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第6話 白いマントのまほう少女

「ロップちゃん。まずはボクに『ビスケット』をおくれ」

「うん」

 ロップちゃんはパンパンにふくれあがったリュックサックから骨の形の『ビスケット』を取り出して、ハロウィンポーチのジャックのお口に入れました。するとジャックの目が赤く光りました。

「ボクの中を見てごらん。まほうのカードがあるから」

 彼女はハロウィンポーチを開けておててをいれてみました。そしたら彼のいう通り一枚のカードがありました。そのカードを取り出してみてみると、そのカードにはイヌの絵が描かれていました。

「そのカードをキミのおでこに当ててごらん」

 ロップちゃんは彼のいう通りにしました。

するとなんということでしょう。彼女の体がみるみるうちにオレンジ色した子イヌになっていったではありませんか。

「いいかい、おまわりさんに預けたバンダナをこっそり借りてくるんだ」

 彼はそういうとイヌになった彼女の背中に飛び乗ってヒモをお腹にくるくると巻き付けました。お菓子の入ったリュックサックはジャックがお口にくわえてくれています。

 急にイヌになってしまったロップちゃんはあわてました。それは白と黒の世界にです。イヌには世界がこんな風に見えるんだ、そう思いました。それに思いのほか鼻が効く事もびっくりです。どこかの夕食のにおい、ワインのにおい、クッキーの香ばしいにおい、タバコのにおい、そして自分の手と口に残るアップルパイのにおいとさっきのごちそうのにおい。遠いにおいと近いにおい。それらが手に取るようにわかるのです。もっと正確にいうならば、人々の一人ひとりのにおいのちがいまでわかるのです。これなら、あのバンダナがあれば盗賊の足取りや、アジトを見つけるのもたやすいことでしょう。

 交番にいってみると、おまわりさんはいませんでした。そして机の上にあの黒いバンダナがありました。これは好都合です。ロップちゃんはバンダナをパクッとくわえるとシタタッとその場を離れました。

 はたして、奴らのアジトは簡単に見つかりました。そこは街はずれの廃坑でした。周囲に明かりはなく、ちょっと中に入るとお月様の光すら届かないまっくらな通路でした。

人間に戻ったロップちゃんは辺りからたくさんのにおいがなくなったのでビックリしました。あのアップルパイのにおいが好きだったのにぃ。でもいまはそれどころではありません。彼女はジャックにいいました。

「まっくらでコワイよ。どうしよう」

「ボクにお菓子をおくれよ。そうだなあ、チーズタルトの気分だね」

 でも彼女は素直にそれをあげませんでした。だって、アップルパイの次にたべたかったんだもの、しかたがありません。彼女はチーズタルトを半分ジャックにあげました。そして彼の瞳が赤く輝いたのを確認してからポーチにおててを入れました。今度のカードにはネズミの絵が半分描かれていました。彼女がそれをおでこに当てると今度はオレンジ色の子ネズミに変身する予定でした。ですが、なんということでしょう。彼女が変身したのはおへそから下だけ。大きさも人間のままで、おしりや足はネズミなのに、シッポまであるのに肝心の上の方が人間のままなのでした。

「そぅらみろ。お菓子をけちったからさ。ケケケ」

 ロップちゃんはしぶしぶ残り半分のチーズタルトをあげました。ようやくちゃんとした子ネズミに変身しました。

 またもびっくりです。あんなにまっくらにしか見えなかった通路が、なかなかはっきりと見えるではありませんか。天井から滴り落ちるしずくの一滴まで見えるのです。それに足の裏が思いのほかキレイなピンクでやわらかいこと。それはとってもペタペタで、足音の一つもたてません。 

彼女はジャックが背中に飛び乗ってヒモをお腹にくるくると巻き付けるのを待って、大きな絵画を目指して歩きはじめました。

 しばらく行くと天井がなくなって、お星様とお月様が見える広場に出ました。ロップちゃんは変身が解けると、辺りを見回しました。でもそこは、いくつか木箱があるばかりで行き止まりでした。

