ああ、私に『まほう』が使えたなら、あの大きな絵画を悪者たちから取り戻してあげられるのに。ロップちゃんはマクラを涙でぬらして眠りにつきました。
──「もう眠ってしまったかい?」──
ロップちゃんはそんな声をきいて目を覚ましました。枕元の小さなカボチャがしゃべっているのでした。
「あーびっくりした。まさかあなたがしゃべるなんて思いもしなかったわ」
「ボクはハロウィンポーチのジャック。君はロップちゃんだね。初めまして、というのもおかしいけどよろしくね」
「ええ、こちらこそ、あらためましてよろしくね」
ロップちゃんは、シンシアが始めてウチに来た時のおしゃべりを思い出します。
『ココの雑貨やオモチャたちは、夜になるとおしゃべりしたり動き出したりするのよ、きっと』
……その通りだったんだわ、と彼女は思いました。
「ボクにおいしいお菓子を食べさせてくれるなら、君にまほうを貸してあげる」
カボチャのポーチはそういいました。でも彼女のウチは貧しくて、お菓子などどこにもありませんでした。あるのは、他の子のためにつくられたドーナッツだけです。彼女がガッカリしてうつむいているとジャックはいいました。
「お菓子なら、明日のハロウィンパーティーでもらえばいい。簡単だろ、オバケの衣装を着てご近所を回るだけさ」
それでも彼女は困ってしまいました。なにしろおばあちゃんとシンシアとロバート君とエルミンとそのお母さん以外のひとと、あまりおしゃべりしたことがありません。それなのに、たくさんのおウチをまわってお菓子をおねだりするなんて。まだ一度もした事がないのです。
でも、と彼女は思いました。もしも私ががんばって、あの大きな絵画を取り戻すことができたならロバートはどんなによろこぶことでしょう。そしてそれはシンシアの笑顔にもきっとつながるでしょう。
「あんなやさしいひとが……不幸になるのをだまって見ているわけにはいかないわ。それに、わたしの大事なおともだちが、悲しんでいるのをだまって見ているわけにもいかないわ」
そうつぶやくと、彼女はかねてからシンシアのおウチで作っていたオバケの衣装をとりだしてマクラ元に置きました。そしてジャックに話しかけました。
「ホントにお菓子をあげたら『まほう』をかしてくれるのね?」
すると彼はいいました。
「ハロウィンの夜のキセキを信じてみなよ。でもね、ほかのみんなにはできれば、ナイショだよ」
どうやら本当のようです。彼女は『明日はシンシアとロバートとエルミンと一緒にお菓子をもらうんだ、がんばるぞ』と思いながら、もういちどベッドに入りました。
そしてハロウィンパーティーの当日。ロップちゃんはオバケの練習をしながらお日さまが遠くのお山に沈むのを待ちました。そして代わりにお月さまが昇るのを見計らって、白いオバケに変装しました。
「大人たちをいっぱいおどろかせておいで」
「うん。私、がんばるから」
白いシーツで作った衣装をすっぽりかぶってぶかぶかの黒いとんがり帽子をかぶったロップちゃんはおばあちゃんに向かってちょっとだけ胸を張ります。
「できたら、ほかのオバケさんとお友達になっておいで」
「……それは、自信ないかも」
ロップちゃんは正直です。
「いってきまーす」
「これこれ、おまちなさい」
「なあに?」
ふり向いたオバケにおばあちゃんはリュックサックを手渡しました。
「ポーチに入りきらないかもしれないから、これももってお行きなさいな」
「ありがとう。おばあちゃん」
ロップちゃんはおばあちゃんに見送られながら初めてのハロウィンパーティーに出発しました。
まずは、エルミンのおウチに行く事にしました。エルミンははずかしがり屋さんなので、ひとりでは、どこにも行けそうにないからです。ロップちゃんは、エルミンのおウチの前まで来ると、
トントン
軽くノックしました。そして、
「トリック・オア・トリート(お菓子をくれなきゃいたずらするぞ)!」
といいました。
すると、
「はいはーい」
