その頃シンシアとロバートは、ロップちゃんの帰りがあまりに遅いので心配になりました。
「もしかして、わたくし、なにかあの子を傷つけるような事をいったかしら? だからだまって帰ってしまったのかしら」
「うーん。そうじゃなくて、ただ単純に迷っているんじゃないかな。お屋敷の中で」
「とりあえず、探してみましょう」
二人は手分けして屋敷の上から下まで探しました。けれど、どんなにていねいに探しても彼女の姿がありません。
「これは大変だ。あんな小さな子が夜遅くにいなくなったら大変だよ。おウチに帰ってないか確かめよう」
「そうですわね、それでもし、いないようだったら、街中に連絡して探しましょう」
二人は、ロップちゃんがおウチでねむっていたらどんなにいいか、と思いながら彼女のウチに向かいました。子ネコのペロもだまってシンシアについて来ました。そして彼女のおウチに着くと、
トントン
「夜分遅くにごめんあそばせ」
ほどなくして、おばあちゃんが出てきました。
「ロップちゃんが急にいなくなって、わたくしたち、心配で、おウチに帰っていないかとおもってまいりましたの」
「あら、帰ってきてないねぇ。そりゃ大変だわ。二人とも心配してくれてありがとうね」
「街中に連絡して探してもらわなきゃ。僕らのせいです。お手洗いに行くっていうから目を離したすきにいなくなってしまって……」
おばあちゃんは、深く目を閉じていいました。
「わたしゃあ、ロップちゃんがいつ帰ってきてもいいようにおウチで待っているから、シンシアはお屋敷で待ってておくれ。ロバートはおまわりさんに相談しておくれ。ウチの子のせいで心配かけてゴメンネ」
「いいえ。おともだちですもの。心配してとうぜんですわ。迷惑だなんてこれっぽっちも存じませんわ」
「ボクもです。ただ、ロップちゃんが無事だったらそれでいいんです」
するとおばあちゃんは、涙をながしながらいいました。
「ロップや……おまえは本当にシアワセ者だよ……」
「泣かないで、おばあちゃん。ロップちゃんはきっとわたくしたちが見つけますわ」
「そうだよ。きっとどこかで居眠りでもしてるだけさ」
二人はそういっておばあちゃんを励ましました。
「ありがとう、二人とも。こんなときにアレだけど、お菓子をもっていっておくれ」
おばあちゃんは用意していたドーナッツを彼らに渡しました。
「まあ、ありがとう存じます。あとでゆっくりいただきますわ」
「ロップちゃんをみつけてからね」
二人はドーナッツを受け取ると、それぞれの目的地へ向かいました。
シンシアが自分のおウチに帰る途中のことでした。道端で、いつぞや自分たちを助けて裏切り者あつかいされた白衣の男がいました。
「たしか君、ロバート君のともたちだよね?」
「ええ、まあ、そうですわ」
「もうひとりの女の子が盗賊のアジトにひとりで乗り込んでいるんだよ」
「まあ! なんということ! あなたは大人のくせにそんな危ないところにいる彼女を置き去りにして来たのですか!」
白衣の男はすこし、面目なさそうな顔をしていましたが、「でも、それが」とつづけました。
「彼女はまほうが使えるんだよ。私も実際ろうやに入れられていたところを、彼女のまほうで助けてもらったんだ。だから、街のひとや君たちともだちにこの事を早く伝えたくてきたんだ」
にわかには信じられないことね、と彼女は思いましたが、でも、とも思います。
『おともだちができるおまじない』……『わたくしのウソを見やぶる力』……『夜中に動き出しても不思議はないような小物、雑貨そして人形たちのいるおウチ』……。彼女がまほう使いでもそんなに不思議ではないような気がしてきました。それになにより、いままで自分にくっついてきたペロが、男の足にスリスリとしています。きっとロップちゃんのにおいがするのでしょう。
「あなたを信じましょう。それでは、おまわりさんの所に行ったロバートを呼びに行きましょう」
シンシアは男の手をひいて、交番に向かいました。そして交番でロバートと再会すると、おまわりさんにも事情を説明して応援を頼み、白衣の男を先頭にして、ロップちゃんを助けに向かいました。
一方その頃、ロップちゃんは……。
「悪いようにはしないからよ。おじちゃんたちと一緒に稼がねぇか? お前さん、せっかくまほうが使えるんだからよぉ」
ゴーグルをかけた親分肌の男がネコなで声で問いかけます。でも、盗賊達のいいなりになるなんてまっぴらごめんです。きっとまほうを悪いことや人々を困らせる事に使うにきまってる、彼女はそう思いました。よーし、こうなったらまほうでやっつけてやる……!