「あれ? ねえ、行き止まりみたいだよ」

「ホントにそうかなあ? ほら、あれ」

 ジャックが何か見つけたようです。彼の視線の先にはごつごつした岩壁があり、そこには一筋のロープが垂れ下がっていました。

「どうやら連中は、この上にいった様だね」

 ロップちゃんはゆっくりとロープのてっぺんまで見上げました。うひゃあと声をあげたくなるくらいに高いではありませんか。

「こんな高いの、のぼれないよぉ」

彼女はジャックを見つめました。

「大丈夫、ボクにまかせて。今度はいままでとちょっとちがうけどね」

 そういって彼は木箱の方を向きました。

「今度はリーフパイをおくれ。でも、ボクからカードを取り出さなくてもいいよ」

 彼女は言われたとおりにリーフパイを彼のお口にほおりこみました。願わくば、最後に少しだけでもお菓子が残りますように祈りながらでしたが。すると彼の瞳が赤く光り、お口からゴム鉄砲のような速さでカードが飛び出しました。そして目の前の木箱に変化が起きました。なんと、木箱からニュルリとカタツムリの足が生えてそれから二つのツノがムクリと生えたではありませんか。ロップちゃんがおどろいているとジャックはいいました。

「ハロウィンの悪魔、ジャックの名において命ず。汝、前方の岩壁を登れ!」

 木箱のカタツムリはのそのそと岩壁をめざして進み始めました。そのカタツムリの這ったあとにはざらざらとお砂糖が残りました。

「カタツムリさんでどうするの?」

 彼女は首をかしげてたずねました。

「カタツムリはね、どんな切り立った崖でも苦もなくのぼれるのさ」

「へー。すごいんだね」

「『ハコツムリ』が壁を登り始めたら、その背中に乗るんだ。いいね」

「うん」

 ロップちゃんはハコツムリが壁を登り始めたのを見計らって、その背(木箱)に乗りました。わずかに甘いリーフパイのにおいがしました。ハコツムリは初めビクッとして止まりましたが、しばらくするとまた何事もなかったかのようにのそりのそりと登りはじめました。

 切り立った岩壁を登りきると、今度は深い谷になっていて、上の方にロープが張ってありました。

 盗賊はこのロープをつたって、この谷を越えたにちがいありません。

「ジャック~。どうしよう」

「ロップちゃん。バナナボードだ。バナナボードをおくれ」

「シンシアのお母さんからもらったバナナボード……。たべたかったなあ」

 ロップちゃんは、少し残念そうに、しかたなくバナナボードを彼にあげました。そして彼の瞳が真っ赤に光るのを確認すると、彼女はそっとポーチにおててをいれました。

 彼女が中のカードを取り出すと、それには、おサルの絵が描かれていました。

「ねえ、ジャック~。おサルになったくらいでこんなロープ渡れるの?」

「何をいっているんだい。おサルさんはね、手だけじゃなくて、足でもロープをつかめるんだよ。それだけじゃない。オナガザルにもなれば、シッポででもロープをつかめるのだよ」

「わたしがおサルさんになっても、高いところをわたしが渡るのは変わらないじゃないの。コワイわ」

「しょうがないなぁ。じゃあバタークッキーをちょうだいな」

「ええーっ。また食べるの? だったらさっきのバナナボード返してよ」

「アレはもう食べちゃったし、そのカードは取っておいていつか使おうよ」

「はう~~~」

「はい。おこらない、おこらない」

 ロップちゃんはしぶしぶ、バタークッキーを渡しました。ジャックの目が黄色に光ると、彼女はポーチにおててをいれました。今度のカードには、橋が描かれていました。

「今度のカードはね、崖の端っこにペタリと貼ってごらん」

「こう?」

 ロップちゃんが崖のヘリにカードを貼り付けると、バタークッキーの巨大な橋が掛かりました。

「わぁ。すごい。最初からこれをだしてよ。もう。実はあなたバナナボートが食べたかっただけじゃないの~?」

「そ、そんなことないよ。たぶん」

「たぶん?」

 そんな時でした。

「お前、何者だ。ここは盗賊のアジトだぜ。子どもが魔法使いごっこする場所じゃねえのさ。おとなしくつかまりな」

「よかった……じゃなくてたいへんだよロップちゃん。悪いやつが現れたよ。逃げなきゃ」

「よかったって何よ? とりあえず、この橋を信じて渡るわね」

「曲者だー! であえ、であえ!」

「盗賊に曲者呼ばわりされたくないなー、ボク」

 ロップちゃんがクッキーの橋を渡り終えた頃、盗賊の大群がわあわあと橋を渡って来ました。

 ビシビシビシッ

 バリン、ボコーン

「ぎゃあー」

「あーれー」

「ひえぇぇ」

 盗賊たちはおもいおもいの悲鳴をあげながら奈落のそこへ落ちて行きました。

「ちゃんと重量制限を『大人二人まで』って書いておいたのにねぇ、全然見ないんだから。まちがいなく、重量オーバーでしょ、あれ」

「そんな危ない橋を渡らせたの? ひどーい」

「君くらいの重さなら、たとえドンピョンしたって大丈夫さ」

「ほんとかしら?」


 クッキーの橋を渡りきると、ろうそくの火が灯った通路が続いていました。その途中にろうやがありました。

「あら、あなたはあの時の」

 ロップちゃんは足をとめました。そのろうやの中にいたのは、あの時、ロバートのロープを切ってくれた白衣の男でした。彼は、相当こっぴどくやられたようで、顔もアザだらけでした。