エルミンのお母さんがピンクのエプロン姿ででてきました。
「まあ、ロップちゃん、よく似合っているわ。はい。お菓子ね」
そういってこんがりキツネ色のサブレをくれました。それは、さわやかなレモンのかおりのする、ひよこの形をしたサブレでした。
「ありがとう。エルミンのお母さん。ところでエルミンは?」
すると彼女は残念そうにいいました。
「昨日から急に熱をだしちゃって……あの子、今日のパーティーを楽しみにしてたのに。一緒に行けないみたいなの。ごめんね」
おウチの奥からは、「コンコン」と彼女の苦しそうなセキが聞こえてきます。
「そうなんだ。それはさびしいわ。でも、まっててね、エルミンの分のお菓子もちゃんともらって来てあげるからね」
「ありがとう、ロップちゃん」
「いいえ、エルミンのお母さんにはいろいろ手伝ってもらったし……それにエルミンはわたしのおともだちだもの」
「じゃあ、まってるわ。でも、夜道はくれぐれも気をつけてね」
「はーい」
エルミンのためにもがんばらなきゃ、とロップちゃんはおもいました。
次は、シンシアを呼びに行く事にしました。
トントントン
「こんばんは。オバケです。シンシアちゃんはいらっしゃいますか?」
「はーい」
シンシアのお母さんの声が聞こえて、ほどなくして扉が開かれました。シンシアのお母さんは、いつもにもましてエレガントなエメラルド色のドレスに身を包んで彼女を迎え入れました。
「まあ、かわいいオバケさん。でも、後ろにかわいいおともだちがそのままついてきていますから、オバケさんの正体がわかってしまいますわね」
「えっ?」
ロップちゃんがふり向くと、そこにはペロがぺたんと座っておりました。
「もう、ペロったら。あなたにもオバケの衣装をつくればよかったわ」
「ちょっとおまちになってね」
シンシアのお母さんは、そういうとお台所に行きました。そして、バナナボートをもってきてくれました。
「子ネコのおまけつきのオバケさんにいたずらされたらたいへんですものね」
ロップちゃんに手渡されたそれは、それ一つでお腹いっぱいになるくらいの大きさでした。とってもおいしそうです。
「とってもおいしそうだわ。ありがとう。シンシアのお母さん」
それからお玄関でちょっと待っていると、シンシアが赤じゅうたんの階段をパタパタと降りて来ました。
「おまたせして、ごめんあそばせ。では、まいりましょうか」
シンシアの格好は、魔女です。でも、ちょっと豪華すぎるかもしれません。黒いレースのドレスを着て、手にダークパープルのレースのてぶくろをはめ、同じくダークパープルのブーツを可憐に履きこなしています。あと、わざと使い古したホウキをもっています。それは彼女のからだよりも少し大きめでした。そして皮のウエストポーチを腰に巻きつけていました。
「ねえ、ロップちゃん……」
シンシアはなんだかもじもじしていいました。
「なぁに? どうしたの」
「今日のわたくし……かわいい……かしら?」
彼女は急に赤くなってうつむきました。
「うん。かわいいわよ。もっと自分に自信をもっていいよ」
「ええ、ありがとう」
さあ、次はロバートを迎えに行く番です。
二人はずんずん歩いて行きました。
「シンシア、次はどっち?」
「右……」
「次は?」
「左……」
「次は?」
「………………」
ロップちゃんは先を急いでいるのですが、シンシアはどうもゆっくりと歩きたいようでした。
「どうしたの? わかんなくなっちゃったの?」
「そんなにずんずん歩かれると、ココロの準備ができませんわ。もっとゆっくりおあるきになって」
「そんなこといってたら夜が明けちゃうよ」
「はあ……。もう、わかったわよ」
シンシアは深呼吸をひとつするといいました。
ようやく、ロバートのウチのまえまでやってきました。そしたらロップちゃんはすぐに大きな声でいいました。
「マリッジ・オア・トリート(お菓子をくれなきゃ結婚するぞ)!」
「ちょっと! ロップちゃんてばっ! 冗談にもほどがあるわよ!」