「さあ、どうするんだい、お嬢ちゃん?」
ロップちゃんはあせりました。なぜって? それは……もうお菓子がないからです! ああなんということでしょう。あの時、あのアップルパイをガマンしていられたならこんなことにはならなかったでしょうに。彼女はアップルパイを食べちゃったことをとても後悔しました。
「おい、魔女っ子! 俺達と手を組むのか組まねぇのかサクッと答えろや! こちとらチと気が短いんでな!」
右目にアイパッチをした男がおっかない声を出します。
「ぐすっ……ふえーんえんえん!」
とうとうロップちゃんは泣きだしました。もうおしまいです。もうどうにもなりません。
盗賊たちは、ぎらぎらの目で彼女をにらみつけてきました。
いくらまほうが使えても、いくら勇気があってもやっぱりわたしじゃムリだったのかしら。ロップちゃんは震えながら思いました。
「おい、それで絵はどこへやったんだ」
左手にクロスボウを持った男がロップちゃんの胸倉をつかんでひょいと持ち上げます。ロップちゃんは苦しくて仕方がありません。
「うぐっ、ひっく、ぐすっ」
コワくてコワくてもう声になりません。
でも、そのときです。
ビュワワワワワッ、バキッ、カランカラカラ
「イッテー!」
ロップちゃんを持ち上げていた男がむこうずねを抑えて飛び上がりました。
ドスンッ
木でできたブーメランが地面に落ちるのと同時に、彼女は地面にしりもちをつきました。
次いで、片足でぴょんぴょんしている男に一つの影がぶつかりました。
「ロップちゃん! ケガはないかい!」
彼女の目の前には、銀髪の吸血鬼男爵の少年が漆黒のマントをはためかせて立っていました。そう、ロバートです。
「もう、ウソはこりごりっていったでしょ」
魔女のカッコウのシンシアもいます。
でも、どうして彼らはココが分かったのでしょう。
「大丈夫かい? ロップちゃん」
木の陰から白衣の男が現れました。
「私は街のひとたちに我々のアジトの場所をおしえてきた。じきにココも警察に包囲されるだろう」
すると盗賊の親分は、鼻で笑いました。
「ふっ、裏切り者も、絵画も仮のアジトも、もうどうでもいい。だがなぁ、魔女の小娘だけは頂くぜ!」
盗賊達の目が、地面にぺたんとすわりこんだロップちゃんに集まります。
「ロップちゃんは下がってて!」
ロバートは自分のリュックを彼女に放りました。
そんな、またロバートがケガしちゃう! そんなの絶対ヤダ! 彼女が彼に駆け寄ろうとしたそのときです。
「お菓子のにおいがする。彼を助けられるかもしれない」
それはジャックの声でした。ロップちゃんはロバートが必死に戦っているのを横目に急いでリュックをあさりました。そして出てきたのはチェリーとピスタチオでした。
「ロップちゃん! まずはチェリーだ! ボクにチェリーを!」
「わかったわ!」
彼女がポーチのお口にチェリーを放り込むとジャックの瞳が赤く輝きました。そしてまるで鉄砲のような速さで近くの木にカードを撃ちました。
でも、そのときです。とおくから様子をみていた盗賊が、彼目がけてクロスボウを放ったのです。
「ロバートッ」
「鉄を引け、磁石の木!」
ビイィィィィィィン
シンシアが叫ぶのと同時に鉄の矢は放たれました。が、なぜか木にピタリとくっついています。ジャックのまほうが間に合ったのです。目を閉じて、痛みを予感していたロバートもハテナ顔です。
「この森の木を強力な磁石にした。全ての鉄は、 使うことも出来ないだろう」
実際、ジャックのいうとおり盗賊達の剣やナイフはロバートにかすりもしません。
「やったぁ」
「よろこぶのはまだ早いよ。次のお菓子を!」
「うんっ!」
彼女が次に取り出したのはピスタチオ。それは硬い硬いカラに覆われたお豆です。彼女がそれをジャックに食べさせると彼の瞳が赤く光りました。
「これは、このまま使ったほうが強い。僕を盗賊たちに向けるんだ!」
ロップちゃんはジャックを目の前に突き出します。
「喰らえ、黄金の国の風習! 鬼はぁ外!」
しびびびびびびびびびびびびびびびびっ
ものすごい勢いでピスタチオが連射されます。
「いでででででででででででででっ」
「いちちちちちちちちちちちちちっ」
「あちちちちちちちちちちちちちっ」
「あたたたたたたたたたたたたたっ」
クロスボウの男もゴーグルの男もアイパッチの男も思わず悲鳴をあげました。その様子をみてジャックはいいました。
「我が名はハロウィンのけちんぼジャックなり。お菓子をくれない大人にはイタズラするぞ!」
しかしなによりココロのすさんだ盗賊達です。お菓子などこれっぽっちももっているはずがありません。
「ハロウィンが怖くて盗賊なんぞやってられるかよ!」
盗賊のカシラはまだ懲りてないようです。
「私はもっているよ」
白衣の男は自分のポケットから、色とりどりのガム玉のはいった袋を取り出しました。そしてロップちゃんに手渡しました。
「ハロウィンの夜に、お菓子を準備している大人に悪いやつはいない。お主は許してやろう」
ジャックはそういいました。
彼はロップちゃんとロバートと白衣の男に下がるようにいいました。そしてロップちゃんからガムを食べさせてもらいました。
するとポーチはあれよあれよという間に風船のごとくどんどん大きくなって、砦ほどの大きさになりました。そして、
「ハロウィンの悪魔を恐れぬ愚か者共めが! 遠く異国まで消し飛ぶがよい!」
ジャックはその巨体で力いっぱい息を吹きつけました。
ビュワォォォォォォォォォォー!