「おじさん。大丈夫?」

「君はどうしてこんなところに?」

「その話はあと。おじさんをココからだしてあげるから」

 ロップちゃんは、ジャックを見ていいました。

「あなた、たまにはサービスしなさいよ」

「へへん。それはできない相談だよ。なんていったって、お菓子がボクのまほうエネルギーだからね」

「うう~~」

「さあ、助けるの? 見捨てるの?」

 ジャックは楽しそうにいいました。

「助けるにきまっているじゃないの」

「じゃあ、ボクを格子にはさんで、ポップコーンをおくれ」

「はいはい」

 彼女は心底イヤそうにジャックを格子にはさむと、彼のお口にポップコーンをざらざらと流し込みました。するといつものように彼の瞳が光りました。

「ふん。ふふん。ふんぬ。ふんぐらぎ。ふんごらせっと。ふんばらば!」

 彼が不気味な気合いを入れるたびに、彼のカラダはみるみる大きくなって行きました。

ギギギギギギッ

ギギギギギギギッ

ギギギギギギギギギギギギギッ

ジャックのカラダが格子を押し曲げていき、とうとうひとひとり通れる大きさのゆがみができました。

「ふう」

 ジャックがため息をつくと、彼はみるみるちいさくなって、もとのポーチにもどりました。

「ああ、からだが痛い」

「はーい。ごくろうさまでしたー」

 ロップちゃんは、ジャックのからだをナデナデしてあげました。

「ありがとう。おかげでようやく出られたよ。でも、どうしてココに来たんだい。ここは危険だから早く帰ったほうがいい」

 白衣の男は心配していいましたが、彼女は首をたてにふりませんでした。

「わたしには、ジャックがいるから大丈夫。きっと悪者からあの絵をとりかえしてやるんだから。おじさんこそ、早く逃げたほうがいいわ」

「そうかい。でも、おまわりさんは呼んだのかい?」

「いいえ。例え相手が盗賊でも、『こっそりとりかえしに』行くんだから呼んでないの」

「それはいけない。わたしが呼んでこよう。でもいいかい。いくらまほうが使えるからって決してムリをしてはいけないよ」

「ええ、あくまでこっそり取り戻すだけだから、大丈夫よ」

 彼女が元気にそういうと、白衣の男は何度も何度もふり返りながら、出口へ向かいました。

 ろうやのあった所からしばらくまっすぐ行くと小部屋があって、はたしてそこにあの奪われた大きな絵画がありました。それは何本ものロープで天井から吊り下げられていました。

「よし、これにまほうをかけよう。たしかオレンジがあったよね」

「うん。でもアナタ、よく覚えているのね」

 ロップちゃんは彼にオレンジの皮をむくと彼に食べさせました。彼の瞳が赤く輝くと、大きな絵画に向かって矢のような速さでカードが飛びました。すると大きな絵画はオバケカボチャくらいの大きさの、オレンジ色のコウモリになりました。

「ハロウィンの悪魔、ジャックの名において命ず。鳥にあらず獣にも属さぬ暗やみに住まいし者よ。汝が古巣へ帰れ!」

 ジャックが命じるとコウモリはパサパサとオレンジの香りを残しながら、洞窟を出て行きました。

「お、おまえら何をしたんだ!」

 突然の男の声にロップちゃんはびっくりです。

「大きな絵画があっという間にコウモリになるなんて……。もしやお前、なりは小さいが魔女だな!」

 おそらく見回り役であろうその盗賊は彼女に指を指しながらいいました。彼はひたいに傷のあるあの時の男でした。そしてピーッと小型の笛を吹きました。

「ロップちゃん。ボクにキャンディーリングをおくれ!」

 ロップちゃんは男から目を離さずに、後ろから手を回して彼にキャンディーリングを与えました。もったいないので全部食べないでもらえたらいいな、と思うのはもう少し後のことです。

「高価な絵画はなくなったが、これはとんだ金ヅルを見つけたぜ。親分に突き出してやるからおとなしくしな!」

 ひたいに大きな傷のある男はゆっくりと近づいて来ました。

「愚か者めが! ハロウィンの呪いを受けるがよい!」

 ジャックの瞳が赤く光り、そして吹き矢のような速さでカードが発射されました。それは男に当たると淡い光を発しました。

メヘッ? メヘヘヘヘヘ~ン!

