でした。彼女は声を殺して泣きました。

 そこへさっきの白衣の男がやって来ました。

「ゴメンね。君たちの言っている事は正しいよ。けど彼らには逆らわないほうがいい。ホントにゴメン」

 彼はそう言って何度も何度もロバートにアタマを下げました。彼はそういうとロバートのズボンのポケットに何かをギュッと詰め込みました。そしてさっと去っていきました。

「オイ! 先生。捕虜に情をかけてんじゃねぇよ。てめぇ、自分の立場分かってんのか。借金の利息も払えねぇ分際で常識人ぶるなよ!」

 ゴーグルの男に一喝されると、白衣の男は肩を落として向こうに行ってしまいました。

 お日さまは山の向こうにサヨウナラし、かわりにお月様がコンバンワしました。いつもならもう、とっくの昔に晩ゴハンを食べているはずの時間らしく、ロップちゃんはとてもお腹が空きました。一体どれくらいの間そうしていたでしょう。ロップちゃんはロバートの身を案じるあまりに一言も話しかけませんでしたし、彼もくやしさのあまり何も言いませんでした。でもシンシアはちがいました。

「あなた方、このようなことをしてはずかしくはないの? 絶対におまわりさんに捕まえてもらいますからね! 覚悟なさい!」

 すると、シンシアの気丈な文句にゴーグルの男が反応しました。

「おい、この小娘、言葉使いといい、着てる服といい、なかなか育ちがよさそうじゃないか。コイツを人質にとって親御さんをおどすのも悪かねぇなぁ。コイツはとんだめっけものだぜ」

 そういって彼は彼女のあごをぎゅっとつかみました。シンシアはとたんに怖くなって涙を流しました。

「彼女にらんぼうするな!」

 ロバートが叫ぶと、ゴーグルの男は、彼女から手を離して「ふん」と鼻で笑いました。

「おめえ、将来いい男になるかもな、でもなあ、まだ十年早ぇよ」

 ロバートはくやしくて彼をぎっとにらみました。

「お、お、お、おじちゃんたちは悪い事をしないと本当に生きていけないの!」

 気がつくとロップちゃんも叫んでいました。

「わははは、そのとおりさ、お嬢ちゃん!」

 ゴーグルの男が大声で返事をしました。でも白衣の男は苦々しい顔で彼女の瞳を見つめていました。が、彼はとっさに動きました。

 プチッ 

 白衣の男がロバートのロープをナイフできりました。そしてナイフをロバートに手渡すとゴーグルの男をにらんでいいました。

「ジャルドフ! アンタはヒド過ぎる。こんなちいさな子供たちが必死に守ろうとしているものですら、奪わなければならないのか!」

「てめぇ、裏切りやがったな! ちぃとばかり学があるからっていい気になるんじゃねぇぞコラ!」

 アイパッチの男が白衣の男をにらみつけます。でも白衣の男はひるみません。

「私にも、この子たちと同じくらいの娘がいる。娘の病気を治すために、借金をした。でも、借金は全うに働いて、世のためひとのためになることをして稼いで返す! こんな小さい子を悲しませたりしたら、きっと娘も私を許してくれないだろうからな」

「力のない奴が英雄気取りでいやがると、どういうことになるか……おめぇはくさるほど知ってるはずだよな。覚悟はいいんだな?」

 ひたいに傷のある男はいいました。でも、白衣の男はロップちゃんたちにすがすがしい表情をみせていいました。

「さあ、ここは僕にまかせて、君たちは逃げるんだ。いいね」

 ロップちゃんとシンシアも、ロバートがロープを切ってくれたので、いつでも逃げられます。でも、そのときでした。

「なぁーん!」

 ペロがおばあちゃんと三人のおまわりさんと一緒に三人の元へやって来ました。

「ペロ~。おばあちゃんを呼んできてくれたのね! ありがとう」

 彼女は白ネコを抱き上げると、そのままおばあちゃんの胸に飛び込みます。

「A班は撤収急げ! B班は俺様とおまわりをここで食い止めるぞ!」

 ゴーグルの男がそう叫ぶと、男たちの半分

は絵をもって逃げ出して、残りの半分はボウガンを構えました。

「ここは危険だから逃げましょう」

 おばあちゃんは三人と一匹をつれて神殿をあとにしました。

 逃げだしたみちすがら、ロップちゃんガマンできずにおばあちゃんにいいました。

「おばあちゃん、あのね、ロバート君のお父さんが描いた大きな絵画がね、悪い盗賊達にもっていかれちゃったの! あの大きな絵画はロバート君にとって形見みたいなものだからとっても大事なの」

「はいはい。落ち着いて。そもそもいい盗賊なんかいやしないわよ」

「いちいちまぜっかえしちゃ、やーよっ。もう」

 となりではロバートがクスクス笑っています。

「あとはおまわりさんに任せましょう。さぁ坊やもおウチのひとが心配するからもう帰りましょう」

シンシアはロバートの悲しさが分かったので悲しくなって泣きました。そしてロップちゃんもシンシアが悲しんでいるので悲しくなって泣きました。

「でも、あの絵画の価値が認められたんだからよろこんでもいいのかもしれないね」

 彼は「ハハハハ」とかわいた笑い声をだしながら泣いていました。ロップちゃんが彼の顔を見るまで分からなかったけれど彼は、泣いていました。

「全然よくありませんわ! お父様との思い出なんでしょう? だったら全然よくありませんわ!」

 シンシアは叫んでいました。泣きながら、泣きながらです。

「ゴメン。そうだね。これは悲しい事なんだよね。ゴメン」

 ロバートは自分のハンカチで彼女のホッペをやさしくぬぐってあげました。でも彼女のホッペはなかなか乾きませんでした。彼は自分のハンカチがぐしょぐしょになってしまったので代わりの物はないかと探りはじめました。

するとズボンのポケットからキレイに折りたたんだ黒いバンダナが出て来ました。

「それって、さっきの盗賊団のトレードマークじゃなくって?」

「そうだね、これを手掛かりにおまわりさんに探してもらおう」

「それがいいねえ」

 おばあちゃんもいいました。おばあちゃんはロップちゃんといっしょに、シンシアのウチとロバートのウチにそれぞれ彼らを連れて行きました。そして二人と一匹は、交番にいって黒いバンダナをおまわりさんに渡して、おウチに帰りました。

 でも、あの盗賊たちは、そうとう人数もいて、おまわりさんよりも強そうです。おまわりさんに頼っているだけで取り戻せるのかしら? と、ロップちゃんは思いました。


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