「ぎゃああああああああー」
「ひょええええええええー」
「ちっくしょおおおおおおおおー」
強烈な風が、悲鳴をあげる盗賊達をあっという間に遠くの彼方へ吹き飛ばしてしまいました。これにはロバートも腹を抱えて笑い転げました。でも、ロップちゃんはちょっとかわいそうだったかな、と思いました。彼女がそう口にすると彼はいいました。
「そうだね。君のそういう気持ちは大切にしようね」
彼はそう言って彼女のホッペを両手で包み込みました。
「でも、もう二度と一人でアブナイことをしてはいけないよ」
「……うん……」
このあといろいろなひとにしかられるかも知れないけど、彼女はいいと思いました。だってロバートとシンシアに本当の笑顔が戻るんですもの。
ところが、ところがです。
「ハリケーンで俺様の部下をまとめてぶっ飛ばすとは、なかなかやるじゃねーか。ますます気に入ったぜ。オイ、まほう少女さんよ。もう一度聞くぜ。俺様と組んで、世界を飛び間わらねーか? 俺様と組めば、何でも手に入るぜ。どうよ?」
リーダーの男だけは、木にしがみついてしぶとくのこったようでした。
ロップちゃんは、彼に王者の風格というかなんというか、ひとの上に立つカリスマみたいなものを感じました。でも、とおもいます。
「奪うことで何でも手に入ると思うなんてまちがってるわ! おともだちは、奪うことでは手に入らないもの! わたしは奪うことで手に入るものよりも、どんなにお金をつかっても、それに暴力なんかでは絶対に手に入らない『おともだち』という宝物があるから、あなたとはなかよしになれないわ!」
すると盗賊のかしらはわらいはじめました。
「ふっ、ふははははは。なかなか手に入らないものか。結構、俺様もそんな物が大スキだぜ。だから、俺様はお前もまほうも手に入れる。絶対な!」
いうが早いか、彼はナイフを腰だめに構えて、白衣の男に突き刺しました。
「ぐ、ぐあぁ」
「まずは、裏切り者の始末。そしてジャリどもに現実のキビシさをおしえてやる」
彼がナイフを抜くと、白衣の男は脇腹をおさえて、片ヒザをつきながらも彼の足にしがみつきました。
「に……げるんだ。コイツには情けも……容赦もなにもない!」
「邪魔だ! どけっ!」
「うぐあっ」
盗賊がしらは白衣の男をドカリとけとばしました。
ロップちゃんはとたんにコワくなりました。でも、それ以上に許せないと思いました。
シンシアもそれは同じでした。そしてどうすれば、この悪党をやっつけられるのか必死に考えました。そして、分かりました。ロップちゃんがまほうを使うときは、必ず『ポーチにお菓子を食べさせている』のです。だったら『お菓子』を彼女にあげればまだいくらでもまほうがつかえるはずです。
ロップちゃんは、ロバートのかばんから、ドーナッツを取り出しました。
「これは、ウチでつくったドーナッツよね。だったらまた作ってあげるからゆるしてね」
彼女はそっとつぶやくと、ジャックに食べさせました。ジャックは瞳をやみ色に輝かせるといいました。
「ボクの口をヤツの足元に向けるんだ」
「わかった!」
ロップちゃんが彼のいう通りにすると、ジャックはかみなりのような速さでカードを放ちました。
ところが、ところがです。
「おっとあぶねぇ!」
盗賊がしらはひらりとカードをよけました。
「そんなぁ」
「ロップちゃん。これもお使いになって!」
シンシアは、ホットペッパーのたっぷりふりかけられたピザを、落ち込む彼女に渡しました。
ロップちゃんはジャックのお口にそれをいやおうなしに突っ込みました。
「いくら急いでいるからって、もごもご、あんまりだよ」
ジャックはグチをいいながらも、辛口ピッザを食べきりました。
「口から火が出るほど辛い!」
カッ、ゴォォォォォ!