シンシアはこれ以上ないくらい真っ赤になってあせりました。かみさま、お願い。今の悪ふざけが彼にきこえていませんように……。シンシアは必死に祈りました。でも、彼女の祈りもむなしく、彼のお母さんには聞こえたようです。
「ウチの子はまだ子どもだからまだ結婚はゆるして~」
キイとお玄関のドアが開くと、かっぷくのいいおばさんが顔をのぞかせました。
「ロバート! カワイイ魔女さんがアンタをいろんな意味でお迎えに着たわよ。どーする?」
「冷やかさないでよ、かあさん」
ロバートもすぐ近くにいたようでした。ロップちゃんは白いシーツのオバケなので、ロバートのお母さんは、求愛の言葉を叫んだ女の子は、魔女のシンシアというふうに解釈しているようでした。
「ふふふ」
もう、ロップちゃんったら。ひと事だと思ってわたくしをからかって楽しんでいるのね。ひどいわ、まったく。はずかしいなあ、もう。シンシアはお顔から火が出るくらいにまっかっかになりました。
「今日の所は、この特製チーズタルトで許してちょうだいな。ウチの牛乳から作ったチーズは格別だよ。それにしても全く、この子も隅におけないねぇ」
そういってロバートのお母さんは、彼を肘で小突きました。
「ありがとう。ロバートのお母さん」
「ありがとう……存じます」
シンシアはチーズタルトを受け取りながら変装したロバートの姿を見て、おハナの先から耳の先までボーボー火事になりました。
今日の彼の衣装は『吸血鬼男爵』でした。西洋貴族の衣装に漆黒のマントをたなびかせた銀髪の少年は、まるでホンモノのようで、目の下に黒のアイシャドウまでして本格的なのでした。だから、彼のあまりのかっこよさに、シンシアのトロけようといったらもう、ホウキをうっかり取り落としてしまうといったほどでした。
三人は、ロップちゃんのおウチの近所をまわることにしました。
まずは右となりのスミスさん家です。二人はロップちゃんにおねだりを任せました。すると彼女はおずおずとお玄関の前に立つといいました。
「あのー……オバケですよ。よろしかったらお菓子をください。でないとイタズラするかも知れませんよ」
あんまり大きな声ではありませんでしたが、すぐにお玄関が開いてスミスおじさんとロールおばさんが現れました。ふたりともクスクス笑っています。
「やあ、これはまたやさしいオバケちゃんだね。コワイどころかカワイイよ」
「まあ、あなたったら。それじゃあオバケさんに失礼よ。どうかイタズラしないでね」
おばさんはそういうと、ロップちゃんとシンシアとそれからロバートの両手に、納まりきれないほどの、ミルク色をしたキャンディーリングをくれました。それはまるで宝石のようにみがかれて、ピカピカと光っていました。そしておじさんはいいました。
「私たちはね、おとなりのロップちゃんが大スキなんだよ。だから来年もウチにオバケをよこしてくれるように彼女に伝えてもらえるかな?」
いままでずっと、お菓子を用意して私を待っていてくれたんだ。そう思うとロップちゃんはムネがいっぱいになりました。
「おやおや、困ったオバケちゃんだな。人間に会って泣いちゃったよ」
おじさんはにっこりほほえみました。おばさんはロップちゃんを抱きしめるとポンポンとやさしく背中をなでてくれました。
「さあ、遅くならないうちに他のお宅にもお行きなさい」
「……うん。ありがとう……」
そうしてロップちゃんたちは他のお宅にもお菓子をもらいに行きました。あるところではリーフパイを、またあるところではアップルパイをもらうなど、みんなとても親切で暖かくて、ロップちゃんはそのたびに声をあげて泣きました。
これからはご近所のみんなとも元気にあいさつしてみよう。『なかよしのまほうで』みんなともっとなかよしになりたい、ロップちゃんはそう思いました。
おおっと、でも目的を忘れてはいけません。
どれもこれもホントにおいしそうで、つい食べてしまいたくなりますが、リュックサックにしまっておきましょう。