 光とともに目の前の男は消え、代わりに目の前にいるのは一頭のヤギでした。ひたいに傷があるところをみると、どうやらさっきの男のようです。

「にげるよ! ロップちゃん!」

「うん!」

 こうしてロップちゃんとヤギの追いかけっこが始まりました。でも彼女は五歳の女の子です。角をふりかざし、突進してくるヤギから身をかわしつつも、もう泣きそうです。

「ジャック~コワイよぉ!」

「大丈夫! コイツがヤギである以上追ってこられない場所はきっとある」

 ロップちゃんが息せき切って走るその先には木でできたハシゴがありました。

「ロップちゃんさっきのおサルのカードを使ってあのハシゴに登るんだ!」

「わかった!」

 彼女はおサルに変身すると、目の前のハシゴに飛びつきました。そしてものすごい速さで登りました。でも同時にヤギも彼女の背中めがけて飛びつきました。

「キッキキキー!」

「キミもしつこいね。それならこうだ!」

ビシビシビシビシッ

「メエェェェェッ!」

ジャックはヤギをにらむと口から白い玉をたくさん発射しました。それはミルクキャンディーでした。これにはヤギもたまらずひたいを前足で抑えて落ちて行きました。

「メレレレレレッ!」

 どうやら着地にも失敗したようです。

「メヘヘーン! ヘレヘヘヘヘヘーンー!」

 敵さんは、まだロップちゃんを追いかけようとしましたが、ざんねんながらヤギはハシゴを登れません。

「助けてもらっておいてなんだけど……今の使い方はもったいないよぉ~」

 ハシゴを登り終え、変身の解けたロップちゃんはホッペをふくらませます。

「ごめんゴメン。今度から気をつけるよ。ってそんな場合じゃないみたいだね」

 彼の意味深なセリフに彼女がふり向くと、どこからわいてきたのか何人もの盗賊がハシゴを登って来ていました。

「ムムム、これだけの人数をふり切るにはもはや……ロップちゃんマシュマロを!」

「ああ……ついにマシュマロまでなくなっちゃうのね……はぁ」

 彼女はため息をつきながらマシュマロを彼にあげました。ジャックの口からカードが飛び出します。

「ハロウィンの悪魔、ジャックの名において命ず。全ての道よ、マシュマロの呪いによって白き沼となれ!」

ズモモモモモッ

  ズボッ、ズボッ、ズボボッ

石の廊下もその先もずっと、あっという間にマシュマロみたいになってしまいました。

「うおっ! なんだこりゃ」

「ちくしょお! 歩きづれぇ」

 盗賊たちはとたんに足をうばわれました。

「今度はチョコレートだ! ロップちゃん!」

「え~! チョコもなの? はう~」

 彼女はしぶしぶカエルの形をしたチョコレートを彼に食べさせました。そうして彼の中に生まれたカードにはフクロウの絵が描かれていました。

 ロップちゃんがカードをおでこに当てると彼女はオレンジ色のフクロウになりました。

 驚くまいとは思っていましたが、彼女はまたも驚きました。なんという明るい視界! そしてずっと遠くを見通す目! フクロウはこの目で狩をするんだぁ、と思いました。

 でも感心している場合ではありません。ロップちゃんはジャックを足でつかまえると、バサバサと羽ばたきました。でもロップちゃんは子供だったので、変身してもやっぱり子供のフクロウでした。

 洞窟を抜け、森を抜け、海が見えてくるまで飛んでも彼らはしつこく追いかけて来ました。本当はロップちゃんがもっと高く飛べればいいのですが、彼女はコワくてこれ以上高く飛べませんでした。それは大の男が手を伸ばせばかるがる手の届くくらいの高さでしかありません。

 そしてとうとうマシュマロのまほうもフクロウのまほうも切れてしまいました。

「むぎゅっ」

 あわれ、ロップちゃんは地面につっぷしました。盗賊達はイジワルな笑みを浮かべながら彼女の周りを取り囲みました。ロップちゃんはもうダメだ、と思いました。

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