ジャックは、口からまるで火炎放射器のように火が噴き出しました。
「あちちちちちちっ。ちくしょうめ!」
盗賊がしらはまだ戦うつもりです。
火力で押すロップちゃん。じりじりと交代する盗賊がしらジャルドフ。
「お前のまほうはずっとはつづかない!」
ばれました。彼はなかなか観察力にすぐれているようでした。
そしてついに火炎放射も終わってしまいました。
「ドーナッツはわたくしのもありましてよ!」
シンシアは急いで彼女に手渡します。ロップちゃんは急いでそれをジャックの口に押し込みます。
「お腹いっぱいだよ、もう」
ジャックは瞳をやみ色にかがやかせるとカードを放ちます。
「開け! 深き牢獄! ゲップ」
ジャルドフの足元にすっぽりと落とし穴が開きました。しかし、またも、またも彼はひらりとカラダをひるがえしました。
「ふはははは! 盗賊がしらはダテじゃねーんだぜ!」
三人はガッカリしましたが、ジャックはひと知れずほくそ笑みました。
「フッ、牢獄連鎖!」
ジャックが叫ぶと、『先ほどカードを放った場所』に落とし穴があき、『今しがたあけた落とし穴』とくっつきました。それにより、とても長い落とし穴ができました。
ドンッ!
そこにロバートが勇気を出して彼に体当たりしかけけました。
「ばかなぁー!」
あわれ、ジャルドフは深い落とし穴にまっさかさまです。
「ちくしょう!」
その落とし穴はとても深くて、いくら大人といえど簡単に登ってこられやしないほどでした。
やりました。ついに、ついに悪党をやっつけました。
「心配しなくても、すぐにたすけてもらえましてよ。『おまわりさんに』、ね」
シンシアはちょっとイジワルにいいました。
「だからいったでしょ。『バチがあたる』って」
ロバートも「ふう」とため息をつきながらいいました。
「おわったね」
ジャックもため息をつきました。
「君たちのお陰で私は目がさめたよ。本当にありがとう。私はこれから、おまわりさんの所に行くことにするよ」
白衣の男はそういって去っていこうとしました。
「まって、先に病院に行ったほうがいいわ」
ロップちゃんは白衣の男に肩を貸しました(とはいっても彼女はちいさいので杖くらいの役目にしかならないけれどね)。ロバートも肩を貸しました。
そんなところに遅れておまわりさんが三人くらいやってきました。
「一件落着、だね」
ロバートは親指を突き出していいました。
「でも、まさか、ロップちゃんがまほう使いだったとは知らなかったわ。何てステキなのかしら。まほう使いのおともだちがいるなんて、世界広しといえど、なかなかいないのではなくて?」
シンシアは夢見るような表情で天を仰ぎました。
「あのね、わたしがまほうを使えたのはね、ジャックのおかげなんだよ。ジャックっていうのはこのポーチの事なんだけど……ねえ、ジャック」
でも、カボチャのポーチはもう、ウンともスンともいわなくなっておりました。
「あれれ? ジャック? ジャックってば」
「きっと悪者をやっつけたからまほうの国へかえったのさ」
「ハロウィンの夜の一晩かぎりのキセキ……。ロマンチックですこと。そんな日があってもよろしいんじゃなくって」
ロバートとシンシアは口をそろえていいました。
「そっか。そうだよね、ありがとう。でも、ちゃんとお礼をいいたかったな」
彼女はさびしそうにいいました。
「だったらさ、あのまんまるお月様につたえてもらおうよ。ありがとう、って」
「そうね、きっとお月様ならジャックに伝言できますわ」
「うん、そうだね」
ロップちゃんはまんまるお月様のある星空を見上げてお礼をいいました。
「ジャック。おかげで悪者もやっつけたし、たぶん絵もとりかえしたわー!」
「たぶん?」
ロバートが首をかしげます。
「ジャックが絵にまほうをかけて、コウモリにして、おウチに帰りなさいって命令してたから、たぶんもとの場所にもどっていると思うんだけど……」
「たしかめにまいりましょうよ。今日はハロウィンの日。夜更かししてもあまり叱られないはずですわ」
三人は神殿へと向かいました。