でも、アップルパイだけは……アップルパイくらいは食べてもいいかしら? だってアツアツのアップルパイがトロ~リキュンッと甘酸っぱいいい香りの湯気を上げているのです。ロップちゃんにとってそれは、『おたんじょうびである十二月二十四日』にしかおばあちゃんが作ってくれない貴重な食べ物でした。
ロップちゃんは、シーツの衣装の中で、小さな声でたずねました。
「ねぇ、ジャック。一個くらい食べてもいいよね?」
「ん? 後悔してもボクはしらないよ」
でも、んー! もうがまんできないっ。
はむっ。ほふほふ。とろーり……ほわん。
「えへへっ。おいちっ❤」
ロップちゃんがお菓子や果物をもらっている間に辺りはすっかり暗くなっていました。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
教会の鐘はもう七つも鳴りました。
「ひと通りお菓子をもらったし、あとはわたくしのおウチでパーティーにしませんこと?」
「そうだね。みんなまっているかもね」
「まって、エルミンのおウチにお菓子を届けないと」
三人は、エルミンのおウチにお菓子を届けに行きました。
三人は、シンシアのお屋敷でとても豪華なお食事をいただきました。ペロにもちゃんと立派なゴハンが用意されていて、ペロもシッポを立てて「にゃおん」と大よろこびでした。ロップちゃんは、シーツの衣装をかぶったままではゴハンを食べられないので、シーツ衣装を二つ折りにして、マントのように首に巻きました。
「ねえ、シンシアは何か作らなかったの?」
ロップちゃんはわざと聞きました。
「えっ? ほら、そこのフルーツタルトですわ。ま、もちろんお母さまと一緒に、ですけれどもね」
いうと、彼女はちらっとロバートのお顔を見ました。
「へー。このフルーツタルト……シンシアがお手伝いしたんだ。どれどれ」
彼は興味津々といった感じで、それに手をのばしました。そして、
「うん。タルト生地もサックサクで、カスタードクリームも甘くて、イチゴとラズベリーとすごくあっていてとってもおいしいよ」
するとシンシア。ちょっと赤くなって、
「それなら、どんどんお召しあがりになって。全部お召し上がりになってもよろしくてよ。もし足りなくなったら、また作ればよろしいんですもの」
かなり、早口です。ロップちゃんはくすくすと笑いました。
「ありがとう、ロップちゃん。作戦は大成功だわ」
彼女はロップちゃんにそっと耳打ちしました。
「よかったね、シンシア」
ロップちゃんはフルーツタルトを一口食べると親指とひと差し指でマルをつくりました。
そんなときでした。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
楽しい夕食の中で、ロップちゃんは教会の鐘が、八つなるのを耳にしました。
するとジャックはいいました。
「ロップちゃん。そろそろ行かないとまずい。ボクのまほうは今日しか使えないんだ」
それを聞いた彼女は、
「ちょっと、お手洗いに行ってきまーす」
といってソファーの右側に座っていたシンシアを、左側に座っているロバートにぎゅっと押し付けました。
「ちょっ、なにを……お待ちになって!」
「へっへへ~。真ん中のわたしがいなくなったらロバートがさびしいじゃない? だからシンシアがとなりにいてあげなよ」
ロップちゃんはニコニコしながら去って行きました。シンシアも、内心はうれしいのですが、あんまり急に、近づきすぎると、頭の中がスパークするのでいままでさけてきたのです。もう、指先が震えてきています。それがバレてしまうかもしれません。どんなにかはずかしいことでしょう。でも、かといって、もう離れるわけにもいきません。彼がキラワレたと勘ちがいしては困ります。シンシアはうれしいやら苦しいやらでどうすればいいのかわからなくなってしまいました。
その頃、ロップちゃんはおウチの裏口から出ました。さあ、いよいよ冒険の始まりです。